第4話 私と彼と王子様 (7)
魔石の欠片から魔力を吸収するようになって数日、この方法は思った以上に身になった。魔石との相性は可もなく不可もなく、強さもアルベールに比べると随分と大人しいものである為、体に負担をかけずに取り込むことが出来るのである。とはいえ、大量に摂取すれば同じことなので一日に三回と決めているのだが、まるで薬を服用している気分だ。
彼からも魔力を貰っているが、耐性がついてきたのか、それとも魔力がうまく馴染んできたのか、初日は倒れるほどであったものがちょっと酔っ払っている様なくらいで済むようになった。その代わりに効果はそれまでに比べると低くなってきているが、それでも魔石に比べると効果は強力過ぎるので、一日の終わりに一度だけにしている。
アルベールの魔力を初めて口にしたのは一週間前、その頃の自分に比べると遥かに魔力の所持量が上がったし、うまく扱えるようになった。それでも、呪いとは簡単に解けるものでは無かったが、日々の解呪の成果があってか、アルベールの呪いは概ね順調に解けてきている。そう判断出来るのは、彼の掌から肘までに描かれた呪いの証が、少しずつ消えているからだ。これが全て消えれば、呪いが完全に解けたといえるだろう。
今し方解呪を試み終えた彼の手を握りながら見れば、やはり印がまた消えていた。前後で目に見えてわかるほど順調になったのは丁度一週間前からである。着実に私は力をつけているようだ。
アルベールの呪いが解けていく一方、アデルバートはあれから一度も人間に戻っていない。戻る回数が少ない方があの苦痛がないと思えばいいのだろうが、その分解呪を試みるチャンスが少なくなる。だが、あの光景を思い出すと胸が痛む。
「…兄上の事を考えておられますか?」
「はい、ちょっと…」
「目の前で他の男を想われるのは、妬けてしまいますね。」
「ええっ」
慌てて顔を上げると、少しいたずらげに笑ったアルベールが見えた。どうやらからかわれているらしい。
「…殿下にそういった気持ちは全くないです。」
「それはよかった。」
アルベールは満足気に笑うと、髪を一房掬って口付けてくる。黒髪はこの辺りでは珍しいからなのだろうか、彼はよく髪に触れてくるので、最近は念入りに手入れするようになった。
「…黒髪が好きなんですか?」
「貴女の黒絹のように長く美しい髪を、愛しております。貴女の一部ですから。」
いつか私が言ったような言葉だが、言われる側になるととても恥ずかしい。顔を赤くして俯こうとしたが、その前に頬に左手を添えられて未遂となり、反対の腕で引き寄せられて腕にすっぽりと収まる。アルベールはこうして触れたり抱きしめたりするのが多いと思うのだが、恋人となれば普通なのだろうか、経験がない私にはよく分からない。だが、それに慣れてきて羞恥心が薄らぎ、自然に受け入れるようになってきているのは自覚があった。
「にゃあ」
しかし、そこで邪魔ものが現れた。アデルバートもとい猫である。いや、猫もといアデルバートだろうか。構えといわんばかりに彼の足元にまとわりついた金色の毛並みをちらりと一瞥したアルベールは、小さくため息をつく。
「…邪魔が入ってしまいましたか。」
それに苦笑いを浮かべると、彼もまた同じように苦笑いを浮かべながら唇を重ねた。目を閉じてそれを受け入れていると、また猫の鳴き声が聞こえる。
唇が離れ、アルベールは足元の猫をひょいっと拾い上げた。少し酔っ払ったように頭がふわふわしてきたので、先に眠ると断って自分の部屋に向かう。
「また、夢に遊びにいらしてくださいね。」
部屋に入る直前に声をかけられてそちらを振り返ると、にっこりと笑ったアルベールがいた。そのままおやすみなさいませと猫とともに挨拶した彼に、挨拶を返しながら部屋に入る。
(…また?夢に?)
何のことかわからずに首を傾げるが、その言葉にどういった意図が含まれていたのか分からずベッドに潜り込む。
(…夢か…)
夢で逢えたら。夢の中でなら、魔力の取り込みすぎで倒れたり、このように酔っ払ったような感覚に陥ったりしないのだろうなと考えて、私は何を考えているのだと頭を振って、上掛けを引っ張りあげた。
真夜中、異常な魔力の流れを感じて目を覚ます。これは以前にも経験したことがある、アデルバートの呪いが発動したものだろう、あの時の光景を思い出してぶるりと体を震した。アデルバートはアルベールが部屋で預かっているはずた。
彼が人間に戻った頃合いを見て部屋を訪ねようと、ベッドから抜け出してガウンを羽織る。軽く髪に櫛をいれながら深く息を吸って、吐いた。窓の外を見てみると空に浮かぶのは上弦の月、今日ならば長くアデルバートと話が出来そうである。
異常な魔力の流れが消え去ったのを確認して、アルベールの部屋の扉をノックした。
「…あの、アル…バート殿下。」
恐らく人間に戻ったアデルバートが中にいることを思い出して、ぎりぎり名前を言い直す。アルベール、アルバート、アルト。三つも名前を持っていて、場所や状況によって呼び方を変えないといけないが、いつか呼び間違えてしまいそうだ。
「…トモエ、少しお待ちください。準備が出来ましたら、そちらに向かいます。」
「よいではないか…どうせすぐ脱げるのだぞ。」
「よくありません。兄上は頭が猫になりすぎて、少しどころでなくズレてしまわれましたか。」
「…くっ、…服を着ない時間が長すぎたのかもしれぬ…」
仲の良い兄弟だ、小さく聞こえてきた会話に苦笑いを浮かべる。このまま扉近くに立っていればただの盗み聞きになってしまうので、なにか飲み物を出そうとキッチンへ向かった。
カップを三つ取り出したが、王族、しかも王太子であるアデルバートに差し出すものは何がふさわしいのだろうかと頭を悩ます。この世界では紅茶が存在し、貴族から庶民にまで広く親しまれているが、王族が口にするような高級そうなものは、ここにない。アルベールは差し出したものはなんでも飲むし、食べて美味しいと言ってくれるが、果たしてアデルバートの口に合うものなどあるのだろうか。
そうこうしているうちに扉が開く音が聞こえて、そちらに目を向ければ、アルベールときちんと服を着たアデルバートが出てくるところだった。白いシャツと黒のズボン、皮のブーツとアルベールが普段着ている服だが、着こなす人物が違うだけで随分と違い、アルベールだと落ち着いた穏やかな雰囲気があるのに対して、アデルバートはシンプルな服であるのに華やかな雰囲気がある。
「ああ、魔女の弟子殿。以前お会いしたのは私にはつい先程のことなのだが、もう一週間も経ったそうだな。またお会い出来て嬉しいぞ。」
アデルバートはこちらの姿を認めると、そう言ってにっと笑った。明るい笑顔につられて、小さく笑って会釈する。
「どうぞ、お掛け下さい。」
いつもはアルベールと食事等で向かい合って座るテーブルを指していうと、アデルバートはそれに従って椅子を引いて座り、アルベールがその向かい側の椅子の斜め後ろに立つ。残念なことに椅子は二つしかないので私が立っていようと思っていたのだが、アルベールに視線を送ってもにこりと微笑まれただけだった。トレイにカップを三つと冷やした紅茶をいれた水差しをのせてそちらに向かい、グラスにそれを注いでさしだす。
テーブルにカップが三つ置いたところで、ふと、アデルバートがこちらの差し出すものに口をつけるのだろうかと疑問がわく。そんな疑問を浮かべてアデルバートの目の前に置かれたグラスをつい見てしまったのだが、彼はそのカップを手に取ると、躊躇なく呷った。喉仏が小さく動いているのを唖然として見ていると、空になったカップが再びテーブルの上へ置かれる。
「これは紅茶か。冷やしても美味しいものなのだな。」
「…あ、はい。こちらではあまり冷やして飲まれる習慣が無いみたいですが、結構美味しいですよ。これから暑くなってきますし、オススメです。」
「アルバートは毎日これを飲めるのか?羨ましい限りだ。もう一杯いただいても良いだろうか?」
「勿論です。」
全面的にこちらを信用しているということなのだろうか。試すつもりではなかったのだが、そう受け取られたかもしれない。アデルバートのカップにアイスティーを注いでから向かいの椅子に向かうと、アルベールが椅子を引いてくれたので、感謝しながらそこに座る。
「早速だが、前日の答えをいただきたい。」
アデルバートは、彼にかけられている猫になる呪いを解いてほしいと、ここにやってきた。その呪いがどのようなものかは前回まざまざと見せつけられたので、断る気は既に無い。
「…可能な限りですが、力になります。」
「ああ、有難い!断られてしまえば、このまま私は一生猫としてさ迷わねばならないかと…」
するとアデルバートは立ち上がってこちらにやってきた。この流れは既視感がある、アルベールの時もあった流れだ。そして予想通り、近くまでやってきたアデルバートはその場に跪く。王子を二人も跪かせることになるとはなんと罪深い女なのだろうか、なんて現実逃避していると手を取られた。
「…兄上、トモエは触れられることに慣れていませんから、離してください。」
「…アルバート、嫉妬深い男は嫌われるぞ。」
「結構。」
「あのっ、アデルバート殿下、お気持ちは分かりましたからっ」
あまりのことに混乱で訳の分からないことを言ってしまったが、アデルバートは楽しげに笑って手を離してくれた。後ろに立っているアルベールは顔は笑っているが、何となく不機嫌であることは察する。
「…さて、アルバートから今までのことは大まかに聞いている。」
アルベールは三年前に死んだことになっているが、実は三年前に何者かに囚われ、一度は脱走を試みたものの、連れ戻されて呪いをかけられたこと。そして三ヶ月、もうすぐ四ヶ月前になるだろうか、二度目の脱走に成功してここへやってきたこと。受けた呪いを私が手を加えたことで私のそばから離れられないこと、更に解呪を試みている事、だろうか。
「二人の関係もよくよく聞かされた上に釘を刺されてしまった、はは。」
「…いえ、あの…」
何を言ったんだと後ろに立っているアルベールを非難めいて見たが、涼し気な顔で流された。
「…あの、それでは解呪にあたって、その呪いについてお話を聞きたいんですが。」
「ふむ…私がこの呪いをかけられた経緯や、呪いをかけた主の心当たり等だろうか。」
「はい。」
アデルバートはアルベールと違って、口止めの呪いをかけられている様子はない。二人の呪いをかけた相手というのは、今までの話からして同一人物であろう。
話を始める前にアデルバートは何故か、アルベールを見る。アルベールがその視線を受けて目を逸らしたのをみて、首を傾げた。




