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黒の魔女の拾いもの  作者: 茜菫
本編

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第6話 私と彼の誓い (3)

アルベールが私の唇をそっと人差し指で撫ぜたので、びくりと身体が震えて力が抜けた。そのまま、いけませんよと囁かれて、軽く唇を重ねられる。すぐさま離れたそれに顔を赤らめつつ、アルベールの次の言葉を待った。


「それからのことは、以前にお話した通り。三年程、意識は殆ど無く囚われ、魔力を奪われ続けました。二度逃亡を図りましたが、一度目の逃亡は失敗し、呪いをかけられ…二度目の逃亡にて黒の森へと逃げ込み、貴女に助けを求めました。」


この一連の、アルベールにとっては不幸な出来事がなければ、私が異世界に迷い込み魔女に弟子入りしていなければ、私達は出会うことは無かったのだろう。お互いの不幸の上に成り立つ出会いは、それまでのことを決して良かったとはいえないが、少なくとも私にとっては幸運だったと思う。


「この事で一つ、お話ししなかった事がございます。」


「…それは?」


「私が黒の魔女へ助けを求めようとした理由です。あの時は、意味を持たないと判断しておりました。」


あの時はということは、今は何かしら意味があるものなのだと思っているのだろうか。なんだろうかとじっと待っていると、アルベールが私の髪に触れる。どうしたのだろうかと首を傾げるが、彼は躊躇しているのか、中々口を開こうとしなかった。ややあって、ゆっくりと再び口を開いたアルベールは、私の髪を手放す。


「一度目の逃走の際、夢を見たのです。」


「夢?」


「…黒い髪と赤い目を持つ、若い女性が現れる夢を。」


黒髪も、赤い目も、この辺りではどちらも珍しい。そのふたつ、どちらも持ち合わせている人物は、私は二人しか知らない。


「その女性が、黒の森の魔女に助けを求めるよう、私に助言下さった。初めは、記憶にない母の夢を見たのだと…自分の顔にあまり似ておられなかったのですが、その特徴で思い当たる人物は母のみだったのです。」


アルベールの母であるヘレナは、珍しい黒髪と赤い目の二つを持つ、貴重な人物の一人である。以前、アデルバートが、アルベールはその母にとてもよく似ていると言っていたので、あまり似ていないというその女性が彼の母ではないか…とは、考えにくい。だが、彼の夢だと考えれば、顔を覚えていない母の姿を正確に描けはしないだろうから、何も不思議ではない。そう思ったのだが、アルベールはどうやら別の答えを導き出しているようだ。


「しかし、あれはただの夢では無く、あの女性は夢渡りにて私の元にやってきた、黒の魔女ではないか、と。」


「…確かに、黒の魔女は黒髪で赤い目をしていましたけど…あの、夢渡りとは?」


聞きなれない言葉に首を傾げると、アルベールは説明してくれる。夢渡りは魔女が扱う魔法の一種で、他人の夢の中に入り込むものらしい。相手の夢の中に自分が登場していることが条件で、その立場に入り込むのだそうだ。


「黒の魔女ほど桁外れの魔力を持っていることと、ある仮定をあわせれば…その条件がなくとも私の夢へ渡って来ることが可能でしょう。」


「その、仮定というのは?」


「…私はこの通り、珍しい赤い目をしており、膨大な魔力を擁しております。」


そこで、アルベールが言わんとしていることを理解した。黒の魔女エイダには娘がいたと、さらに孫もいたと聞いたことがある。


「…あの、もしかして、アルベールは黒の魔女の孫だと…?」


「その可能性が高いと存じます。私自身の魔力は、おそらくこの黒の森を自由に歩き回れる程では無いのです。ですが、私はこの森をさ迷うことがございません。それは、黒の魔女と魔質が似ているからなのでしょう。」


魔質が似るというのは、血統によるもののみだ。魔女に匹敵するほどの魔力を持つか、魔質が似ていなければこの森を自由に歩き回れないのだから、魔力が足りないというのであれば血縁関係にあるのは、ほぼ確実と言える。


「それと…私の母の名は、ヘレナ・ネルソン。そして、黒の魔女の夫と思われる人物の名をこの小屋でみつけたのですが…その名が、オリヴァー・ネルソンだったのです。」


魔女は姓を持たない。エイダは姓をもたないが、仮にその子が姓を名乗るとすれば、父方の姓を名乗るのはおかしくない。それが、ヘレナ・ネルソンだと彼は考えているのだろう。であれば、ヘレナの子であるアルベールは魔女の孫ということになる。


エイダは黒い髪と赤い目をした、膨大な魔力を持つ魔女であった。アルベールの母は黒い髪と赤い目をした、膨大な魔女を持つ魔法使いと聞く。そして、彼自身も膨大な魔力を持つ魔法使いだ。三人に共通している赤い目と膨大な魔力、魔質が似ていると思われる事実は、血縁関係があると仮定すれば説明がつく。


「魔質の似た相手には干渉し易い。魔女が私の夢に、条件を満たさなくとも夢渡りすることは可能なのでしょう。」


アルベールがエイダの孫なのだとしたら、説明がつくことが多い。私が彼女に恩を返したいと思うのなら、助けを求める人がやってきた時にその分助けになってあげなさいと、彼女が遺した言葉を思い出せば、それはアルベールが助けを求めやって来ることを見越してのものなのだろうと、今なら思う。


「アルベールは魔女の孫…」


「ご本人から伺った訳ではございませんし、確証もございませんので、今は可能性だけではありますが…」


そうでなくとも彼を助けたいと思う気持ちは変わらないのだが、本当にそうならば、エイダの恩に報いることも出来る。


「本当に黒の魔女がアルベールのおばあさん…だったら、どうします?」


あの美しい若い姿でおばあさんというのは、非常に違和感があるのだが。


「感謝の言葉をお伝えしたいですね。おかげで、私はトモエと出会うことが出来たのですから。」


そう言って幸せそうに微笑んだアルベールに目を奪われて、しばらくぽかんとしたまま見つめてしまったが、その言葉の意味を理解して顔が熱くなった。


「…お聞きくださり、ありがとうございます。」


「聞けて、良かったです。」


アルベールが今まで何を思っていたのか、全てを知ることが出来た訳ではないけれど。頬を撫ぜてくるアルベールを見つめながら、微笑んだ。


「…トモエ。改めて、私の恋人になってくださいませんか?」


以前は、自分自身のことを話すことが出来ないまま、同じ言葉を彼はくれた。アルベールの言葉に、答えはひとつだが、どう答えるか少し悩む。もぞもぞと体を動かしてその唇に口付けると、彼はその赤い目を大きく見開いた。


「…もう、恋人ですから。」


私にとって、彼は離れることなど考えられないくらい大切な人だ。嬉しそうに笑ったアルベールを見ていると、心が満たされる。


暫くそのまま他愛のない話をしながら、髪に触れたり頬に触れたりしていると、不意にカリカリという音が扉から聞こえてきた。そういえば、でんかはいつもアルベールの部屋でねていたのだが、あちらの部屋に置いてきたままだったことを思い出す。

入れてあげないと、と思ったのだが、アルベールがそれを静止したので不思議に首を傾げた。


「…朝起きると、私の上でまるまっているのです。」


その様子を脳裏に描くととても微笑ましくて、くすりと笑みが零れた。しかし、アルベールはというと、苦笑いを浮かべて小さくため息をつく。


「呪いがそこで発動することもございます…」


アルベールの上でまるまっている猫の呪いが発動すると、どうなるのか。アデルバートはそのまま人の姿に戻るのだから、下に敷かれるアルベールはたまったものでは無い。


「た、大変ですね…」


夜中に全裸の男性にのしかかられる…しかも、それが自分の兄だとしたら、尚更嬉しくないだろう。


「あちらに専用のベッドは置いてありますから、今日はそちらで我慢していただきましょう。」


アルベールはそう言って笑い、寝そべる私を腕の中に引き寄せた。緊張で体に力が入っていたのだが、アルベールが目を閉じたので同じように目を閉じると、ゆっくりと睡魔が襲ってきて、いつの間にか眠りについていた。

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