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黒の魔女の拾いもの  作者: 茜菫
本編

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第6話 私と彼の誓い (5)

呪いを完成させるために魔力を急激に失した結果、魔力欠乏症でその日はベッドでぐったりとする羽目になった。普段は逆に、急激に魔力を取り込んで魔力酔いを起こしているし、自分の魔力に振り回されてばかりだ。魔女の弟子を名乗っているのにこの体たらくは、情けないことこの上ない。


アルベールは一日の殆ど私のそばについて、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた。手を握ってくれたり、魔力酔いしない程度に魔力を譲渡してくれたり。その方法は、言わずもがな。食事も全て食べさせてくれたのだが、体のだるさはあるものの病人ではないし、何よりとても恥ずかしいので自分で食べると申し出たのだが、彼はにっこりと笑って、


「求愛給餌の様なものですから。さあ、どうぞ。」


…と言われて流されてしまった。強く拒否しないのは、恥ずかしいがやはり嬉しいと思うし、幸せだからだけども。アルベールがとても幸せそうに笑ってくれるものだから、余計に。


そんな幸せを噛み締めつつも、準備を着々と進めていった。アデルバートの呪いを解くために、呪いの主であるギルバートを脅迫し呪法を聞き出した上に、記憶を操作する呪いをかけるという、どう聞いてもこちらが悪事を働こうとしているのだが、それも会わないことには始まらない。


アデルバートが呪われている事と、その彼をこちらで保護している現状を知らしめる。一番こちらが思う通りに物事が進められるということで、国王陛下と謁見を賜ろうとアデルバートが手を回してくれた。黒の魔女の弟子だと名乗り、直接取り付けるというのも一つの手なのだが、これには色々と問題がある。黒の魔女という存在は思ったよりも大きいのだ。


アフロート王国とエールラン王国との北側の国境近くに位置し、近隣諸国どこにも属さない黒の森に存在する、黒の魔女。強大な力を持った魔女は中立であるから畏れられ、抑止力となっている。故に、例え本人ではなく弟子という立場であっても、アフロートに肩入れしていると思われてはよろしくない。堂々と真正面から黒の魔女の傘下として向かうのは、それを崩す危険性がある。


隠れ蓑を使おうと笑ったアデルバートは、一通の手紙を認めた。その手紙を届けるのは私の仕事となったのだが、直接本人に届けて欲しいと言われて苦労した。


その相手は、チェスター侯爵レナード・セシルという、アフロート王国の貴族だ。アフロート王国には十三の騎士団があり、その内の第三騎士団の長を務めている男らしい。

アフロート王国とはとても仲の悪いエールラン王国を生活の基盤としている私には何の伝手も無いのだから、侯爵に直接お会いするというのも、中々難かった。

結局、アルベールと共に王都の屋敷に、魔法で姿を消して夜中に忍び込み、自室で一人になる時を狙って直接本人に手渡した。その時の私たちの格好といえば、全身をすっぽり覆う魔法使いの外套をフードまで被り、アルベールに至っては顔を見られる訳にはいかないので仮面までつけていたという、どこからどう見ても不審者であったので、とても危ういことになりかけたのだが。


手紙を渡してそれを読んだ侯爵の、苦虫を噛み潰したような表情とその手紙を握り潰した様子に交渉決裂かと思ったのだが、この手紙は殿下が書かれたもので間違いない、と苦々しく呟きながら信じてもらえて、協力を取り付ける事が出来た。一体何が書かれていたのかと後日アデルバートに聞いてみたが、教えられないなあと笑った彼に薄ら寒いものを感じて、深入りするのはやめた。世の中、知らない方が幸せなこともあるだろう。


アデルバートは王都に入ると問答無用で猫になる呪いが発動してしまうので、侯爵とのやり取りは全て文で交わすことになり、寿命が縮みそうになる不法侵入を数度繰り返した。その成果あって、国王陛下との謁見が叶うことになった。その場には、第二王子であるギルバートもいるはずだという。


王は病床に伏せていると聞いていたので、本当に会うことが出来るのかと心配になったのだが、アデルバートの行方が知れるとなれば、必ず出てくるはずだ…と、王子二人が言い切っていた。本人もその弟であるアルベールも、王のアデルバートに対する溺愛を口にしていた事があるので、彼らがそういうのならそうなのだろう。


そして、当日。全身を写す鏡の前で何度も自分の身だしなみを確認しながら、ため息を吐く。


(ちゃんと、冷静に振る舞えるかな…)


黒の魔女の弟子、と肩書きだけは立派なものだが、実際はただの一般人だ。不安で仕方がない。

何事も形からと、服装には気合を入れた。踝まで丈のあるエンパイアドレスで、勿論、色は黒。黒のレースの、袖口がふんわりと広がったボレロも合わせている。全てに魔法の加護が込められていて、エイダが生前に黒の魔女の弟子の正装として、誂えてくれたものだ。魔法使いとして胸を張れるようになったら袖を通そうと思ってしまい込んでいたものだが、魔女の弟子として表に出るには、これを身に纏うのが一番良いだろう。胸を張れるのかと言われると、未だ首をかしげてしまうが、魔女の弟子としてしっかり役目を果たそうとの覚悟の形である。


髪は前髪も全て結い上げた。アルベールが髪を隠してくれるものを用意していると聞いている。呪いが解けて自由に動き回ることの出来る彼は、一人で出掛けることも増えた。


部屋を出てアルベールの元に行くと、彼は透け感のある黒のベールをつけてくれる。顔全体を覆い隠すように重ねられたベールの内側からは、少し視界が黒くなる程度なのだが、外から見ると、顔の輪郭がうっすら分かる程にしか見えないようだ。髪の色も明るめのブラウンのように見えるし、何かしらの魔法の加護をかけているのだろう。


「決して、貴女の髪をあの者達の目に触れさせぬように…」


この辺りでは黒髪が珍しいというのもあるだろうが、黒髪というのは、彼の母を連想させるものだ。彼自身が母に似た面影で人生を狂わされたからか、慎重になっているようだ。


「気をつけます。危険だと思ったら、ちゃんと逃げますから。」


アルベールは変わらず、魔法使いが身に纏う外套を羽織っている。仮面を被ったのは侯爵とのやり取りからしてやりすぎたのだと思ったのか、今日はつけていない。それでも、おそらくフードを深々と被るだろうから、十分に怪しさはあるのだが。

彼を置いていくという案はあったのだが、アルベールはそれだけは承服しかねると断固として譲らず、私自身も一人だと心細いのもあって、同行させてもらうことになった。元々、私も謁見の場までは姿を消しておくことになっているので、それが一人でも二人でも問題は無いだろう。


やるべき事は全て、頭の中に叩き込んでいる。しかし、不安と緊張で胃がキリキリと痛み、肩が震えた。自分の両手をぎゅっと握って深呼吸を数度、それでもやはり落ち着かない。


「…トモエ、どうか落ち着いて。」


「うう、はい…」


アルベールが安心させるように、両手で包み込むように手を握りしめてくれたことで、漸く震えが治まった。けれども、不安なのには変わりがない。


「ご安心ください、私もそばにおりますから。」


「…でも、失敗してしまったら」


そう考えると、恐ろしくてたまらない。アルベールを騙して捕え、あのアデルバートを呪うことができた相手だ。対策は色々と練ってはいるが、そう上手くいくだろうか。


呪いをかけることが出来なければ、再びアルベールは追われ続けることになる。呪いをかけることが出来ても、それが露見すれば、第二王子を害したと最悪の場合は国を相手に敵対することになる。出来るだけ成功をイメージしなければと思うのに、悪い予想はいくらでもついてしまう。


「…その時は私と二人、ずっとこの黒の森に篭ってしまいましょう。それとも、どこまでも遠くに二人で逃げてしましょうか。」


青くなる私に、アルベールは優しげな笑みを浮かべ、穏やかな声音でそう言った。


「どのような結果になったとしても、私はずっと、貴女のおそばにおります。」


その言葉があるだけで、酷く怯え切っていた心が落ち着きを取り戻していく。悪い未来なんて、掘り返せばいくらでも湧いてくるのだ。けれでも、その先でアルベールが共に居てくれるのなら、どんな地獄であっても何とかなってしまうのではないか。その様に、根拠なんて全くないのに思えてしまうのだ。


私を必要だと言ってくれる人。私に自分の存在価値を見出させてくれた人。この人が、四ヶ月のあの日、あの時、この場所にきてくれてよかった。私は異世界に迷い込んで、この人に出会えてよかった。


「…どうしよう」


「え?」


「私、どうしようもないくらいに、アルベールが好きみたいです。」


アルベールは虚をつかれたように驚きの表情を浮かべて、じわじわと喜色を浮かべていった。頬をほんの少しだけ赤くして笑う彼を、とても愛しく思う。

不意に顔を覆うベールを上げられて、視界がクリアになった。そのまま少し見つめあっていると距離が近づいて、目を閉じる。唇が軽く触れ合うだけの口付けを交わして、微笑みあった。

まるで、誓いのキスのようだ。


ベールを下ろされて、目の前に差し出された手を、迷いなく取った。恐ろしくて不安でも、私のそばにはアルベールがいてくれているのだ。

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