第4話 私と彼と王子様 (8)
「…呪いをかけられた前後のことは、靄がかかったようで思い出せないのだ。」
アデルバートはある日突然、真夜中の路地裏で目を覚ましたらしい。猫から人へ戻る際には意識が戻っているらしく、それで自身が猫になる呪いをかけられているとわかったそうだ。あの光景を思い出せば、そこは意識が戻らないほうがよかっただろうにと同情する。
「では心あたりは…」
「この立場だと恨みも多く買っているだろう…」
アデルバートは腕を組んで、疲れたような表情で首をかしげる。心当たりが多すぎて絞れないということだろう、王太子という立場は厄介事が多いようだ。
「しかし、いくらか絞り込めそうだ。」
「…え?」
アデルバートは意味深げな視線をアルベールに向けた。その視線の先にいるのはアルベールで、彼はそれに目をそらして俯いている。
「そうだな…先ずはアルバート、お前の兄の名は?」
アルベールは同じ人物から口止めの呪いをかけられていて、それを逆に利用しようという魂胆のようだ。アデルバートは軽い口調でその人物の名を言わせようとしたが、アルベールは一向に口を開こうとしない。恐らく、アデルバートはその人物をあまり疑ってなかったのだろうが、アルベールの様子に表情を固くする。
「…アデルバート兄上」
「違う、私ではない方だ。」
「…」
アルベールが苦々しい表情で完全に沈黙する。呪いは少しずつ綻んではいるが、彼は口止めの呪いによって呪いをかけた主の情報を一切口にできないはずだ。だから、その名を答えられないというのは、答えとなってしまう。
彼の正体が死んだはずの第三王子だと知った時に、薄々気づいてはいた。以前に彼が自分の家族について話をしてくれた時、兄の話は全て『上の兄』のことを話してくれた。だが、上の兄ということはその下にも兄がいたはずなのに、一度も話に出てこなかった。彼が第三王子ということは、上の兄は今目の前にいる第一王子アデルバート、上の兄以外の兄とは第二王子になる。
アデルバートはその第二王子の名をアルベールに口にさせようとしたのだが、結果は『答えられない』ようだ。
アデルバートは額に手を当てて、深くため息をつく。
「そうか…ギルバートか。…残念だ。」
三年前にアルベールを捕え、その魔力と自由を奪い、呪いをかけた人物。そしてその奪った魔力でアデルバートに呪いをかけた人物は、第二王子であるギルバート。アデルバートも、アルベールも、実の兄弟にこの仕打ちを受けたということになる。そう考えると、なんともやりきれない思いがわいてくる。
「一番に除けると思っていたのだが…まさか最初から大当たりを引くとは。」
ギルバートは王位継承権第一位のアデルバートが行方不明となっている今、一番に王位に近い男だ。動機は十分に説明がつくと考えていたのだが、アデルバートは違うのだろうか。
「…でも、王太子であるアデルバート殿下がいなくなれば…」
「いや、あいつは王位に全く興味がなかったし、むしろ私がいなくなるほうが都合が悪かろう。」
知らぬ事情があるらしい。気にはなるが、それを聞いてしまうのは避けた方がいいと直感が告げる。既に厄介事に大きく巻き込まれているし、これ以上は踏み込むのは危険だろうと、好奇心にはそっと蓋をして口を噤んだ。身の程を弁えているからこそだ。
「アルバート、お前はあいつの目的を知っているのか?」
「…答え…たく、ありません。」
「答えたくない、か。お前は謹直な魔法使いだな。」
魔法使いは嘘をつかないし、嘘を禁忌のように扱う…とはいっても、世の中には嘘を平然と口にする魔法使いも稀にいる。
だが、アルベールは決して嘘はつかなかった。全ての真実を語る訳でもないが、それだけは確かだ。だから、彼が答えたくないと言ったということは、知っているし 、呪いの制限もかかっておらず答えることは出来るが、自分の意志で答えたくないということだろう。
「ならば好きなように考えるか。私にもひとつ思い当たることがある。あいつのお前への執着は、兄弟愛にしては度が過ぎているとは思っていたのだ。」
「…兄上…」
「私がお前に構うとあいつはいつも不機嫌だったものな。よく睨まれていたのもそのせいか。仲は…良くないが呪いをかけられるほど悪くなかったと思っていたのだが、まさか弟の事で不仲になり弟に呪いをかけられるなんてな、はは。」
「…兄上、笑えません。」
アデルバートは冗談めかして笑ってはいるが、目が笑っていなくて少し怖い。ただの兄弟喧嘩ならこうはならないだろうが、王族の兄弟喧嘩は洒落にならない。
目の前で繰り広げられる兄弟のやり取りをきいていると、そのギルバートのアルベールに対する執着が強いということは理解出来た。ならば、ギルバートの目的は魔力ではなくアルベール自身が目的で、魔力はついでだったのだろうか。仮にそうだとしても、ついでに得た魔力でアデルバートに呪いをかけた理由も、ギルバートがアルベールに執着する理由も私には分からないが。
「誤解なさらないでください。…私自身ではありません。」
観念したようにアルベールが深く息を吐いて、首を振った。
「…私のこの顔と目が、全ての元凶です。…私は愚かにも、私自身を案じてくださっているのだとずっと信じておりました。」
アルベールは片手で顔を覆って、また深く息を吐いた。彼が自身の顔を嫌う理由は、思ったよりも深いものなのかもしれない。
見たことがないのでわからないが、アルベールの母は彼に似ているというのだから、それはとても美しい女性だったのだろう。そしてアルベールが吐き出した言葉とその様子からして、ギルバートはアルベールに彼の母を見ている。まさか腹違いの兄が、自分の母に執着しているだなんて思いもよらなかっただろうし、信じていた兄に裏切られるなんてあまりにも衝撃的なことだ。
近くに立つアルベールの手を握る。驚いたようにこちらを見た彼にを真っ直ぐ見返し、口を開く。
「…私はアルベールの一部だから、好きです、から…」
何度も繰り返して伝えているが、私が好きだと言ったからといって、彼の身に起きたことは変わらないし、彼が感じる多くの負の感情は無くなったりしないだろう。本心であるが、それをアルベールが信じてくれるのは、彼の母を知らぬ者の言葉だからなのだ。顔すら覚えてないはずなのに、アルベールとっては母の存在がそれほどまでに大きい。アルベールは何も答えなかったが、握った手を強く握り返してくれた。
「ギルバートが呪いをかけた主であることはわかったが、どうやら黒幕は他にいるようだな。」
「…え?」
「ギルバートの目的がそれならば、そのための方法を提供する代わりにあいつの協力を得た者がいるのだろう。私を邪魔に思っている者が。」
ギルバート単独の行いであったのならば、アデルバートがこの様な目に遭うことも無かったはずだ。彼の目的は、既に三年前に達している。アデルバートが行方不明となった時期とアルベールが脱走した時期を考えると、むしろアデルバートが不在となったことで、第二王子であるギルバートに王族としての責務とやらが過多となり、脱走を許す羽目になったとも考えられる。
頭が痛くなくなってきた。聞かなくてもいい情報をどうやら多く聞いてしまっているようだ。呪いを解くだけならばその主がギルバートであること、魔力の元はアルベールから奪った魔力という情報だけあればいい。
「…呪いを解くための情報としては、もう十分でしょう。」
静止をかけたのはアルベールだ。彼が目を逸らし、俯き、答えたくないとまで言ったのは、恐らくは私をこれ以上に巻き込むまいとしていたからなのだろう。既に十分巻き込まれているので、私としては手遅れではあるのだが、これ以上深く関わると不味い気がする。
アデルバートはちらりとアルベールを見てから、改めてこちらに向きなおる。この王子様が私を巻き込むつもりなのはよくわかった。
「少しばかり、魔女の弟子殿と二人きりで話がしたいのだが。」
「構いませんけど…」
「いいえ、いけません。」
ここで嫌だと断れる雰囲気でも無いと思ってすぐさま了承したのだが、アルベールがすぐさま割って入り、言い出したアデルバートまで何故か微妙な顔をした。
「トモエ、少し考えていただきたい。この様な真夜中に露出狂と二人きりになるだなんて…」
「いや、まて!私が望んで脱いでいるような言い方はやめてくれ。…まあ、私が言い出したことではあるが…少しは躊躇した方がよいと思うぞ。」
アデルバートが露出狂かどうかの真偽は兎も角として、夜中に男と二人きりになるというのはちょっと考えろということらしい。それから説教されてしまったのだが、結局、アルベールがすごく不満そうではあったが、アデルバートに絶対に指一本触れないと宣誓させて、彼は自分の部屋に、本当に不満そうに入っていった。




