第5話 私と彼の決意 (9)
「では、私は貴方がギルバートに呪いをかけることを見逃そう。ただ、事が露見すればそうもいかなくなってしまうことがある。多少の事なら握り潰すが、上手くやってくれ。」
「…ありがとうございます。」
見逃してくれることにはなったが、流石に他の者に知られては、アデルバートの立場上、対応せざるを得なくなるだろう。私が呪いをかけたということは、誰にも知られないようにしなければならない。
アルベールやアデルバートの呪いを解こうとしている私が、ギルバートに対して、執着しているアルベールの母についての記憶を奪う為の呪いをかけようとしている。皮肉なものだなと思う。
「…あの、アルバート殿下のお母様ってどんな方だったのですか?」
ふと、自分が呪いをかける相手のことも、呪いで奪おうとしている記憶の人物のことも知らないという事実を思い出して、アデルバートに問う。
ギルバートについては、口止めの呪いがどこまで解けているかによるが、アルベールに聞くことは出来るし、アデルバートにも別の機会にでもきける。
だが、アルベールの母については、アルベールは母に複雑な感情を抱いているので聞にくいし、聞いたとしても母の事を覚えていないと言っていたので、あまり情報は得られないだろう。なので、アデルバートが人間であり、アルベールがいない今の内に聞いておきたい。
「我が国では高名な魔法使いであった。とある事件で英雄になり、陛下の命を救い見初められた…あの方が亡くなったのは、私が十二の頃だったな。美しく、強い女性だったと思う。」
「アルバート殿下に、そんなに似ているんですか?」
「もう少しアルバートを女性的にして黒髪にすれば、その人だと言えるくらいに似ている。私でも顔を思い出せるのは、アルバートが本当によく似ているからだ。」
今の国王が描かせた肖像画もあるらしい。アデルバートがそれを語るのに頭が痛いといったような表情を浮かべていたのだが、色々あるのだろう。彼は以前に、陛下は少し困った方で、なんて言っていたので、気苦労がある様だ。
「…黒髪に、赤い目だったんですか?」
「ああ。」
その特徴は、まるで黒の魔女のようだ。もしかしてエイダがそのヘレナ・ネルソンではと一瞬思い浮かんだが、エイダとアルベールはそこまでそっくりと言われるほど似てはいない。似てるねと言われたら似てるような気もしなくはない…という程度だから、別人だろう。
アルベールの母の名前はヘレナ・ネルソン。黒髪に赤い目の、膨大な魔力を持った魔法使い。アルベール生みの親であり、父親は魔力をほとんど持っていなかったことから、少なくとも彼と同等かそれ以上の魔力を持っていたのだろう。
(…なんだろう、何か気になる…)
なにか気づけそうで気づけない、なにか引っかかる。膨大な魔力を持った、黒髪に赤い目の魔法使い、その子であるアルベール。だが、その何かに気づく前にアデルバートに声をかけられて、考えが霧散する。
「…貴方がしようとしている事を、アルバートは知っているのか?」
アデルバートはこの答えを知っていて、問うているだろう。ギルバートと直接対峙すること自体、あれほど猛反対しているアルベールが賛同してくれるわけがない。
「…………いえ。」
だから、私はアルベールには相談せずに行おうとしている。それに対して疚しい気持ちは、ある。それはアデルバートにはお見通しなのだろう。
「トモエ殿」
アデルバートが私の名を呼ぶのは珍しい。みれば、彼は少し困ったような表情を浮かべていた。
「貴方は貴方なりの覚悟を決めている、そこに私は何も言うつもりは無い。だが、貴方はアルバートと共に生きていくと言った。ならばこそ、これは二人にとっては今後に大きく関わることだろう。一度、話をしておいた方がいいのではないか?」
「…でも…」
アルベールは絶対に反対するだろう。だから、隠れて実行しようとしているが、必ずバレることも分かっている。アルベールは三年も囚われて、今でも追いかけ回されているのだから、ギルバートの執着をよく理解しているはずだ。その彼が諦めたとなれば、何かがあったという事に直ぐに気づくだろう。
「隠し通せる自信があるのならば、構わないと思うが。」
「…いえ、無いですね…」
「そうだろう?こういったことは、後から知れると拗れて揉めるものだ。」
「…身に覚えでもあるんですか。」
「そうだなあ、私も妻と…いや、私の話はいいだろう。」
アデルバートは気まずそうに頬をかいた。彼の妻である王太子妃はとても気が強い女性だと、怒らせると彼ですら恐れると聞いた。今の彼の様子からして、それは凄まじい修羅場があったのだろうなと思う。
「どれほど想いあったとしても、相手は自分とは別の存在だ。相手の全てを受け入れ、理解し合うことは出来ぬだろう。だが、だからといってその努力を惜しんではならないと、私は思うのだがなあ。」
黙って実行しようとしている私は、何故自分がこうしたいということを、アルベールに理解してもらおうとはしていない。何故アルベールが反対するのかも、私は理解しようとしていないのだろう。
もし私の企みが成功したとしても、アルベールと私との間になんの蟠りも無く生きていけるのかというと、アルベールが反対する事すら許さずに己の意思のみで突き進んだのだから、きっと答えは否だ。
「…考えておきます。」
結果的にどちらも受け入れ難いとなるのだとしても、一度話はすべきなのだろう。
「そうか。」
アデルバートは小さく笑って、それ以上は何も言ってこなかった。
それから、私の気を紛らわす為か、アデルバートは取り留めのない話してくれた。アルベールが戻らないことを不安に思っていることを察してくれていたのだろう。特に彼の娘の話は饒舌になっていて、傍から見れば、それはもう娘を溺愛する父親にしかみえず、この人が王子様、しかも王太子殿下という事をうっかり忘れてしまいそうになった。
そうしているうちに、アルベールは一人で戻ってきた。壊れた窓から、ではなくちゃんと小屋の扉から入ってきたアルベールは、部屋に入ってくると、アデルバートの近くまでやってくる。
「申し訳ございません、私が発見した時には既に、手遅れでした。」
以前、自分がこの黒の森で魔物に襲われて、背に大きな傷を負ったことを思い出す。魔女に助けられなければ、自分も同じ末路を辿っていただろうと思うと、身が震えた。私を誘拐した恐ろしい女であっても、このような場所で命を落とした事に同情する。
「…何も仰らないのですか。」
アルベールが黙っているアデルバートに声をかけるが、彼はアルベールをちらりと見ただけで、預かっていた剣を返す。アルベールは視線を地に落として、ほんの僅かにその表情を翳らせた。アデルバートは俯く彼の横を通り過ぎて私の近くまでやってくると、身を屈めて耳打ちしてくる。
「トモエ殿、愚弟も黙って勝手をする男だ。貴方が上手く扱ってやってほしい。」
「…それはどういう…」
困惑気味に見るが、アデルバートはにっこりと笑っただけだった。
「魔女の弟子殿、そろそろ時間のようだ。見苦しいものをお見せする訳にはいかぬので、すこし退出して頂けるとありがたい。」
「見苦しいだなんて、思いません…」
苦痛にもがき苦しむ姿は、誰にも見られたくはないものだろう。もし、私が力のある魔女であれば、アデルバートをその苦しみから助け出すことが出来るのに、現実は力及ばず。
必ずこの呪いを解く、そんな気持ちも込めて頭を下げてから、部屋を出た。




