第5話 私と彼の決意 (1)
「トモエ。午後からのおやすみは、デートにしませんか。」
「…え?」
いつもと同じように、朝起きて朝食を用意し、外で剣をふるっているアルベールに声をかけたところで返ってきたのが、先程の言葉だ。
「兄上の事があってから、そちらのことばかりであったでしょう?」
思い返せば、晴れて恋人となった翌日に、拾った猫が真夜中に人間になるわ、その正体が行方不明となっていたアフロート王国の第一王子アデルバートであったりするわ、その王子の呪いを解かねばと奔走したりと、アデルバートのことが中心になっていた気がする。
「でも…」
昨夜解呪を試みた通り、今の私では力及ばず、直ぐに呪いは解けない。時間をかければ解ける可能性はあると思うが、それまでの間、アデルバートは想像できないような痛みと苦しみを味わっているのだと思うと、気が急く。だが、今の私に出来るのは精々、次に彼が人間に戻る時までに己の魔力を高めることくらいだ。
「貴女は私達の為に、とても良くしてくださっている。感謝しております。ですが…」
アルベールは一旦そこで言葉を切って、にっこりと笑った。
「…たまには兄上ではなく、私の事だけを考えてくださる時間を取っていただければ、と。」
そんなことを言われると、顔が赤くなってしまう。慣れていないのだ、仕方がないだろう。熱くなった頬を両手でおさえ、どう答えるかを考えながら視線をさ迷わせる。
「…あの、別に殿下の事は、アルベールの事を思うような、そんな気持ちは微塵もなく…」
「…そのような事があれば、とても困ります。」
顔は笑ったままだが、声のトーンがひとつ下がっていたと思う。どうやら答えを間違えたようだ。アルベールに不快な思いをさせたい訳ではなかったのだ、慌てて両手を振るが、少し不機嫌になったアルベールはそのまま言葉を畳み掛けるように続ける。
「トモエ、アデルバート兄上はいけません。私が言えることではないですが、王太子という立場である以上、貴女が嫌う厄介事を多く抱えている方であられる。実際、あのように呪いまでかけられていらっしゃいますから、平穏などまず望めません。それに、あの方は既婚者。王太子妃はとても気がお強い方で、怒ったあの方は兄上ですら恐れるほど恐ろしい方であられる。ですが、兄上はああいった気の強い女性を好まれるのか、お二人の仲はとても睦まじいと伺っております、割って入る隙間などございません。横恋慕などすれば貴女が…」
「まって、まって、私が好きなのはアルベールただ一人ですよ?!」
大きめの声でそう言えば、アルベールはピタリと言葉を止めた。あの、なんでも笑い飛ばしてしまいそうなアデルバートが恐れるという王太子妃については興味があるのだが、それは横に置いておく。
「私が殿下のお力になれればと思うのも、アルベールが、その、…慕っているお兄さんだからであって…」
私は、残念ながら正義感に溢れた人間でも、素晴らしい魔力と知識を持っている魔女でもなく、平穏を望む膨大な魔力を持っているだけの魔女の弟子だ。アルベールの兄でなければ、王族の厄介事など持ち込まれても、裸足で逃げる。実際、彼の呪いを解けていないのだから、私の手に負えない厄介事だ。こうして自分を振り返ればなんと薄情な人間だろうかと思う。それを軽蔑されるのではないかとアルベールの様子を窺うと、彼は少し俯き、目を伏せて悲しそうな表情を浮かべていた。
「…たまたま、兄上よりも私の方が貴女の元に、…早く、たどり着きました。」
アルベールが兄を見て不機嫌であった理由が、なんとなくわかった気がする。アルベールも、アデルバートも、ここに来た理由は黒の魔女に呪いを解いてもらうためだ。そして、黒の魔女がいないため、代わりに魔女の弟子に助けを求めた。動機とシチュエーションが、似通っているのだ。
アルベールは自身を必要とされたいという気持ちが強く、それと同じくらいの気持ちをこちらが持っていることを知っている。その相手をお互いとして見つけたが、きっかけとなったのはこの小屋での出会いだ。それがアデルバートの後であったら、などと考えているのだろう。
「…無数の可能性の中でたまたまアルベールが先だったから…なのかもしれないですけど、そんな可能性なんて私にはどうでもいいんです。私にとっては、それがアルベールだったという事実だけですから。」
以前にアルベールに言われた言葉を真似ていえば、彼は顔を上げる。アルベールを必要だと彼に告げた人間が、たまたま私が初めてであったにすぎない。たらればと考えればいくらでも他の可能性は思いつくが、あの日、あの時、あの場所で出会い、互いに必要な存在だと望んだことは、私にとっては最も大切な事実なのだ。
「…そう、ですね。失礼いたしました。このような見苦しいことを申し上げまして…」
何もかも諦めざるを得なかったアルベールが、多少過敏になるのも仕方が無いだろう。アルベールは軽く首を振って、いつもの穏やかな微笑みを浮かべた。それにほっと胸をなでおろして、改めて彼の申し出を考える。
店は今日は午前のみで、午後からは休みの予定だ。薬の材料についてはまだ余裕があるので、採りに行くのは今日でなくともいい。アデルバートのことがあり、恋人となってから二人でゆっくりとできる時間はあまりなかったので、デートというのは嬉しい時間だ。
「…恋人とデートなんて、その、初めてで…」
顔を赤らめて正直に告白すると、アルベールは小さく笑う。
「私も初めてですので、ご満足していただけるかわかりませんが、いかがでしょうか?」
これ程の美青年で、照れてしまうような言葉をすらすらと口にするアルベールが、デートは初めてだなんて信じ難いが、彼自身の生い立ちと境遇を考えれば、初めてであって当然だろうと思える。寧ろ、そのこちらを赤くさせるその言葉をどこで覚えてきたのだろうか。
「はい…アルベールと一緒なら…とても、嬉しいですし…」
たったこれだけのことを言うのに、顔は熱くなって声も尻すぼみになる私とは大違いだ。なんとかそこまで言い切ったところで、抱き寄せられて額に唇を寄せられる。
「よかった、私の可愛い人。貴女の初めてのデートの相手に私を選んでくださって、嬉しく存じます。」
鼓動を早く打ちすぎて死んでしまわないかと不安に思いつつも、腕の中から見上げてアルベールの顔を見れば、嬉しそうに笑っていた。今まで、二人で出かけて買い物をしたり、外食したりといったことは何度もあるのだが、恋人となって改めてデートというと、特別な感じがする。
「半日、貴女を独占できるのですね。」
「…アルベールは私の心臓を止める気なんじゃないかって言葉を、どこで覚えてきたんですか…」
「私は十八年間、色々な書物を読み漁るか、武器でもふるってみるか、植物でも育ててみるかと、暇を持て余した男でしたので。」
どうやら、彼の色々な知識は全て書物かららしい。魔法も書物を読み漁っての独学であったと聞いている。どんな書物を読んでいたのかと気になって聞いてみると、本当に様々なジャンルのものを読んでいたようだ。魔法に関するものはもちろんの事、学術書、歴史書や伝記、冒険譚やロマンス小説など。なんとなく、アルベールの言動はそれらの本の影響を受けているような気がした。
「午後からが楽しみとなりました。先ずは朝食をいただきましょう。」
「…そうですね…」
アルベールが抱きしめていた体を解放してくれたので、大きく深呼吸をする。上機嫌で小屋に入っていく彼を見ながら、自分もとても楽しみにしているのに気づいて、照れくさくなった。




