第5話 私と彼の決意 (3)
アルベールが教えて貰ったというお店は、落ち着いていながらも洒落た雰囲気の店であった。案内されたテーブルには花が飾られ、店内はオルゴールの音が響き渡っている。成程、流石このアルベールを誘おうとする勇気のあるお嬢さんが選ぶお店だと納得した。
料理はサラダとパンにスープ、メインディッシュは肉料理か魚料理かを選べて、アルベールは魚を選んだ。せっかくなので違うものを食べようと、私は肉料理を頼む。出てきた赤ワイン煮込みは、頬が落ちそうとはこのことかと思うくらい、本当に美味しかった。
そして、期待大のデザートはミルフィーユまたはシフォンケーキの二つから選べたのだが、これが本当にどちらを選ぶか悩んだ。悩みに悩んだ末にミルフィーユを選ぶと、アルベールはその逆のシフォンケーキを選ぶ。紅茶とともに運ばれてきたデザートに目を輝かせると、アルベールはくすりと笑う。
ミルフィーユをそっと倒して、ナイフで程よい大きさに切り分けてから口に運ぶ。サクサクのパイ生地と滑らかなカスタードクリーム、甘酸っぱい果実がとても美味しい。
「トモエは本当に美味しそうに召し上がる。」
「だってとても美味しくて…」
食事が一番の楽しみだと言ってもいいくらいだ、特に甘いものには目がない。美味しいものを美味しく食べることが好きで、そのために魔法の無駄遣いと言われるかもしれない冷蔵庫もどきを作るくらいだ。アルベールも食べることは好きなようで、今までもよく食事に一緒に出かけたり、試行錯誤で作った料理を食べてもらったりしていた。食の趣味が合うというのは、相性として結構大きいと感じる。
「こちらのシフォンケーキも一口、いかがでしょうか。」
「…え、いいんですか?」
「はい、どうぞ。」
そう言ってアルベールは、見間違えでなければフォークでシフォンケーキを一口サイズにカットして、それをこちらに差し出している。所謂、あーんというやつではないだろうか。
「アルト、あの…」
「恋人同士では、こういった食べ方をなさるのでしょう?」
「…どこでそんな知識を…」
これはなかなか恥ずかしい。確かに、元の世界でもこういったカップルは見たことがあった…が、自分たちがやるとなると、とても恥ずかしい。いや、傍から見ていた時でも恥ずかしかった気もする。
元々、アルベールは目を引きやすい容姿をしているため、店員や店内の他の客からもたまにチラチラと見られているのは感じていたが、その彼がそのような行為をしようとしている事で更に視線を集めている。羨ましい、なんて声も聞こえているのだ。彼だって視線を感じ、声が聞こえているだろうに、ただ微笑んで私がそれを食べるのを待っている。
「アルト…」
「一度やってみたいと、思っていたのです。」
そんな嬉しそうに言われてしまえば、嫌だとは言えないではないか。ええいままよと腹を括って、差し出されたケーキを口に含む。ふんわりと柔らかくて、甘い香りが口の中いっぱいに広がって、もうおなかいっぱいな気持ちになった。
「いかがでしょうか。」
「…すっごく甘くて、美味しいです…」
「ふふ、ではもう一口。」
アルベールは上機嫌に、再びケーキを差し出してくる。そのなんともいえない嬉しそうな表情には逆らえそうになく、もう一度差し出されたケーキを口に含んだ。嬉しそうな彼が再び差し出してくる前に、ミルフィーユを切り分けて自分のフォークでアルベールに差し出す。
「は、はい…アルトもどうぞ。」
アルベールは少し驚いたように目を丸くしたが、笑顔で躊躇なくミルフィーユを食べる。恥ずかしいという気持ちは無いようで、むしろ喜んでいるようだ。その笑顔を見ていると、恥ずかしいという気持ちよりも胸が温かくなるような、不思議な気持ちが強くなる。
「トモエ」
「はい?」
「今、私はとても幸せを感じております。」
穏やかな微笑みを浮かべたアルベールは、幸せそうに見えた。こんな穏やかな日々がずっと続けばいいと思いながら、店内の視線を感じてやはり恥ずかしくなって、手元のデザートに視線を落とす。…本当に、甘い。
「本当に、トモエは可愛い方ですね。」
「…アルトくらいですよ、そんな風に思うのは…」
残りのデザートを平らげて、紅茶を口に含む。芳醇な香りが広がって、はあ、吐息を零した。
「そうでしょうか。しかし、貴女に夢中な男は私だけであってほしいですね。」
蕩けるような甘い微笑みを浮かべるアルベールに、顔が赤くなった。好きな人にあなたに夢中だなんて言われて、嬉しくないわけがないだろう。
見目麗しく、魔法使いとしての魔力も知識も実力も高く、死んだことになってはいるがとても高貴な血筋のこの彼が、私の様な平凡で、しかも異世界の人間であり、親兄弟に忌み嫌われていた私をここまで想ってくれているのを不思議に思うが、本当に嬉しいと思う。
「…その、私も」
私もあなたに夢中なんですよ、なんて言うのは私にはハードルが高すぎたようだ。最後まで言いきれずに真っ赤になってしまったのだが、察してくれたのか、アルベールは少しだけ照れくさそうに笑う。
誰かを想い、誰かに想われるというのはこんなに幸せなことなのだろうか。私たちは互いに不幸がなければ、決して交わらない運命であっただろう。不幸を喜ぶ訳では無いが、それらがあったからこその出会いに感謝したい。
「トモエにお渡ししたいものがあるのですが」
「私に?」
そう言ってアルベールが懐から徐に取り出したのは、丁寧に折りたたまれた白い布だ。その一部がふっくらと盛り上がっていることから、何かをくるんでいるのだろうと思える。なんだろうと見つめていると、彼はその包みを開くと、現れたのはチェーンに小さな花が幾つかちりばめられたブレスレットだ。その花の形に驚いて目を見開き、口元に手を当てる。
「拙いものではありますが、受け取っていただけますか。」
それは確かに、桜を象っていた。この世界の、少なくともこのあたりの地域では桜を見たことがない。ただ一度、アルベールに自分の故郷の話をした時に、幻を見せる魔法を使ったことがある。彼はそれを、覚えていてくれたのだろうか。
店では魔法を使って加工したアクセサリーを取り扱っている。アルベールも制作を手伝ってくれていたが、個人的にそれに興味を持って作成用の素材を、お金はいらないと言っていたのだが頑なに払う意思を突き通して、買っていたのは知っていた。それを、こんな形で再び目にすることになるとは、思わなかった。
私が好きだと言った花を覚えていてくれた。私の故郷の話を覚えていてくれた。喜びのあまり、涙が出そうになるのをぐっと堪える。
「…アル、ト、あの…ありがとう。私、とても嬉しくて…」
「…よかった。」
アルベールは目を少し細めて笑う。ああ、私は本当にこの人が好きだと感じながら、どうすればその想いが伝わるだろうかと思う。こんなにも彼は、私の胸をいっぱいにしてくれるのに、私は彼に何も返せていないような気がする。
手を差し出すと、アルベールはその手首にブレスレットを付けてくれる。その指先が肌に少し触れて、胸が高鳴った。彼はそのまま手を取って、ブレスレットの上から手首に唇を寄せる。そこから全身に熱が回ったかのようにクラクラした。
「…早く、この世界に馴染んでくださいね。」
この世界に迷い込んでから既に二年、それなりに馴染んでいるとは思っていた。アルベールはただ微笑んでいるだけなのだが、そのこちらを見つめる赤い目が何か、熱っぽい気がして目をそらしてしまった。




