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黒の魔女の拾いもの  作者: 茜菫
本編

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第6話 私と彼の誓い (6)

姿を消す魔法を使い、予めアフロート王国の王都のとある空き家に設置してある転移地点に魔法で移動する。エールラン王国に構えているお店のように、魔女の小屋の扉と繋げるといったことはしていない為、都度魔法を使わねばならず、中々魔力を使う。


この空き家はもう何年も放置されていて、家としての機能はほとんど失われている。ここならば誰も気づかないだろうと、一年前に転移地点として魔法道具を隠して置かせてもらっていた。今までアフロート王国に用は無かったので、ほとんど使ったことは無かったのだが、今回のことで役に立つとは思わなかった。


空き家を出て、チェスター侯爵の屋敷へ向かう。姿を消すこの魔法は、肌が触れている相手には目視されるので、アルベールとは手を繋いで歩いた。人にぶつからないように歩くのは少しばかり苦労がいり、早めに黒の森を出たのだが正解だったようで、たどり着く頃には思ったよりも時間がかかってしまっていた。


約束の時間になり、姿を消したまま、バルコニーの開け放たれた窓から屋敷に入る。今までこの侵入を何度か繰り返したが、初回こそ不法侵入だが、以降はこの屋敷の主人が許しているのだから、正当な訪問と言えるのかもしれない。


広い部屋の中には、チェスター侯爵レナード・セシルが一人のみ。年齢は私と同じか、少し年上だろう。短く切りそろえられた明るめのアッシュベージュの髪と、やや吊り上がったペリドットの目が印象的な男だ。

他に誰もいないことを確認し、姿消しの魔法を解く。侯爵からみれば、突然部屋に人間が二人現れたことになるのだが、何度もそれを見ているし、前もって約束を取りつけていたからか驚いた様子はなく、彼はこちらの姿を認めて席を立った。


「約束通りに参りました。チェスター卿、これからの会話は聞かれたくないので、念の為に防音の結界を使わせていただきます。」


早口で呪文を詠唱して魔法を展開させると、侯爵は感心したようにほう、と息を漏らしてこちらを見た。彼の鋭い目は強烈な目力があって、見られるだけで緊張する。私はアルベールと頭一つ分程身長差があるのだが、その彼よりもさらに頭半分程身長が高い侯爵から見られると、自然と見下ろされる形になる。流石、騎士団長といったところか、侯爵は体つきもがっしりしていて余計に迫力があり、…正直、怖い。


「…あの、何か、問題がありました?」


「いえ。姿を消したり音を遮断したりと、魔女の弟子殿が使われる魔法は、恐ろしいものだと思いまして。それらが普通の人間では扱えない魔法であって、良かったものです。」


力は使いようだ。これらは直接的な攻撃の力は無くとも、使い方によっては恐ろしい魔法になり得る。一般的な魔法使いが持つ魔力量では扱えないような魔法なので、そう簡単には悪用されることは無いだろう。そんな魔法だから、軽々と扱うことが出来るのは黒の魔女の弟子だからだ、と信じてもらえたのだが。


「…ところで、殿下は?」


「あ、はい。アデルバート殿下はこちらに…」


チラリと目を向けると、少し後ろに控えていたアルベールが前に出る。腕には金色の毛並みを持った猫が気持ちよさそうに寝ていた。中身はアデルバートでも今は自由気ままな猫だ。動き回られても鳴かれても困るので、魔法で熟睡してもらっている。


「話には聞いていましたが、本当に猫なのですね。…この姿ならば…まるで無害だ。」


侯爵はそう呟いて、少しだけ苦々しい表情を浮かべた。アデルバートから彼は信頼のおける友人と聞いていたのだが、…まあ、色々あるのだろう。


「証明の為に一度人間に戻ってもらうのが一番いいのですけど…その際に酷い苦しみを伴うので、戻すのは一度きりにしたいのです。」


「分かりました。殿下はあなたを全面的に信用していると仰っていた。ですので私も、あなた方を信用しています。」


そう言ってふっと笑った侯爵に、安堵して胸に手を当てて息を吐いた。先程の侯爵の呟きは気になるが、アデルバートと彼との信頼関係は確かなものらしい。信用してくれているから、ここまで協力してくれているのだとは分かっているが、やはり言葉で聞くと安心する。


侯爵にアデルバートからの文を手渡して、簡単に今日の打ち合わせをする。どのように話を進めるか、どのように振る舞うのかは、全てアデルバートがストーリーを考え出してくれている。あとは、それを上手く演じ切ることが出来るかが、今日の勝負所だろう。


侯爵に参りましょうかと促されて、再び姿消しの魔法を使い、用意された立派な馬車に乗って、王宮へと向かった。姿を消しているので乗るにも苦労して、侯爵が上手くフォローしてくれて何とかなったのだが、彼には感謝しかない。


馬車に揺られながら見た窓の外、見えるアフロート王都の街並みは私にとっては西洋風で、そこを行き交うの人々の風貌もまた西洋風に見える。エールランとさほど変わらない。

ちらりと横目で見ると、アルベールも外をぼんやりと眺めていた。この国の王族に生まれながらも、その身を秘匿とされて死んだ事になった彼は、今までも、これからも、この都を堂々と歩くことは無いのだろう。彼はこの国を、どう思っているのだろうか。


馬車が止まり、降りた私の目に飛び込んできたのは、荘厳美麗なとても広大な城だ。エールランでも遠目にしか眺めたことのなかった西洋風の城が目の前にあって、まるで海外旅行に来たような感覚だが、生憎とそれを楽しむ余裕はない。


侯爵とその両脇に控える騎士二人の後ろを、姿を消したままついて行く。綺麗に磨きあげられた床を踏みしめながら、独特の雰囲気に及び腰になりそうになるが、繋いだアルベールの手を思い出して、何とか心を奮い立たせた。私が彼と、この先どのように過ごすことが出来るのかは、今日この日にかかっていると言っても過言ではない。


謁見の間と呼ばれる一室の前に到着し、ゆっくりとその扉が開かれた。侯爵が少し立ち止まって時間を稼いでいるうちに先に入り込むと、目に映る光景に息を呑む。中は煌びやかなシャンデリアがキラキラと輝き、よく磨かれた大理石の白い床にふかふかの赤い絨毯が伸びて、その奥にはひとつ立派な椅子が据えられている。物語に出てきそうな、その名に恥じぬ期待通りの内装だ。


その椅子には、一人の初老の男性が座っている。見慣れたプラチナブロンドの髪はやや緩く巻かれていて、胸元まで伸びた髪をひとつに束ね、肩から前に流されていた。アデルバートと同じディープブルーの目はどこか虚ろで、顔色もあまり良くはない。その頭の上に乗せられた冠が、彼の正体を示している。

アデルバートとアルベールの父親であり、このアフロート王国の王。病床に伏せていると聞いていたが、確かに体調は芳しくないようだ。


そしてもう一人、その隣に控える男がいる。恐らくこの男がギルバートなのだろう、顔はどこかアデルバートに似ていた。けれども、感情が読み取れない同じディープブルーの目は、恐ろしく冷たい。髪の色は母方に似たのだろうか、ブルーグレーの髪は腰に届くほど長く、ひとつに束ねて後ろに流している。


似ているようで、似ていない兄弟達だ。アルベールは凪いだ風のように穏やかな雰囲気で、アデルバートはまるで燦々と輝く太陽のように明るい雰囲気を持っているが、この男は鋭い氷のような冷たい雰囲気を持つ。今、初めてこうして見ているだけでその印象を受けるのだが、何故そう感じるのか、アデルバートやアルベールの事があって、穿った見方をしてしまうからなのかもしれない。


ふと、握った手が僅かに震えているのに気づく。震えているのは私ではなくて、繋いだアルベールの手だ。彼からすれば、この二人は彼の自由を奪った元凶だ。内心穏やかではないだろう。恐怖などではなく、怒りによるものだろうか。

ほんの少しだけ手を握る力を込めると、アルベールはハッとしたようにこちらを見た。フードにおおわれてその目は見えなかったが、口元が僅かに緩んだのを見て小さく笑い返す。


大丈夫だ。私の隣には彼が、彼の隣には私がいる。

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