第5話 私と彼の決意 (12)
また夢を見ている、という自覚があった。自覚がある状態で夢を見るのは、これで何回目だろうか。
見たことのない西洋風の、城と言っても差し支えない立派な建物が目に映っている。私が立っているのは広大な庭園の様な場所で、目の前には十二、三歳くらいだろうか、ゆるく巻かれたプラチナブロンドの髪をやや高めの位置でひとつに束ねた美少年がいた。少年といっても、身長は私と同じくらいだ。まるで物語に出てきそうな、王子様らしいその見目麗しい少年の青い目は、少し不機嫌そうにこちらを見ている。何故か申し訳ないという気持ちがわいて、すみません、と自然に口から漏れていた。
「遅い、トモエ殿!」
「あ、はい、すみません…!」
この少年がアデルバートという事は、何故かわかった。これは夢だということもわかっているので、アデルバートの少年姿はただの私の妄想なのだろう。私がこの世界にやってきたのは二年前、当然、こんな若い頃のアデルバートに会ったことなどない。
「アルバートの大事な人だからな、許す。」
「…えーっと、ありがとうございます?」
腕を組んで尊大にそう宣ったアデルバートに感謝すると、笑顔で頷かれた。その後、すぐに手を取られ、ぐいっと引かれて慌てて歩き出す。
「あの、アデルバート殿下、どちらに?」
「アルバートの所に決まっているだろう?」
「…大丈夫なんですか?」
これは夢ではあるが、アデルバートがこれくらいの年齢ならば、アルベールは軟禁されていた頃だ。よく兄が会いに来てくれていたとアルベールはいっていたので、アデルバートにとっては慣れたことなのだろう。だが、私も一緒となると、問題になるのではないだろうか。
「問題ない。陛下は、私のすることは全て許される。」
そう言って笑ったアデルバートの声には自嘲めいた響きが含まれていて、それ以上は何も聞けなくなって口を噤む。
無言になった私の手をアデルバートは決して離さずに握ったまま、奥へと進んでいった。どれくらい歩いたのかわからないが、いつの間にかガラリと景色が変わっていて、建物の裏手の小さな庭の様な場所にたどり着いていた。小さいといっても先程の庭園に比べればというだけで、昔通っていた学校のグラウンドくらいの広さはある。
ただ、異質だったのは、その庭をぐるりと高い石の壁が囲っていることだろうか。目的は察することが出来る、ここに住んでいる人間が外に逃げてしまわないようにするためだろう。
「アルバート」
アデルバートが声をかけると、いつからそこにいたのか、庭の植物の前に座り込んでいた五、六歳くらいの少年がこちらを振り返った。その姿に私は思わず口元を覆うが、抑えきれなかった衝動のままに言葉を漏らす。
「…可愛い…」
柔らかそうな短めの美しいプラチナブロンドの髪、ルビーのような赤い大きな目、薔薇色の柔らかそうな頬、目を奪われるこの天使かと思う程愛らしい少年が、アルベールなのだろう。
「…兄上、来てくださったのですね。」
眩い笑顔を浮かべた少年のアルベールが、アデルバートの元に駆け寄った。二人並ぶと、そこはまるで美しい一枚の絵画のようだ。こんな頃のアデルバートにもアルベールにも会ったことは無いから、全て私の妄想なのだろうが、本当に仲の良い美しい兄弟にみえる。二人がこのように屈託なく笑いあっていた頃は本当にあったのかもしれないと思うと、少し切なくなった。現実の二人はどこか互いに一線を引いたように接していて、特にアルベールはアデルバートに後ろめたい気持ちがあるように見て取れるのだ。
「トモエも来てくださったのですね、嬉しい。」
勿論、私は幼い頃のアルベールと出会ったことは無いので、これはただの自分にとって都合のいい妄想なのだろうと理解しているが、笑顔で私の名を呼んでくれたことに喜色が浮かぶ。そこで、アデルバートが私の手を離したので目を向けると、彼は少年らしく、少し悪戯げに笑った。
「さあトモエ殿、アルバートを連れて行ってくれ。」
「…はい?」
アデルバートの真意が分からなくて、首を傾げる。連れていけと言われてもこの庭は高い壁で囲われているし、どこへ行けばいいかもわからない。そもそも、何故私がアルベールを連れていくことになっているのかもわからない。
「これは私の夢だからだ。」
そんな私の疑問に答えるように、アデルバートは胸を張って言いきった。ますます分からなくて戸惑っていると、アデルバートは焦れたように私をアルベールの方に押しやった。
「あれが来る前に、早く。」
そう言ったのが聞こえたのと同時に、私を押す力が失せて、手の感覚も消える。驚いて振り返るが、そこにはアデルバートの姿は無くなっていて、かわりに金色の毛並みを持つ猫が不機嫌そうに唸っていた。
幼いアルベールに目を向けると、先程までの笑顔が消え失せて、かわりに少し怯えたような表情を浮かべていた。それは、私に向けられたものではなく、私の背後に向けられているようだ。
振り返ると、先程まではいなかったはずなのに、一人の男が立っていた。逆光で見えにくいが、ブルーグレーの腰にまで届くほど長い髪をひとつに束ねた男だ。年の頃は私と同じくらいだろう、顔の造形は美しく、どこかアデルバートに似ている。だが、そこにはなんの感情も浮かんでおらず、彼と同じ青い目は恐ろしく冷たい。会ったことは勿論ないのだが、彼がギルバートなのだろうと、何故か理解した。
咄嗟に、少年のアルベールを抱き締めた。彼は抵抗することはなく、私の腕の中におさまって男を見ていた。それに違和感を感じて、これは私の中のアルベールでは無いなと理解する。彼ならば、この状況下で私に守られることを甘んじることは無いだろう。
これは、アデルバートの夢なのだろうか。ならば、彼の中ではアルベールは庇護する者という認識のまま止まっていて、アルベールをギルバートの手の内にやったことを後悔しているのだろう。
ギルバートと思われる男が、一歩近づいてきた。金色の猫は威嚇するように鳴き、それに腕の力を強くする。腕の中からは体温が感じ取れて、私は決してこの温もりを離さないと誓って…
温かなものを抱きしめながら目を覚ますと、何時もの自分の部屋であったのだが、何時もとは違う状況を、寝惚けた頭は受け入れることに失敗する。
まず目に映ったのは白、天井の色でもベッドのシーツの色でもなく、男物のシャツの色だ。ぼんやりとそれを目で辿って首を後ろに倒すと、シャツは二つ目のボタンまで開いていて、そこからのぞく白い肌の色を認識した。綺麗な鎖骨のラインと喉仏が視界に飛び込んできて、段々と頭がはっきりしてくる。
「おはようございます。」
「…おは、ようです…」
さらに首を後ろに倒すと、優しげに細められた赤い目がこちらをのぞき込んでいて、ぽかんと口を開けたまま口元を手の甲で拭った。朝に何故、アルベールが自分の部屋にいるのかと疑問に思いながら、一度顔を自分の体に向けて変わったことがないことを確認すると、小さく笑われる。
「よく眠れましたか?」
「…うん…はい、とても…」
誘拐されるという、人生でそう何度も起きたりしない目に遭って不安になっていた私は、アルベールにそばにいて欲しいとお願いしたのだった。それに応えてくれた彼は、添い寝しましょうと言ってベッドに二人横になり、それはもう緊張しまくっていたはずなのだが、話をしているうちに安心しきって眠ってしまったようで、なんだか、途中まではいい夢も見ていたようだ。
「…あの、アルベールは?」
「私のことは、どうかお気になさらず。」
そう言って、アルベールは私の額に軽く口付け頬を撫ぜると、身を起こしてベッドから離れていった。おそらく、彼は一睡もせずにそばにいてくれたのだろう。我儘を言ってしまったことを申し訳なく思いながら身を起こし、ベッドに腰掛けると、アルベールがにっこりと笑う。
「私としては、幸福な時でもありました。貴女を腕の中に閉じ込めていられましたから。」
「え、ええ…」
恥ずかしがる様子もなく、むしろ笑顔だ。私としては、一晩中異性に抱きしめられて眠るなんて、思い出すだけで恥ずかしい。むしろ、その状況でよく眠れたものだ。案外、自分は神経が図太いのだろうかと思う。呻きながら、真っ赤になった顔を両手で覆った。この時、アルベールがほんの僅かに表情を曇らせ、悩ましげに小さく息を吐いたことに、自分にいっぱいいっぱいで顔を両手で覆っていた私は、気づけなかった。
「…眠れる筈もありませんし…」
「え?」
「いえ、何でもございません。では、私は少し…払うものがございますので、外で体を動かしてきます。」
「えっと…?…はい、その間に朝食を用意しておきますね。」
アルベールは小さく笑うと、部屋を出ていった。同じ部屋、同じベッドの上で眠ったということを除けば、いつも通りの朝になる。
「…うあああ~…」
その除けばの出来事が、私にとってはないことに出来ないくらいに大きくて、一人になって気恥しさが最高潮になり悶えた。アルベールはいつも通りに接してくれていたではないか、私ばかり、こんなに赤くなって動揺しているなんて。
(無心、無心、邪念を払え…!)
水を生み出す魔法を使って顔を洗うと、テキパキと身支度を整えた。




