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黒の魔女の拾いもの  作者: 茜菫
本編

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第6話 私と彼の誓い (8)

(…どうしてこの人は私を見てるの…)


アデルバートが一時的に人間の姿に戻り、この場にいる殆どの人間の目を集めていた。侯爵は驚きに目を見張っているし、王は溺愛する息子があの様な形で現れたことで腰を浮かしていた。

平然とした様子で起き上がったアデルバートが、アルベールから軽く羽織れる服を受け取って身に纏い、笑顔を浮かべて王の元へ近づいたのを、誰も止めない。アルベールはその様子をただじっと、何かを堪えるかのように手を握りしめて見ているし、私も同じようにアデルバートを見ていた。しかし、自分に向けられた視線に気づいてはっとしてそちらに目をやると、この場で唯一、アデルバートに目を呉れないギルバートと目が合う。


青い目に見られてゾクリとした。私がこの場に現れてからずっと、この男は私から目を逸らさない。警戒されているからというのなら理解できるが、そういった様子が全く見られず、本当にただ見られているだけだ。そこに何の感情も見えなくて、ただただ薄気味悪さを感じる。


「陛下、長く行方を晦ましていた事、深くお詫び申し上げます。」


「よい、よい。無事ならば…」


「はは。…残念ながら、このように無事とも言い難いものです。」


よく響くアデルバートの声にはっとしてそちらに目をやれば、王の側に跪いてその手に触れている彼の姿が見えた。視界の端ではやはり、ずっとこちらを見ているギルバートの姿も見える。ゆったりと立ち上がったアデルバートは、ギルバートに向かい合ってにやりと口角を上げた。


「久しいな、ギルバート。」


そこでやっと、ギルバートは私から目を離して向かい合うアデルバートに視線を向けた。漸くその目から逃れることが出来て、ほっと胸を撫で下ろす。


「アデルバート殿下、ご無事で何よりです。」


「…先程の私の言葉、聞いていなかったのか?」


淡々と表情を変えることなく礼をとったギルバートに、アデルバートは腰に手を当て、呆れたような目を向けて息を吐いた。呪いをかけた張本人だというのに、よくもしゃあしゃあとそんな言葉をかけられるものだと言外に批難しているようにも見える。だが、証拠は何一つない。ギルバートは動じた様子もなく、これ以上のやり取りは無駄だと判断したのか、アデルバートは興味をなくしたように彼から目線を外し、再び王に向き合った。


「お聞きになられたかと存じますが、この通り私は呪いをこの身に受けております。」


「ああ、よくよくわかった。この者が其方の呪いを解いたのだな。」


「いいえ、私の呪いは解けておりません。これは一時的なものです。」


アデルバートの言葉を受けて、王が再びこちらに目を向けた。どうやら信じて貰えたようで、その目は期待を孕んでいるように思う。しかし、私は黒の魔女の弟子だ、王からは何も受けない。ただ内密にして欲しいという私のお願いを聞いてくれるだけでいいのだ。

お願いと言いつつも、それを約束できなければアデルバートに力は貸せないと言外に示しているので、脅迫に近い。それを丸々飲んだのだから、余程アデルバートが大事なのだろう。


(…その気持ちを少しでも、アルベールに向けてくれたらよかったのに。)


十八年もの間自由を奪われた挙句、死んだ事になった第三王子。その事が無ければ私と出会うことは無かったとはいえ、彼の心を思うと恨めしく思う。


「…解呪は飽く迄も、アデルバート殿下から個人的にお受けして、対価を正しくいただきます。」


遠回しにあなたからの願いは受けないと言っているのと同じで、王は少し不服そうだ。だが、解呪しないと言っている訳では無いので、それ以上は口を開こうとしなかった。


(あとは、ギルバート…)


わざわざここまでやってきたのは、アデルバートの呪いを解くため、そしてギルバートに呪いをかけるためだ。


「ただそこの、…第二王子であらせられる、ギルバート殿下。あなたにご協力をいただきたいのです。」


その為には、ギルバートが断ることの出来ない状況に持っていかなければならない。堂々と呪いをかける訳には行かないので、彼と二人きりになる機会を得たいのだ。

再びその青い目が向けられ、それだけでこの男が今までこの男がやってきたことを知っているからか、僅かに恐怖心が生まれる。アデルバートに恐ろしい苦痛を伴う呪いをかけた男。アルベールを捕らえ、魔力と三年間の自由をも奪い、今も尚平穏を脅かす男。恐ろしいが、決してこの男にアルベールを渡したくない。この男の手から逃れ、真に自由を、平穏を得るために私はこの男に呪いをかけなければならないのだ。この期に及んで、未だそれに抵抗はあるけれど。


「…何故、ギルバートを?」


問いかけてきたのは王だった。その眉間には深く皺が刻まれており、彼の協力を求めたことが不満のようだ。


「アデルバート殿下の弟君だからです。…もう一人、いらっしゃったようですが。」


第三王子について匂わせると、思い切り顔をそむけられた。触れるなと示されている。それに関してはこの件には関係ないし、私は部外者であるのだから当然の反応だ。分かっていても怒りが沸き上がってくるが、今はそれを露わにしてはいけないと、口元に浮かべた笑みはなんとか絶やさずに済ませる。


「…お断りいただいても構いません。ただ、その場合は解呪に時間を要します。何年かかるか…此の方が受けた呪いは、それ程に強いものですから。」


その言葉に、アデルバートは肩を竦めて小さく笑った。王はギルバートに目をやる。そして彼に、こちらが思った通りに命じたのだ。


「…ギルバート。どのような犠牲を払ってでも疾く遂げよ。」


アルベールが言っていた通り、この王にとっては何よりも優先されるのはアデルバートで、ギルバートには関心が無い。そう聞いてはいたし、それを利用しているのだが、目の当たりにするとなんとも言えない気持ちになる。

どんな犠牲を払ってでも…とは、暗にギルバートがどのような目にあったとしてもと示唆している。こうも格差をつけられては、歪むのも当然と言える。これから害そうとしている相手だというのに、同情してしまった。


「承知いたしました。」


けれども、ギルバートは無感動にその命を受ける。呪いをかけた張本人だというのに、こうもあっさりと引き受けるとは。まるで凍りついたようにその表情を変えないので、この男が何を考えているのか全くわからない。


だが、アデルバートが呻いて後ろに下がったことでその考えが霧散する。彼が侵されている呪いは強力なもので、無理やり人間に引き戻すのは短時間しか出来ず、再びその牙をむいたのだ。

後ろに倒れ込みそうになるアデルバートを、アルベールが受け止め、外套でその姿を覆い隠して後に下がる。その布が真っ赤に染っていき、白い大理石の床に血溜まりを作っていく。必死で押し殺そうとした声に慌てて駆け寄ると、ほぼ同時に崩れた腕が血溜まりの中に落ちた。

魔法を駆使してアデルバートの姿を覆い隠し、音を遮る。あと何度、彼はこの責め苦を受けなければならないのだろうか。彼の体の一部だったものが、外套に染み付いた血痕でさえも少しずつ光の粒子となり、人の姿を失って再び猫の姿となる。決して長い時間ではないけれど、凄惨なものだ。苦しみ抜いて猫の姿に戻ってしまったが、今はアルベールの腕の中で眠る猫が安らかであることだけが救いだ。


侯爵は苦々しい表情で猫を見つめ、王はその肩を震わせている。この惨状の一部を目の当たりにしても、ギルバートは顔色ひとつ変えない。彼にとっては望みを叶えるための犠牲であって、それに罪悪感を抱いたりしないのだろう。


これからギルバートに呪いをかけようとする私も、彼と同じだ。己の望みのために犠牲を強いるのだから、彼を批難することは私には出来ない。罪悪感は湧くけれど、後悔してでもそれを行なうと決めたのは私自身だ。


「…国王陛下、私もアデルバート殿下をこの苦しみから早くお救いしたいと思っています。ですので、どうか少しばかり…ギルバート殿下と二人きりでお話させてくださいませ。…魔女の秘術は容易く人にお見せできないのです。」


声をかけると、あまりの出来事に放心状態で会った王が、はっとして頷く。アデルバートが大切だからとはいえ、簡単に頷き過ぎではないかと思うのだが。王と言えども人の子だ、…とはいえ、彼の三人の息子に対する態度の違いは如何なものかと思うが、今はそれを利用させてもらう。

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