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黒の魔女の拾いもの  作者: 茜菫
本編

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第6話 私と彼の誓い (1)

私が誘拐されたあの日から、一週間が経とうとしていた。


エールランの王都に構えている店は、しばらく休みにする事にした。アルベールが私を誘拐したあの女から色々聞き出していたようで、どうやらエールランにまでやってきた追手は、あの二人のみだったらしい。

彼はあの日の夜、黒の森に逃げ込んだ女を追いかけ探し出し、見つけた時には手遅れだったと言っていた。それは助かる見込みがなかったということだったのだろうが、そんな状態の女からどのように情報を聞き出したのかは気になる。だが、アルベールはあまり追求して欲しくなさそうな様子であったし、目を瞑ることもひとつの受け入れ方なのだと思い、それ以上は問わなかった。


店を休むにあたって、数日のうちに常連客には話をし、薬は多めに手渡した。イレーネはとても寂しそうにしていたので、彼女とは落ち着いたら色々と話をしたい。アルベールと恋仲になったのも彼女の助言が切っ掛けであったし、恋愛事においては彼女の方が大先輩だろう、色々と相談したいこともある。

そんな、何気ない平穏な日々を得る為にも、成功させなければならないと改めて決意する。


アルベールは二日ほど、エールラン王都にある魔法図書館に朝から夜まで出かけていた事はあったが、殆どは小屋に残されている魔女が書き記した書物を抱えて、自室に篭って過ごしている。

彼は宣言したとおり、呪法を作り上げようとしていて、偶に参考の為に助言を求められたりするが、あまりその助けになったとは思えなかった。助言を求めるというよりは、話すことで整理と確認を行おうとしていたようだ。彼の魔法に関する知識量が豊富であることをまざまざと感じて、正直、一人で何とかしようとしていたのは無謀だったと思う。


そして、私の方はアデルバートの呪いをその場で発動させる方法を試みていた。

金色の毛並みをした猫を連れ、これが王太子殿下ですよと言ったところで、簡単に信じられるものでは無いだろう。実際にその様子を見せつけてやれば良いのだ、とはアデルバート自身の案だ。百聞は一見にしかずとはよく言ったものだ、アデルバートが呪いをかけられていると証明する為には、これが手っ取り早く確実である。


だが、呪いを発動させるということは、アデルバートにあの苦痛を強いる事になる。本人がいいと言っても、あの光景を思い出すと気軽に試そうとはならなかった。試行錯誤の上で、できる限り試す回数を減らし、何とかアデルバートを人間に一時的に戻すことに成功した。呪いを解いた訳ではなく、呪いを発動させたのだから、生きながら身をすり潰されるような苦痛を余分に味わうことになったのだが、アデルバートは辛さも苦しみも感じさせない笑顔で、夜以外で人間に戻れたことを大いに喜んでくれたので、その罪悪感は少しだけ薄れた。


ここまでくれば、後はアデルバートの呪いとその彼を保護していることをアフロートの偉い方々に知らしめ、その上で呪いの主であるギルバートに接触するのみだ。

それについてはなんと国王陛下に謁見を賜るとの事だ。そんな手筈を私が整えられるわけがないのだが、その辺りはアデルバートが上手くやってくれるそうだ。といっても、そのために多少、私自身の協力も必要だとは言っていたが。


残り、私が成さねばならないのは、アルベールの呪いを解くことだ。夕食を共にし、お風呂に入ってあとは寝るだけとなって、今日も解呪を試みる。

寝間着の袖をまくってアルベールの右腕をみれば、三本の肘にまで伸びていた呪印は、手首のあたりまでの長さになっていた。ここまでくるまでに四ヶ月もかかっている。非常にのんびりしていたと思う。


「…考えてみれば、アルベールは解呪にあまり積極的ではなかったですね。」


解呪の為に握った掌を見ながらそう呟くと、アルベールはにっこりと笑った。毎日ちまちまと解呪を試みていたが、それは初めの頃、少し疲れた様子を見せれば、今日はこれで終わりにしましょうとアルベールによって切り上げられていて、それがずっと続くものだから、毎日短時間が通常になっていた。解呪を目的としてここまで危険を冒してまでやってきた割には、熱意が足りないと今更思う。


「貴女のそばにいる、体のいい理由でしたから。」


「…呪いを解いてもらうために、この黒の森に逃げ込んだのでは…」


「貴女に心奪われてから、目的が変わってしまいましたので。」


さらりと言われた言葉に、顔が熱くなる。初めの頃からずっと積極的に口説かれていたそうなのだが、こんな見目麗しい男性が自分を口説いてるなんて、誰が想像つくだろうか。未だに信じ難いのだが、彼のその成果あって、いつの間にか私も彼に恋をしてしまったというのだから、信じざるを得ない。そう思えば、どこかで呪いを解いてしまえば彼が去っていってしまうのではないかと、いつの間にか恐れていたのかもしれない。


「今は、呪いが解けても貴女のそばに在ることをお許しいただきましたから、是非とも解いていただきたい。」


「…本当に、ずっとそばにいてくれますよね?」


彼の言葉を疑う訳では無いが、未だにその不安は消えてはいない。不安気味にそう問いかけると、アルベールは優しげな笑みを浮かべて、額に口付けてくれる。


「私はずっと、貴女のそばに。」


ここは、黒の魔女が嘘をつけない呪いをかけた小屋だ。永遠なんて存在しないし、心変わりしないという保証もない。けれど、その言葉は今のアルベールの本心だ。


目を閉じて、掌に魔力をこめる。アルベールにかけられた三つの呪いは、一つ一つは大したものではなかったが、複雑に絡み合っていたため解呪には骨が折れた。絡まった糸を解くように、彼の自由を奪い、我がものとする悪意を解いて、消滅させる。


一つは、彼の生体反応を知らせるもの。

一つは、彼の位置を知らせるもの。

一つは、彼の言葉を奪うもの。


一つずつ、その悪意に勝る魔力でそれらを破壊する。彼を雁字搦めにして、自由を奪っていたそれらは、消え失せた。


目を開き、その掌をみれば、黒い呪印は完全に無くなっていた。大分魔力を使ったらしく、あんなにも溢れていた魔力がぐっと減っていて、疲労でどっと体が重くなる。ぐったりとする体をアルベールが左腕で引き寄せて、抱きしめられる。


「…私にとってこの呪印は、絶望の象徴でした。」


顔を見られたくないのか、胸に顔を埋めるように抱きしめられていて、今、アルベールがどんな表情なのか分からない。けれど、声は少し震えていることはわかった。


「まさか、ギルバート兄上に裏切られるなど…いえ、私が勝手に裏切られたと感じただけなのでしょうね。兄上は私のことなど、最初から利用するだけのつもりだったのでしょうから。」


信じていた人間に裏切られたと感じるのは、どれ程心が傷つくものだろうか。きっと、アルベールはアデルバートと同じように、ギルバートのことを慕っていたのだろう。

裏切られたとも思いたくもなかっただろうに、呪いという形でまざまざと見せつけられて、どれ程苦しかっただろうか。


しっかりと抱きしめ返すと、アルベールが少し苦しいくらいに腕の力を強める。呪いが解けた喜びだろうか。それとも、その絶望を感じた時の悲しみだろうか。彼の中では色々な感情が混ざりあっているのだろう。


解けなくてもいいなんて言っていたけれど、それも本心ではあっただろうが、目に映すのも辛かっただろう。かける言葉が見つからなくて、ただ、まるで縋り付くように抱きしめてくるアルベールを、強く抱きしめる。


「…トモエ、どうか、ずっとそばに…」


「…はい。アルベールが嫌だって言っても、ずっとそばにいますから。ずっとそばにいてくださいね。」


そう言って笑うと、アルベールも笑ったようだ。

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