第5話 私と彼の決意 (7)
「あの…」
重苦しい空気が流れる中、意を決して言葉を発する。見目麗しい二人の男から同時に目を向けられて、居た堪れない気持ちになるが、ある提案をするには今が絶好の機会だと思い、ぐっと腹に力をこめた。
「…お二人共ありがとうございます。助けてくださって…」
「いやなに、私は貴方に世話になっている身、当然のことをした迄だ。今日が人に戻れる日で良かった。」
アデルバートはそう言って笑ってくれたが、アルベールは対照的に暗い顔をしている。理由は言わずもがな、負い目に感じているのだろう。だから、私はアルベールか何かを言い出す前に、話を進める。
「…今後のことですが」
隣国の王都にまで彼らはアルベールを追いかけてきたし、私の存在も彼を匿う女として知られてしまっているだろうから、このまま何事も無かったように日常に戻れるとは思えない。ならば、何かしら行動を起こさなければ、平穏は得られないだろう。このような目にあったからこそ、私は覚悟を決めなければならないのだ。
「アルバート殿下の呪いは、近いうちに解けると思います。問題は、アデルバート殿下の呪いなのですが…これは、今のままでは解くのにかなりの時間を要するでしょう。」
アルベールの呪いは、元々そこまで強力なものではない。ただ、三つの呪いが複雑に絡み合っていたこと、私が未熟であり自分の魔力をうまく扱えないことから時間がかかっている。日々アルベールや魔石の魔力を取り込み、徐々に魔力の扱いも上手くなっているので、そう遠くない内に解けるだろう。だが、対してアデルバートの呪いは強力なもので、このままちまちま解呪していては何年かかるかわからない。
「…ですので、呪いをかけた主に直接、呪法を問い質そうと思います。」
そう言ったところで、アルベールが何かを言おうと口を開いたが、アデルバートが手で制した。不服そうな顔だが、彼はそれに従い口を閉ざす。
彼らに呪いをかけた張本人に私が会おうと言ったのだ、反対するのは分かっていた。まるで睨むような鋭い目でこちらを見てくるので、ズキリと胸が痛む。
「あれが素直にそれを答えるとは、思わないが。」
「…答えるように脅迫します。」
はっきりとそう答えるとアデルバートは美しいプラチナブロンドをかきあげて、面白そうに笑った。
「どのように?」
「王太子殿下が呪われたことを、黒の魔女の弟子として、アフロート王国の方々にお伝えします。その上で、呪いをかけた主に、王太子殿下に呪いをかけた者の情報を黒の魔女の弟子として口外しない代わりに、問い質します。」
犯人だとばらさない代わりに呪法を教えろと脅迫するのだ。
「そうすると、貴方が危険になるのでは?」
確かにそうだろう。相手からすれば、呪いを解くことが出来る、呪いをかけた主を知る魔女の弟子は消してしまえばいいのだから。
だが、ギルバートがこの脅迫に従ってくれる勝算はある。
「…ギルバート殿下は王位に興味がなかったのですよね。」
「うん?ああ、そうだな…本人はな。」
「だとすれば、今の状況は本人にとっては不本意だと思うのです。」
アデルバートの言い方からして、ギルバートの周りはアデルバートを害して彼を王位につかせようとしているが、本人はそれを望んでいないようだ。だとすれば、何故アデルバートに呪いをかけた上で放置していたのかが不思議であったのだが、その理由が分かる気がする。
ギルバートの望みを叶える為の手段を提供した黒幕がいるだろうと、以前アデルバートは言った。彼の中ではその正体に予想がついているのだろう。恐らく、それらの目的は、アデルバートを害してギルバートを王位に据えること。アデルバート本人が、己なら確実に始末するといっていたのだから、それらはアデルバートの命を狙っているはずだ。
だが、実際にギルバートにかけられたこの呪いは、悪意に塗れていてアデルバートは恐ろしい苦痛を味わっているが、死に至るものではない。猫である間に魔物等に襲われてしまえばアデルバートは死んでいただろうから、全く殺意がなかったとは言えないが、運良く呪いが解け、生きて帰ってきても構わない、そうとも取れる。流石に、呪いをかけた本人を特定されるまでは想定していないだろうが。第二王子側は一枚岩とは言い難いようだ。
「…あの黒の魔女の弟子が呪いを解いてしまったなら、仕方が無いですよね。解いちゃったせいで王太子が戻ってきちゃっても、相手は黒の魔女の弟子ですもんね、仕方ないですよね。黒の魔女を敵には回したくないですよね。」
なんと言っても「黒の魔女」の弟子、しかも、魔女本人でなくともかなりの魔力を持っている。そんな到底敵わないような相手に解かれてしまったなら、仕方が無い。それに、仮に弟子を始末することができたとしても魔女を敵に回すことになるだろうから、そんな危険を冒すことはしないのではないか。全くないとは言いきれないが、可能性は低い。
「私が殿下の力になれるのは、呪いを解くことまでです。」
そこから先の黒幕だとか、事後処理については関与するつもりは無い。危険は伴うが、今の状況ではこれが最善だと思う。二人の様子をうかがえば、アルベールは険しい表情で俯いていたが、アデルバートは面白そうに笑ったままじっとこちらを見ていた。
「私としては大いに結構。」
「っ私は、賛同致しかねます!」
アデルバートの言葉に被せるように強く声を上げたアルベールに驚いて、身を強ばらせてしまった。彼がこの様に声を荒らげたのは、初めてだ。
「そう大きな声を上げるな。魔女の弟子殿が驚いているぞ。」
「ッ…トモエ、考え直していただきたい。貴女がそこまでする必要は無いのです。」
アルベールの表情はどこか苦しげだ。心配になって声をかけようとしたその時、大きな物音が響く。
その物音はアルベールの部屋、つまりあの女を押し込んだ部屋からのものだ。それに私の体は過剰に反応して、小さく震える。自分で思う以上に、私はあの女に恐怖を感じてしまっているようだ。
「…忌々しい女め」
…今何か、アルベールの声で、アルベールが出さなさそうなとても低い声音で、アルベールが言わなさそうな言葉が聞こえたような気がしたが、気のせいだろうか。
思わずアルベールの方を見たのだが、彼は既にその目を扉に向けて迷いなく近づき、先程自分でかけていた魔法を解除していた。首を傾げているとアデルバートと目が合って、彼は肩を竦める。きっと気のせいだろう。
慎重に開けられた扉の向こうの部屋には、どうやら女の姿がないようだ。代わりに目に入ったのは無残に破壊された木窓。なんということだろう、この魔女の小屋には誰もたどり着けないので、修繕は自力なのだ。思わず頭を抱える。
「…森へ逃げたようですね。」
しかし、アルベールの言葉に現実に引き戻され、さっと血の気が引いた。ここはただの森ではない、魔女に匹敵するほどの魔力を持たぬものは決してこの小屋には辿り着けず、一度入れば最後、二度と外に出ることは叶わない黒の森だ。この小屋を出て森へ出てしまえば、あの女は決してここには戻ってこれず、だからといって森の外に出ることも出来ない。
そして、この森には恐ろしい魔物が多くいる。拘束系の魔法をかけられたままのあの女が、生き延びれるような場所ではない。青くなった私の様子を見て、アルベールは深く息を吐いた。
「…仕方がありません、私が追いましょう。あの方は自力ではこの小屋に戻ってこられないでしょうが…兄上、トモエをよろしくお願い致します。」
「うん?…猫になるまでは任されよう。」
アデルバートはその事情を知らないため首をかしげたが、窓を乗り越えて女を追いかけていったアルベールを引き止めることなく見送る。こちらを見て目でどういう事かと問いかけてきたので、事情を説明すると彼は納得し、困ったような表情を浮かべた。
「アルバートも中々、やってくれるものだ。」
アデルバートの言葉の意味がわからず首を傾げてるのだが、貴方は知らなくてよいと言われて、ますます不思議になる。
だが、見送ったアルベールの姿が森の中へ消えると、そんなことは気にならなくなる。彼ならばここへ戻ってくることはできるし、きっと大丈夫だとは思うのだが、やはり不安であった。
「アルバートの言う通り、貴方はそこまでしてくれる必要はないのだぞ。」
アデルバートとしては、私がそのように動いた方が都合がいいだろうに、そんなことを言う。彼は鞘に収めた剣を抱えて、壊された窓の縁に腰掛けた。窓から差し込んだ月の光が、アルベールと同じプラチナブロンドの髪をキラキラと照らしている。
「でも、あなたはアルバート殿下の大切な人ですから。」
そう言うと、アデルバート目を丸くした。おかしなことを言っただろうかと不安になったが、彼は少しして、とても柔らかい笑みを浮かべる。
「貴方は、アルバートを本当に想ってくれているのだな。」
面と向かってそう言われると、何やら気恥しい。顔を赤くして俯くと、くすりと笑われた。しかし、ただの善意だけで動いている訳では無いので、後ろめたさを感じて首を振る。
「えっと、その…実は、アデルバート殿下にお願いがあるのです。…いえ、対価を要求したいのです。」
「成程、貴方は魔女の弟子だ。当然の要求だろう。」
魔女に何かを求めるならば対価が必要だ。私も、エイダに命を救われたことに対価を支払っている。
といっても、私は魔女の弟子であって魔女でないし、アルベールに対しても対価を要求していないので、彼にだけ要求するのは卑怯な気もするが、私も善人ではないのだ。




