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黒の魔女の拾いもの  作者: 茜菫
本編

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第4話 私と彼と王子様 (9)

「私はアルバート殿下より年上のはずなんですけど…」


「あいつが心配になるのもわかるがな。魔女の弟子殿は警戒心が薄そうだ。」


心配し過ぎな気がすると唸ると、アデルバートは苦笑した。確かに、元の世界はここよりもはるかに平和であったから、その評価は否定しにくい。だが、もうこの世界で生活して二年、一度有り金全て入れていた荷物を盗まれた事もあって、多少はマシになっているとは思う。


「…あの、それで殿下、なんのお話でしょう。」


「アルバートを追い出したのだから勿論、あいつには秘密の話だ。」


そう言ってニヤリと笑ったアデルバートには嫌な予感しかしない。それが顔に出てしまっていたのか、彼はそう嫌そうな顔をするなと笑う。


「そうだ。呪いが解ければ、魔女の弟子殿には可能な限りの礼をさせていただきたいと思っているのだ。なにか望まれることはないだろうか。」


誠実に見えるが穿って見すぎなのか、成功報酬を約束することで何かをさせたいのだろうかと勘繰ってしまう。私がもっと聡い人間なら何か気付けたのかもしれないが、これが王族らしいということなのか、アデルバートは腹の中が読めない。どのように受け取って答えるべきか悩んだが、悩んでひねり出したところでこの王子様には到底かなわないだろう。言葉をそのまま素直に受け取って私の望みを考えてみる。


何より望むのは平穏、そしてそれをアルベールと共に過ごしたいと思っている。だが、彼はアフロートの第三王子で、死んだとされていた彼を兄のアデルバートは見つけてしまった。アデルバートがこれをどう扱うかによって、この望みは叶わなくなる。


「…それなら、私が望むのはアルバート殿下を…」


言いかけて、なんと言えばいいのか言葉に詰まる。そもそも、そのあたりの事情に私が口を出せる立場でもない。アルベールと私の関係は、王子だということを知らずに成った恋人でしかないし、まだ日も浅いものだ。


「そうかそうか、魔女の弟子殿は愚弟をお望みなのか。」


「えっ?!いえ、その…」


言葉を途中で止めてしまった事で、アデルバートはそのように受け取ったらしい。いや、わかっていながらわざとそう受け取って、こちらをからかっているのではないだろうか。顔がとてもにやけているのだ。


「…そうです、アルバート殿下をください!」


このままからかわれたままも悔しいので、顔を赤くしながら語気を強めていうと、アデルバートは楽しげに笑った。しかし、一頻り笑い終えた後、一転して申し訳なさそうに表情を暗くして一つ息を吐いたので、急に不安になる。


「…残念なのだが」


やはりアデルバートは、アルベールを連れ帰るつもりなのだろうか。つられるように表情が自然と暗くなってしまい、隠すように俯いたが、対してアデルバートはそれに何故か上機嫌のように笑顔を浮かべた。


「第三王子アルバートは、正式には三年前に死去していてな。」


その言葉に思わずアデルバートの顔を見るが、彼は笑顔を浮かべたままだ。三年前に第三王子が死んだことを覆すつもりは無いのだろう。ならば、アルベールが連れ帰られる可能性は低くなったと、ほっと胸をなでおろした。しかし、態々下げておいて上げるような言い回しをするなんて、人が悪くないだろうか。


「…殿下、酷いです。」


「はは。」


恨めしい目で見るが、アデルバートは笑うだけだ。


「…魔女の弟子殿は、アルバートのことについてはどれくらいご存知だろうか。」


「王族であるということは、この前初めて知りました。あとは…お母様の事と、…お父様、ええと国王陛下からは遠ざけられ、十八年間軟禁状態だったということくらいですが…」


「よくご存知のようだ。」


アデルバートは軽く頭を振ってため息をついた。


「陛下は少し困った方でなぁ…」


「はあ…」


アルベールからの話を聞く限りでは、印象は悪い。アルベールが語ったことが全てではないだろうが、私はどうしても彼に寄った考えになってしまう。


「元々、アルバートは生まれる予定のなかった子だ。」


膨大な魔力持ちの、特に女性の魔法使いは、簡単に子が出来ぬように避妊のための魔法を使っている。私も黒の魔女から一番に教わった魔法はそれだ。初めに教わった時は恥ずかしさを覚えたものだが、大きな力を持つというとはなにも幸せな事ばかりではないという事を知れば、必要な知識だと納得した。魔力持ちの子供はその魔力を受け継ぎやすいため、生まれてくる子の為にも必要なのことなのだ。


実際に、アルベールもその魔力故の不幸を経験してしまっている。アルベールの母は、彼自身の魔力を見る限りとても膨大な魔力を持っていただろう、その事を理解していたはずだ。しかも生まれてくる子が王族になるならば、余計に慎重になっただろうに。


「だが陛下がどうしてもと望まれてな。生まれたアルバートをそれはとても溺愛なされていた。」


アルベールの境遇を考えると俄に信じ難い話だが、彼自身、母が亡くなってからの五歳以降の記憶しかないと言っていたし、それは真実だったのかもしれない。きっと、幼い頃のアルベールは天使のように可愛かったのだろうなと想像したところで我に返り、見ればこちらのその考えは想像がついているのか、アデルバートは苦笑いを浮かべていた。


「だが、それが多くの不幸を生んでしまい、アルバートの庇護者である母君、その力を制御できる唯一の存在であった我が国の偉大な魔法使い、ヘレナ・ネルソンを失った事で、アルバートを隔離せざるを得なくなった。」


幼い子供であるアルベールには、自分の魔力を制御しきれはしなかっただろう。そして、アルベールに匹敵する魔力を持つ魔法使いは、彼の母しかいなかった。その母が死んだとなっては、アルベールを抑えることが出来た人間はいなかったのだ。


「それに、アルバートのあの膨大な魔力の存在を知り、利用せんとする者も現れるやもしれぬ。故に、その存在は広く知られることのないように閉じ込められることになり、公から遠ざけていたが…」


「…アデルバート殿下は、それを知っていたんですか?」


「ああ。私自身、当時は子供であったが、立場上知らされていた。複雑ではあったが、誰もあれを扱えぬのだからそうせざるを得ないのは理解していたのだ。」


王太子という立場なら、そう判断するのが正しいのだろうが、なんとも言えない気持ちになる。だが、彼らは普通の兄弟ではなく、王族としての責務がある。だから、それを薄情だなんて軽々しく言えるものでは無い。


「だが、それは幼子で十分に己の魔力を扱えない内はと思ってだ。成長し、己の力を正しく扱い管理できるのならば、解放しても良いのではないかと陛下に訴えたが、聞き入れられることは無く…結果としては、私は甘かったということをこうして身をもって理解させられることになったがな。」


結果だけを見れば、軟禁していたのにも関わらずアルベールは捕らわれ、魔力を奪われ、利用されて、アデルバートは呪いを受けた。どうすればよかったのだろうかと考えてみたが、きっと答えなど見つかりはしないのだろう。アルベールにとっては不幸であり、私にとっては酷いと思う話だが、彼らは彼らなりに最善を尽くし、それが及ばなかっただけだ。


「あれは、我らには扱いきれぬ力だ。故に、我らの手から離れ、あれと同等、それ以上の力を持つ魔女の弟子殿の元に収まっている方が都合が良い。」


ひどい言い草だ。第三王子の存在は、今までも、これからも、殺される。耳を塞いでしまいたくなるが、何故アデルバートは態々こんな嫌になるような話を私にしたのだろうかと考えると、この先に彼が私にさせたいことの話があるのではないかと思う。


「…そうやって存在を殺し続けていたから、アルバート殿下は自分の顔を傷つけ、存在を主張するくらいに追い詰められてしまったのでは?」


それでも、苦言を呈したくはなった。すると、アデルバートは驚いたように目を丸めてこちらを見る。


「…その話を、アルバート本人から?」


「そうですけど…」


「…アルバートは本当に、貴方に惚れ込んでいるようだ。」


「っ何を突然…」


熱を帯びた頬を、両手で覆った。しかし、アデルバートが先程のようにからかっている訳では無いのが雰囲気で察せられて、そのまま黙り込んで言葉を待つ。


「そうだな…昔、アルバートは自分の顔を傷つけたことがある。陛下は、当時最高の魔法使いや医者を手配して、跡が残らぬよう徹底的に治療を指示したが、決してお会いにならなかった。」


自身の顔を大嫌いだと言い切った、アルベール。彼なりに、そこから脱却するための必死の行動だったのかもしれない。だが、そうまでしても会いに来ることは無かった現実に、どれ程の絶望を感じたのだろうか。


「少なくない数の者たちが処罰の対象となり、アルバートは自身の行動が及ぼす影響を知って、身動きを封じられてしまった。」


自傷であっても、それを許してしまった管理責任を問われたのだろう。自身でなく他者が処罰を受けるのだということを知ってしまい、それが恐ろしくてなにも行動出来なくなったのだ。


「それからあいつは、何もかも諦めてしまうようになっていた。だから、貴方にあれ程の執着を見せていたのには随分と驚いたのだ。それに…貴方には、自らの心の内を晒すのだな。」


過保護すぎると思ったが、今までの話を聞けばなんとなくその理由もわかる。何もかも諦めざるを得ない立場であったアルベールが、望んで漸く手に入れた幸せを必死に守ろうとしているのだろう。


「…どうか、愚弟をよろしく頼む。」


アデルバートのその言葉には兄として、王太子として、色々な思惑が含まれているはずだ。でなければ態々こんな話をしない。だがそれを全て察せる程自分は聡くなかった。

ただ、彼が兄としてアルベールに心を砕いているということが、その言葉に含まれていると信じたかった。

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