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黒の魔女の拾いもの  作者: 茜菫
本編

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第6話 私と彼の誓い (4)

空が白み始めた頃に目が覚めると、隣にはアルベールの姿はなく、彼の部屋に一人残されている状態だった。ただ添い寝をしただけなのだが、一晩抱き合って得られた温もりは既に無く、隣のシーツは冷たくて、少しだけさみしい。こんなに朝早くにどこへ行ったのだろうかと、ベッドからおりてぐるりと部屋の中を見回すが、彼の姿はなかった。


身支度を整えるために自分の部屋に戻ろうと扉へ向かって、その途中で机の上に広げられているものに目がいって、足を止める。くるくると半分程丸められた大きめの紙が一枚、見える部分には魔法陣の描かれている。この一週間で、彼が作り上げようとしていた呪いだろう。発案したのは自分だが、実際に目の当たりにすると薄ら寒いものを感じて、これから私達がなそうとしていることが酷く恐ろしいものなのだと感じさせられる。だが、覚悟の上だとそれを目に映してから、アルベールの部屋を出て自分の部屋に戻った。


暫くして、髪を整えていると物音が部屋の外から聞こえてきたので、恐らくアルベールがどこからか戻ってきたのだろう。全身が映る鏡の前で、おかしな所がないか確認してから部屋を出ると、予想通り、アルベールが外から帰ってきていたようで、目が合って微笑みかけられた。


「おはようございます。」


「おはようです。」


アルベールは白い花を一輪、手にしていた。以前にもらったことのある、この黒の森でしか咲いていない魔力を含んだ花だ。すっと差し出されたそれをはにかみながら受けとると、アルベールは柔らかく笑む。その笑顔に胸を高鳴らせつつ感謝を述べて、一輪挿しの花瓶に生けた。


「随分と早くに起きていたんですね。どこに行っていたんですか?」


「はい、こちらを集めに。」


そう言ってアルベールが見せてくれたのは、掌におさまる小さな瓶だった。その中には透明な液体がなみなみと満たされているが、一体何なのだろう。私の疑問を感じ取ったのか、アルベールはにこりと笑ってその正体を教えてくれる。


「この花に付着しておりました、朝露です。」


それを集めるため、早朝に出かけていたのだろう。どのようにして集めたのか、きっと魔法を上手く使ってのことなのだろう。彼は私と違って色々なことが出来て、同じ魔法使いとして尊敬する。

アルベールは私が起きてしまう前に戻ってくるつもりだったと眉尻を下げるが、私自身でも驚く程に早く起きてしまったため、それは叶わなかったようだ。


「それを何に使うんですか?」


「魔力を込めて、呪いを作り上げるのです。昨日の内に呪法は作り終えました。後は、魔力を込めるのみ…」


それを聞いて、先程、彼の部屋で見た魔法陣が描かれていた紙を思い出す。私では、こんな短期間で呪いを作りあげることなどできなかっただろう。

彼が作りあげたそれに魔力を込めるのは、私だ。アルベールが最後の言葉を口にするのを躊躇したように見えたのは、恐らく見間違いではない。彼は共にとは言ってくれたが、やはり私にこのようなことをさせるのは、望ましく思っていないのだろう。


「魔力をこめるのは今からでも、出来ますか?」


元々、呪いをかけようと言い出したのは私だが、時間が経てば経つほど怖気付いてしまいそうなのだ。大層に覚悟を決めたと言っても、私はそれほど意思が強いわけではない。だから、今この想いが強いうちに、可能な限り事を進めておきたいのだ。いっそ、後戻りの出来ないところまで。


「…はい。」


アルベールは少し迷ったように視線を逸らしてから、小さく頷いた。一度部屋に戻り、直ぐに先程見かけた紙を手にして出てくる。丸められていたので分からなかったが、それを床に広げると、縦横共に両手を広げたくらいの大きさがあった。その用紙のサイズに見合った、大きな魔法陣が描かれている。


「トモエ、こちらに。」


手を取られ、その魔方陣の前に誘導された。その場にしゃがみこんで待っていると、朝露が入ったの小瓶を右手側に、その逆に同じ大きさの空瓶が蓋を閉められずに床に置かれる。アルベールは失礼しますと言って私の背後に周り、同じようにしゃがみ込んだ。


「掌を、私に重ねて…」


左後ろから、掌を上に向けて左手が伸ばされた。自分のものとは違う、大きな手だ。耳元で囁くように声をかけられてビクリと肩を震わすと、アルベールが笑った気配がする。きっと、わざとだろう。


「右の手も、お借りします。」


右手は人差し指を残して握り込むように促され、それに従うと、後ろから伸ばされた彼の右手に包み込むように取られた。これから呪いを…というのに、後ろから抱き込まれるようなこの体勢に、不謹慎だが胸が高鳴って緊張してしまう。重ねた掌が汗ばまないか、本来ならもっと心配すべきことがあるだろうに、そのことばかりが気になった。


「私が貴女の魔力を引き出し、魔力を込めていきます。苦しいかもしれません、お辛い場合は直ぐに仰ってください。」


それを聞いて、身を固くする。だが、この呪いにどのように魔力を込めていけばいいのか分からず、私自身では難しそうだ。苦しくともこれをなさなければならないと思いながら頷くと、アルベールが小さく息を吐いた。彼の顔が見えないので、どんな表情をしているのかは分からなかったが、見えなくてよかったのかもしれない。


アルベールが呪文と思われるものを口にすると、紙に描かれた魔方陣が薄く発光する。彼が私の人差し指を右に置かれた小瓶の口に触れさせると、そこに収められていた液体が、まるで吸い寄せられたように指にまとわりついた。触れている感覚はただの水分なのだが、指を伝っていく様子もない。そのまま私の指先で何かを宙に描くと、無色透明だったはずのその液体が真っ黒に染って、宙に文字を浮かばせた。黒く染った液体は吸い寄せられるように左に置かれた空の瓶に収まり、それと同時に凄まじい疲労感におそわれる。自分の中の魔力が一気に引き出され、呼吸はちゃんとしているのに、全力疾走したかのように息が苦しくなったような感覚だ。


「…トモエ」


「…だ、大丈夫です、続けてください…」


しかし、ここでやめる訳にはいかない。必死で耐えながら先を促すと、アルベールはそれに従ってくれる。

それを何度か繰り返したのだが、一回一回、ごりごりと自分の魔力が減っているのがわかる。堪らずべたんと床に座り込んでしまうと、アルベールが息を呑んだのに気づいた。


「…このまま…」


中断の提案をされる前にそう言えば、彼は腰を下ろして身を寄せてくる。


「私に寄りかかってください。すこしは、楽になるかもしれません。」


体が密着して気恥しいと思う余裕はなく、言われた通りに身を寄せる。姿勢が楽になったおかげで、少しだけ楽になった。

これを数十回繰り返し、ようやく終わった頃には、右の瓶は空になり、左の瓶は真っ黒な液体で満たされていた。私の魔力は半分以上消費されていて、急激に減ったものだから、体がとてつもなくだるい。そっと手を離されると、腕に力を入れるのも辛くて、ぐったりと地に落ちる。


「…っ、成功しました…?」


「はい、ありがとうございます…トモエ。」


後ろから両腕を回されて、抱きしめられる。体のだるさはどうにもならないが、温かい腕の中に包まれて、安心してほっと息を吐いた。


真っ黒な、呪いの小瓶。アルベールやアデルバートの体に描かれていた、真っ黒な呪印を思い出した。この呪いをうけた者の肉体には、同じように呪印が描かれるのだろう。呪いはアルベールが生み出し、私がかけるものだ。


誰かを呪おうと思ったことは、今まで無かった。今でも、これはいけないことだ、と思う気持ちがある。


(私は、私のために、人を呪おうとしている…)


肉体的な損傷は無くとも、相手の記憶を奪う呪いだ。それも、おそらく相手が最も強い想いを抱いているもの。自分がやろうとしていることを、恐ろしく思う。今でも罪悪感があるのだから、これを成功させれば、もっと罪悪感を感じるのだろう。きっと、後悔する。

けれども、何もしなければ奪われるのはこちらの方だ。アルベールを奪われ、彼の自由が奪われることになれば、何もしなかったことを後悔する。それだけは、どうしても許容できない。


逃げて隠れるだけでは、平穏は得られない。この温もりを奪われないよう、反撃の準備は整ったけれど、ただ今はずっとこのままでいたいと、身を預けて目を閉じた。

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