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黒の魔女の拾いもの  作者: 茜菫
本編

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第4話 私と彼と王子様 (6)

「すみません、嫌なものを、見聞きせてしまって…」


「先程のあの方は…」


「…私の、母の姿なんです。」


会いたくない人間と言ったが、実際はもっと悪い感情を持っている人物の姿をあれは利用している。アルベールもそれは先程のやり取りで察しているだろうし、明らかに私と似た異国の風貌からして、私との関係性も大体は予想ついていたのだろう、驚いた様子はなかった。


私の母に対する感情は複雑なものだ。こんな感情を抱いてはいけないと頭で理解していても、止めることが出来ず自己嫌悪に陥り、いけないことだと分かっているから誰にも話せない、けれど誰かに聞いてほしい、理解して欲しいと思ってしまう。


今こうして、あれが母の姿なのだと正直に言ったのも、そんな思いがあるからだ。アルベールならそれを理解してくれるのではないかと、卑怯にも反応を見ている。


「私は貴女の事であれば、何でも知りたい。」


アルベールは穏やかに笑んだまま、そう言ってくれた。以前、彼が自身のことを話してくれて、そして私のことを知りたいと言ってくれた時のことを思い出す。彼ならと期待してしまうのは、彼が私と同じような葛藤を抱えているのではとその時感じていたからかもしれない。そんな私の下心すら気づいた上で、この言葉をくれるのだろうか。罪悪感で俯きながらも、ぽつぽつと元の世界のことを思い出しながら言葉を吐き出した。


「幼い頃、記憶にある両親は喧嘩ばかりしていて、その度に私と弟は部屋に閉じこもって隠れていました。」


両親の喧嘩の度に火の粉が降りかからないよう、二人で身を縮こまらせ息を潜めていたのをよく覚えている。


「結局両親は別れてしまって、弟は父に引き取られ、私は母に引き取られて二人で生活していました。でも、母は私のことを嫌っていて…毎日のように、あの言葉を聞いていたんです。」


両親は十歳の頃に離婚し、それから父と会うことはなかった。母は私を育ててくれた。母の助けになろうと、学生時代はバイトで金を稼いで家計の足しにしていたが、それを苦だと思ったことはなかった。だが、母は私のことを嫌っていた。会話をしても顔を背けられることが多く、いい成績を収めようが金を稼ごうが、ダメな子ねと毎日のように言われた。それが何故かわからず、ただ好かれようと必死になって勉強し働いたが、母が死ぬまでそれは変わらなかった。


「母…は、私を嫌ったまま死んでしまいました。そしてその葬儀の時に…自分が疎まれている理由が、わかったんです。」


母が死んだのは、学校を卒業し働き始めてすぐの頃で、不幸な交通事故であった。その葬儀の席の、口さがない親族の言葉で自分の出自を知ることになり、それは私にとっては悪夢のような出来事となった。


「私、母の子ではあったんですけど、父の子ではなかったんです。…生まれちゃいけない子だった、みたいなんです。」


母と父の子は、弟だけだった。幼い頃に父と呼んだあの人は、本当の父親ではなかったのだ。それを知った時、最後に見た父が忌々しいものを見るような目を私に向けていた理由を理解した。母が私を嫌っていた理由は、私を産んだことを後悔していたからだとも理解した。幼い頃、いつも喧嘩をしていたのは、私の存在のせいだったのだ。


葬儀で再会した弟からも、もう会わない方がいいと告げられてしまった。親族からはその出自故に嫌厭され、肉親からも忌み嫌われ、不要とされていることに、あの日気づいてしまったのだ。

私が生まれてきてはいけない存在だったとしても、私が望んでこの世に生を受けたのでは無い。自分ではどうしようもない事実が、私を苦しめる。


「…私は、母を…」


そこから先の言葉は口にしてはいけないと、唇を噛んだ。母は、親としての責務は果たしてくれた。生活には困らなかったし、たとえ嫌われていても、毎日のようにあの呪いのような言葉を浴びせられても、ここまで育ててくれたのだ。だから、こんな感情を抱くのは間違っているのだと、思うのに。


「…己の心は、己のものでありながらも儘ならぬものだと、私は常々感じております。」


アルベールがぽつりとつぶやくように口にした言葉に顔を上げると、私にとっては特徴的といえる、彼の赤い目と、美しい顔が目に映る。目が合えばアルベールは少しだけ悲しげに笑った。


「貴女にとって不幸だったとしても、この世界にいらっしゃったことを感謝いたしております。…貴女の不幸を喜ぶなど、酷い男でしょう。」


「…いいえ。寧ろそれに、救われました。」


これは本心だ。辛いことがあったとしても、幸せもあったあの世界で二十三年間生きてきた私にとっては、異世界に迷い込むなんて出来事は不幸でしかなかった。アルベールと出会うまでは。魔女の代わりだとしてでも、肉親にすら忌み嫌われていた自分自身が必要とされた事が、どれ程救いとなったことか。


「…アルベールは自分の顔が、…嫌いですか?」


アルベールにも儘ならぬ想いがあるとだとすれば、それは私と同じように母への想いなのだと思う。母に似たという彼は、その容姿故に十八年とさらに三年の間、自由を奪われていたのだ。時に語る言葉の端々には、複雑な想いがあったように感じていた。


「…ええ。この赤い目も、面立ちも、何もかも全て、大嫌いです。」


アルベールは少しだけ躊躇したが、はっきりと答えてくれた。隠すことなく憎悪を含ませて、彼の母譲りの赤い目、面立ちの全てを否定する。しかしどこか後ろめたそうなのは、彼も私と同じようにその感情を悪しきものと考えているのだろう。性別や年齢、境遇や立場、生まれた世界も何もかもが違うのに、私たちは似ていた。


「昔に一度、この顔を傷つけ、眼球を抉りだそうとも考えました。」


「…え…」


「お恥ずかしながら、とても…痛くて、頬に刃をたてたところで手が止まってしまいましたが。」


止まってくれてよかったと心底思う。心配でアルベールの顔を確認するが、彼は苦笑いを浮かべて昔のことです、と言った。どこを見ても、そのような傷跡などない。


「この通り、傷跡は残っておりません。…残すことすら、私には出来ませんでしたから。」


含みのある言い方だ。アルベールは傷を残したかったのだろうか。一生残るような、傷を。それ程までにその顔を嫌悪していたのだとしたら、少し悲しい。

ふと、アルベールが私の手を取って彼の頬に触れさせてくる。柔らかな頬の感触に恥ずかしくなって顔を赤くすると、彼は楽しげに笑った。


「もう、そのような事はいたしません。」


「…本当に?」


「はい、誓って。貴女はこの顔を好いてくださるのでしょう?」


彼にとっては、自分に降りかかる災厄の元凶であり憎むものなのかもしれない。それ故に、彼の母に対する感情は複雑なものなのだろう。


「…全部、好きです。」


それでも私は、全て好きだと思う。彼の母のことは、何一つ知らない。アルベールの一部だから愛しいのだ。


「…ありがとうございます。」


アルベールがこうしてほんの少しだけ目を細め、少し照れくさそうに、嬉しそうに笑うこの表情が好きだ。彼がもう二度と、己の顔を傷つけるようなことは無く、こうして笑っていられることを願う。


お互いに誰かに必要とされたいと、強く願っていた。そしてその誰かを、私達はお互いとして望んだ。

けれど、それだけではなかったのかもしれない。癒えない傷を抱え、その傷といつかと向き合えるように、理解し共感しあえるお互いを必要としているのかもしれない。


「帰りましょうか。」


「…う、そうですね。」


ここはまだ黒の森の深部に近く、ずっとここに留まるのは危険であった。こんなところで泣き言を言っている場合ではなかったことを思い出して、慌てて頭を振る。


アルベールが手を差し出してくれたので、手を繋ぐ。何かあった時のために彼は両手が空いている方がいいのだが、分かっていてもそれに甘えてしまう。

私とアルベールの明るい未来のためにも、まだこれからやらなければならないことは、山積みだ。

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