第6話 私と彼の誓い (7)
国王陛下とそのそばには第二王子、その前に侯爵が跪いて最上の礼をとっている。まるで映画のワンシーンを目の当たりにしているようだが、これは作り物ではなく現実だ。
侯爵と一通りのやり取りがあった後、王がすっと右手を上げる。すると、室内に控えていた騎士達が退出し、姿を消している私達を除いて残ったのは、王とギルバート、侯爵の三人になった。本来ならば、このような状況はありえないのだろうが、上手く取り計らってくれたのだろう。
「王太子殿下から、ある方を介して連絡がございました。」
侯爵がそう言って取り出したのは、今日手渡した文だ。何が書かれているのかは、他人にあてた手紙は読むのは躊躇われて読んでいないので分からないが、どうやらそれを使うらしい。王がそれを一瞥すると、隣に控えていたギルバートがこちらに向かってくる。姿を消しているのだから、存在に気づかれていないはずなのだが、一歩一歩近づいてくる彼に、緊張で体に力が入った。
目に映るギルバートは魔力を全く感じさせないのに、酷く不安にさせられる。侯爵の手紙を受け取った彼は、それにサッと目を通した。
「…確かに、アデルバート殿下が書かれたものです。」
低くて、抑揚がない声だ。ギルバートは身を翻して王の元へ向かうが、その際に目があったような気がして、心臓が大きくはねる。
(…見えているはずがない、けど…)
心を落ち着かせようと、深呼吸をする。姿を消すのと同時に音も遮断しているので、決して気づかれるはずがないのだ。
王はギルバートからそれを受け取り、目を通して頷いた。アデルバートが書いたものだとわかるその文の内容は、一体どんなものなのだろうか。気にはなるが、いらないことを知って厄介な事にこれ以上巻き込まれたくないので、好奇心は押し殺しておく。
「書かれている通り、殿下の意向である方のことは内密としたく、このような形を取らせていただきました。彼等をこの場に招く事を、許可いただきたく存じ上げます。」
「許す。」
あっさりと許可が取れたのは、アデルバートが言った通り、彼の安否が関わることだからだろうか。外に控えてはいるのだろうが、警護も下がらせているし、私としては都合がいいが、本当に大丈夫なのか少し不安になる。
既に隠れてここにいるので、事前ではなく事後許可になっているのだが、嘘は言っていない。侯爵が小さな鈴を鳴らしたのを確認してから、姿消しの魔法を解く。黒ずくめの正装した女とフードで顔を隠した男、傍から見れば、突然この場に怪しい二人組が現れたようにしか見えないだろう。だが、王もギルバートも驚いた様子は見せなかった。
「お初にお目にかかります、私は…黒の魔女の弟子。このような場には疎い為、無作法をお許しください。」
「…よい。」
「寛大な御心に感謝致します。」
決して弱気にならず、堂々と振る舞う。それが私に課せられた任務だ。気持ちとしては、足は震えるし嫌な汗が背中を伝い、気を抜けば倒れてしまいそうなほど緊張しているのだが、顔を隠しているのもあって、なんとか上手くごまかせている…だろうか。
真正面から王を見据えると、その姿は一番アデルバートに似ている。黒の魔女という名が出てから、ほんの僅かに王の表情が変わったように思う。鋭く見定められるような目を向けられて体が強ばるが、口元に笑みを絶やさないことだけは忘れない。
「貴国の王太子殿下は、なんでも行方不明にあらせられるとか。ですが、私はその行方を存じております。少し前…我が師、黒の魔女の元へ、貴国の王太子殿下が助けを求めにいらっしゃいました。」
「助け、だと?」
「ええ。彼の方はどうやら、厄介な呪いをかけられてしまったようで。」
王がさらに鋭い目をこちらに向けてきたが、あまりそんな目で見ないで欲しい。呪いをかけたのは私ではなくて、あなたの隣に立っている第二王子なのだから。しかし、その本人ギルバートはと言うと、先程から全く表情を変えずに、ただこちらを無感情に見ているだけだ。
「しかし、我が師は決してどの国にも干渉することを望まない方。残念ながら、我が師は貴国の王太子殿下を助けることは出来ません。」
嘘は言っていない。干渉することを望まないのも、助けることが出来ないのも本当で、ただ彼女が既にこの世の人では無いことは言っていないだけだ。
「…ですが、呪いをその身に受けながらも自力で黒の森にやってきたその意志の強さに敬意を表して、僭越ながら私が彼の方を手助けしようと、こうしてここに参りました。しかし、飽く迄も私は黒の魔女の傘下に属する者。正しく対価を頂き、アデルバート殿個人に手を貸すのみで、決して私が貴国に力を貸す訳ではございません。ですので、どうかこのことはご内密に頂きたいのです…人の世はほんの僅かな情報で、あることないこと吹聴する悪癖がございますからね。」
黒の魔女の噂も、なかなか面白いものが多くある。この国の第三王子の噂だって、なかなかなものだ。揶揄するようになってしまったが、気を悪くした様子もなく、王は約束しようと頷いた。こんなに簡単に頷いていいのだろうか。本当に、こちらの都合良く進んでいる。
「それで、余のアデルバートは」
一瞬聞き間違いかと思って言葉を失った。思わず周りを見渡したくなるのを堪えて、見える範囲でだけ他の人の表情を伺うが、参考になりそうにないギルバートの無表情のみしか見えない。
溺愛が酷いとは聞いていたが、まさか余の、とは。アデルバートは情報が正しければ、もう二十代後半だ。子供ではない、寧ろ子供もいるはずだ。
(…これじゃ、アデルバート殿下が困るのも無理はないわ…)
いや、今はそんなことはどうでもいい。なんとかこの衝撃を頭を切り替えて乗り越え、隣にいるアルベールに合図した。すると、彼は外套の下に抱き隠していた猫をあらわにして抱き直し、一歩だけ前に出る。それに、王は怪訝そうに眉根を寄せた。
「信じ難いでしょうが、こちらがアデルバート殿下です。」
王は顔を顰めたまま動かない。最悪の場合は馬鹿にしているのかと怒鳴られるのでは無いかと思っていたが、そういった様子はなくて、ほっとする。といっても、信じてもらえずに不敬とされてしまう心配は未だ残っているので、まだ安心するには早い。
呪いをかけた張本人であるギルバートは、微動だにせずにじっとこちらを見ているだけだ。自分がかけた呪いがバレている事に焦りを感じたりしないのだろうか。それとも、それを表に出すことなく平然と振舞っているだけなのだろうか。どちらにせよ、こちらの話を邪魔することも無く、動揺もしない様子に不気味さを感じる。
「それを、信じろと?」
「信じて頂くしかありません。勿論、その為の証明も用意しております。」
アルベールの腕の中の猫は、安心しきったようにただ眠っている。その姿を見ていると、これからあの苦しみを味合わせることが非常に申し訳なかった。けれども、それが苦痛を伴うものだと知っていながら、本人が許可し、最も手っ取り早いと勧めたのだ。
外に控えているだろう騎士達が不穏な音で中に入ってこないよう、防音の結界を素早く張る。ほんの僅かにそれを感じたのか、侯爵がちらりとこちらをみた。その視線は気になるものの、手を止める訳にはいかない。覚悟を決めた以上、突き進むしかないのだ。
アルベールから猫を受け取って、腕に抱く。気持ちよさそうに眠る猫のアデルバートに心の中で謝罪しながら、その身を蝕む呪いの中心に魔力を注ぎ込んだ。しばらくはなんともなかったが、ある一定の量を超えたとこで、突然猫が低い唸り声をあげはじめる。それを確認して、そっと頭を撫でてから床にその身を横たえさせた。
せめて、その苦痛をできる限り抑えることができるようにと、その体を撫でた。けれども、彼はその身を仰け反らせ、血を流しながら体を崩していく。耳をつんざく悲鳴と、血の匂い。体は肉塊となり、光の粒子となって消えていく。生きたままそれらの苦痛を強いられ、猫としての体を失って漸く、光の粒子が人間としての体を構築していった。なんと悪意に満ちた呪いなのだろうと、改めて思う。
王も、侯爵もただそれを驚愕の表情で見ている。アルベールは何度その様子を見たのだろうか、それでも目をそらさずに、その様子を見ていた。
ただ一人、ギルバートだけは表情を変えずに、アデルバートを一瞥することも無く、ずっとこちらを見ていた。




