第5話 私と彼の決意 (8)
「さて、魔女の弟子殿が私に要求する対価とは?」
アデルバートは面白そうに笑って、問いかけてくる。その笑顔通り、彼は楽しんでいるのだろう。先程も何度か見たが、この笑顔の彼はなんとなく怖い。
何せ、こちらが対価を要求することができる側とはいえ、相手は一国の王太子殿下。対して、私は魔女の弟子といえど、元は平和な国の一般国民だ。この手の交渉事には圧倒的な経験の差があるだろう。果たしてそんな相手から、自分が望む対価をえられるのか。
「はは、そんなに緊張せずとも気楽に要求してくれ。」
「…気楽と言われても…」
「以前、可能な限り礼がしたいと言っただろう?その礼として、余程でない限りは要求は全てのもう。」
この小屋では嘘はつけないし、アデルバートは本心だろう。だが、余程とはどれほどまでの事なのかをアデルバートは示していないのだから、あとからなんとでも言えるなと思う。しかし、だからといって怖気付いていたら、話は進まない。
「…先に、その…私はアフロート王国に仇なすつもりは、無いことを宣誓しておきます。」
「信じよう。」
息を大きく吸って、吐き出す。アデルバートに対しての緊張もあるが、何よりも今から言おうとしている言葉が重くて、緊張する。口から出す以上、私はこの言葉に責任を負い、覚悟を決めなければならない。
目を逸らしたくなる小心者の自分を叱咤して、アデルバートのこちらを見る青い目を真っ直ぐ見返し、…やはり小心者の私は何度か逸らしたのだが、見返して口を開く。
「…私が、アフロート王国の第二王子を…ギルバート殿下を呪う事を、見逃して頂く事です。」
言い切ったところでアデルバートの目がすっと細められ、思わず目を逸らしそうになったが、なんとか耐える。彼の唇は笑みを描いたままで、何を考えているのかは私では読めない。
「呪う、か…なかなかどうして、呪いとは恐ろしいものだと私は身をもって知った。」
「…それは、そうでしょうね…」
なにせ、人間と猫の姿を行き来する、とだけ聞けば可愛らしい呪いだが、実際は生きたまま体を潰されるような苦痛を味わされているのだ。アデルバートにとって、呪いは忌々しいものだろう。
「呪いとは悪意そのものだと、私は魔女から学びました。」
「では、貴方は悪意を以て、ギルバートを呪うと?」
「…そう、です。」
アデルバートの言葉に頷くのに躊躇する。しかし、自分の口から出した言葉には責任を持たなければならない。アデルバートは少し悩んだ風に首を傾げるが、彼にとってこれは余程のことになるのだろうか、直ぐによしとはしてくれないようだ。
「…貴方が攫われたと、アルバートから聞いた時のことだが」
「え?」
「アルバートはそれはもう酷く取り乱してな…」
私の要求への返答ではなく、何故アルベールの話になるのだろうか。首を傾げる私に、アデルバートは困ったように笑いかけてくる。
「色々と捲し立てられたが、要約すると貴方は争いのない平和な国で生まれ育った故に、ここでは酷く警戒心が薄く、危機感もない。だから、離れるべきではなかったと。」
散々な言われようだ。だが、実際に誘拐された身としてはぐうの音も出ない。今回はアルベールの追っ手だったが、元々、この異国の風貌は酷く目立つので人攫いにあう可能性もあると、昔に黒の魔女に警告されていた。だというのに、声をかけられてあっさり捕まってしまうなんて、とても反省している。本当に。
「あれは全ての危険や悪意から貴方を守りたいと、遠ざけたいと思っているのだろうなあ。わからないでも無い、貴方はとても綺麗そうだ。」
アデルバートの言葉は、決して褒めている訳ではないだろう。貶している訳でもないだろうが。平和な国で生まれ育った私は、家庭に色々な事情を抱えてはいたがそこまで捻くれることは無く、幼い頃からの環境と教育の結果、誰かを傷つけること、命を奪うことを嫌厭している。
魔力をこれ程持っているのに攻撃魔法を扱うことが出来ず、魔物であっても傷つける事を恐れる。アルベールはそんな私の事をよく見ているし、元の世界の話もしていたから、よくわかっているのだろう。実際に、共に黒の森を歩けば魔物の対応をしてくれるのはアルベールで、魔物を追い払い、時にはその命を奪うこともある。私は守られてばかりだ。
そんな私がやろうとしていることは、たとえどんな大義名分を掲げていようとも、悪意を以て相手に害を為す事だ。元の世界であれば、悪事である。それを本当に出来るのかと、アデルバートは問いたいのだろう。
「アルバート殿下のお気持ちはありがたいですが…私の国には、郷に入っては郷に従え、という諺…言葉があります。自分の価値観とは違ったとしても、そこに入ればその場所の風習や習慣に従うべき、…といった感じの意味です。」
「…ほう、興味深いな。」
私はここでは異端だ。元の世界で正しいとされていることが、ここでも正しいとは限らない。その逆もしかりだ。価値観の違いをこの二年で多く感じてきていたし、少しずつ慣れてきたとは思っているが、全てを受け入れられるというわけでもなかった。
「私はここで生きていく覚悟を決めています。だから、私はここにあるものを受け入れていこうと思っていますし、どうしても受け入れ難いものがあったとしても、それがここでは正しいのならば…私はそれから目を瞑り、耳を塞ぎます。」
全てを受け入れるなんて、私はできるとは言えない。だが、受け入れ難くとも、どこかで自分の心と折り合いをつける必要があるとは理解している。元の世界に帰れない以上、私はここで生きるための覚悟は、既にしているつもりだ。
「それに…これからは、その…アルバート殿下と…………」
「そうか、皆まで言わずともわかった、うん。」
アデルバートは早く話を進めろといったように片手をひらひらと振った。この程度、恥ずかしがって言えない私にも問題はあるだろうが、扱いが杜撰ではないだろうか、言わせてくれてもいいのではないだろうか。いや、やはり恥ずかしいので進めてくれて助かった。
「えっと、…私はギルバート殿下から記憶を奪うつもりです。あの方が執着している、アルバート殿下のお母様に関する全ての記憶を。」
ギルバートが何故ここまでアルベールの母に執着しているのかはわからないが、その想いがある限り彼は諦めないだろう。
それに、アデルバートにこれ程の呪いをかけることが出来るのだから、ギルバート自身の魔力はほとんど無くとも、彼には魔法使いとしての才はあると思う。三年間でアルベールから奪った魔力がどれほどなのか、どの様に保管しているのかはわからないが、一生逃げ続けるとしても難しそうだ。いや、アルベール一人なら可能かもしれない。今回の事でよくよくわかったが、このままだと私は足でまといにしかならないのだ。
私がアルベールと共にいるためには、ギルバートには諦めて貰うしかないようだ。だが、隣国まで追いかけさせた執念からして、ただ脅迫しただけで諦めるような男ではないだろう。ならば強行手段に出るしかない。
「後悔することは覚悟の上で…私はギルバート殿下を呪います。私は罪悪感を抱き、後悔しながらでも、アルバート殿下と共に生きていくつもりです。」
後悔しないとは言えない。長年の教育で植えつけられている価値観は、そう簡単には変えられるものでは無いからだ。それでも、私はアルベールと共に生きるため、彼が二度と自由を奪われないために、ギルバートを呪う。
これは自分自身の欲のためだ。私は、綺麗でもないし、善人でも無い。
「魔女の弟子殿がそれで良いなら、私は何も言うことは無い。それが対価だというのなら、その要求をのもう。」
「…余程のこと、ではないのですか?」
「無い。流石に殺すと言われてしまえば余程のことになってしまうが、魔女の弟子殿には思いつきもしなかっただろう?」
確かに、それは流石に思いもしなかった。一応は黒の魔女の配下である私がそんなことをしてしまえば、大問題になる。いや、呪うだけでも問題なので、こうして見逃してほしいとお願いしているのだ。
「あれでも、殺されると問題になるのでなあ。寧ろその呪いならばお願いしたいくらいだ。更に、多少痛い目にあわせてくれる方が嬉しいのだがなあ。」
「…それは無理です…」
「では、厄介なのがやらかしてくれる前に、呪って頂けるとありがたい。」
「え?はあ…」
厄介なの、とはまた何かギルバートがやってくれそうなのだろうか。不思議に首を傾げると、アデルバートは肩を竦めてみせた。




