第4話 私と彼と王子様 (3)
昨日は衝撃的なものを目の当たりにしたにしては、十分によく眠れた。かわりに、朝起きて恥ずかしさで身悶えはしたが。
一日で多くのことがありすぎた。魔力を取り込んで倒れたり、不思議な猫を拾えば実は行方不明になっていた呪われた王子でした、更に恋人は死んだはずの王子でしたと衝撃の事実を知ることになったり。
元の世界では平凡極まりない私がこんな高貴な二人と出会うことになるとは、夢にも思わなかった。更に言うなら、そんな高貴な第三王子と、まさか正体を知らないままに恋人となるとは。
今まさに丁寧な接客をしている彼を、死んだはずの第三王子とは誰も思わないだろう。そして今、膝の上にやって来てにゃあと鳴くこの金色の毛並みをした猫が、呪われた末の姿の第一王子だなんて、尚更誰も思わないだろう。とても可愛い。
王族である二人がこのような目にあっているという、どう考えても厄介で面倒で危険な状況に巻き込まれてしまっている。異世界に迷い込んで死にかけるという誰も経験しないような出来事に巻き込まれ、これ以上厄介事に巻き込まれてなるものかと、平穏に暮らしたいと願ってはいたが、ならば魔女の弟子になるという選択から間違えていたのかもしれない。
正直なところ、とても不安だ。魔女の弟子、なんて名乗ってはいるが、実力不足もいいところだ。私が出来ることといえば、一般的な魔法使いが使えない転移や召喚といった特殊な魔法を少々使えたり、魔女直伝の薬を調合したり、無駄に豊富な魔力を使って便利な道具を作ってみたりする程度。それでも十分に優秀な魔法使いだとはアルベールは言ってくれるが、その程度の優秀な魔法使いでは、今回の出来事は荷が重い。だが、アデルバートの言うことを信じるならば、こんな呪いを解ける程の魔力を持っているのは私くらいなのだ。
こんなことになるのならば、もっと真面目に学んでおけばよかった。後悔するのはその点のみだ。アルベールと出会うことになったのは、魔女の弟子になるという選択があったからなのだから。
有難くもアルベールの営業によって、魔法の加護付きのブレスレットをお買い上げいただいたお客様を見送る彼をカウンター越しに眺めていると、振り返った彼とばっちりと目が合った。先程までの客に見せていた微笑みとは違うように見える笑みを浮かべられて、気恥ずかしくなって膝の上の猫に視線を落とす。今までなら見目麗しい彼のその微笑みを、ただ目の保養だなと眺めていたのだが。
「…兄上は本当に、意識はないのでしょうね…」
「多分…」
私の膝の上で構えと言わんばかりにごろついている猫を、近くまでやってきたアルベールは疑わしげな目でみて両手で抱き上げてしまった。あの毛並みを撫でているのはすごく気持ちがよかったので、残念だ。客がいなくなってしまったので二人きり、猫の本来の姿を思い出せば、三人になるのだろうか。
「…トモエの膝の上でゴロゴロと…全く羨ましいご身分であられる。」
「え?」
「いいえ、なんでもございません。」
何か言ったような気がしたが、アルベールはいつもと変わらぬ微笑みを浮かべているだけだ。
「…呪いを解くにしても、人間に戻っている間でないと呪印がわからないですね。」
呪いには必ずその核となる印がある。呪いを解こうとするならば、その印に触れなければならない。アルベールなら掌から腕に蔦のようにのびる黒い印があるのだが、アデルバートはどこにあるのかはまだ知らない。全裸だったが、アルベールに目を塞がれたり隠されたりしていたので、確認が出来ていないのだ。猫の姿ではその印はどこにも見当たらないので、人間の姿であるときにしか見えないのだろう。出来る出来ないは別として、解呪を試すのは次の人間に戻る時になる。その周期がわからないのは残念だが、それまでに少しでも自分の魔力を高め、扱いを上達させておきたい。
そこで目をつけたのが、黒の森の魔力だ。正確には黒の森の魔力を含んだ石、魔石である。長年黒の森の魔力に当てられて、その魔力を含むようになった石を取り込む事で、魔力を高め且つ自分の魔力をきちんとこの身に馴染ませようという魂胆だ。
「…明日の午後からの採集で、あの、もう少し森の奥に行こうかと思うんですけど…」
「…黒の森の奥に…」
アルベールは少しだけ眉根を寄せた。あの小屋がある場所でも黒の森の奥であり、魔力の強い場所なのだが、さらに奥に行けば行くほど魔力は強くなる。いつも薬の材料の採集に行っている場所も十分に強いのだが、さらに奥へ行けばより強い魔石等が採れるはずだ。
「…アルベールの負担になってしまいますけど…出来ればより強い魔石を取り込んで、自分の魔力を自分のものにしたいんです。」
だが、より魔力が強くなるということは、そこに巣くう魔物たちも強くなる。戦闘能力はほぼゼロに近い私は、いつも戦闘となるとアルベールに任せきりになっているため、アルベールの負担だけが大きくなってしまうのが心苦しい。
「…承知しました。必ずお守りしますが、危険だと判断した場合は直ぐに引き返しましょう。」
「はい、勿論です。…ありがとうございます。すみません、無理を言って。」
「いいえ、元はと言えば私達が」
「それは言い出すと不毛な争いになりますから!」
言いかけたアルベールの言葉を遮って、手で制す。彼もそれは理解しているのだろう、その言葉の続きは飲み込んだようだ。
「魔石、ということはそれの魔力を取り込もうと?」
「…はい、アルベールの魔力を…とっ…取り込んだおかげで、前よりは随分扱いが良くなったみたいですけど、まだ十分とは言えなさそうで…」
思い出して顔に熱が帯びたので、両手でおさえる。魔力を取り込んだその方法は口移しだ。キスだ。それも唇が触れるだけのものじゃない。思い出しただけでも顔から火が吹きそうだ。
「いかがなさいましたか、トモエ。」
「…わかってて聞いているでしょう…」
少し恨めしげに見れば、アルベールはにっこりと笑っていた。アルベールの魔力は、彼が以前言った通り、どうやらとても私とは相性がいいらしい。アルベールは魔力がとても強い。強い上に相性がいいので、少量であっても吸収率がいいのか、刺激が強すぎて倒れてしまうのだろう。精神的にも刺激が強すぎる。
「…トモエは本当に可愛い方であられる。ここが店であるのがとても残念です。」
「…っ、店でよかったです…」
今は客がいないとはいえ、いつ客が訪れるかわからない。元々、そんなに客足が多い方ではないが。
「…でも、また魔力を、くださいね…?」
アルベールが驚いたように目を見開いて、すぐにそらす。その反応を見て、改めて自分の発言を思い返して顔が熱くなった。座った状態からそばに立つアルベールを見上げているので、どうしても上目遣いになる。これではまるでキスを強請っているようだ。自分で言っておきながら、凄まじく恥ずかしい。
だが、刺激は強すぎても一番効率がいいのだ、アルベールの魔力は。それに、魔力を口実にキスしたいという気持ちも、無いと言えば嘘になる。
「…ここが店でよかったと存じます。貴女の体の事を考えずに、行動に移すところでした。」
「…っそうですね、すみません。」
「いえ、私はとても嬉しく存じます。」
そういうことを笑顔でサラッと言わないでほしい。熱くなった両頬をおさえながら視線をさ迷わせていると、にゃあと猫が鳴いた。見ればアルベールの腕の中で上機嫌にしている猫が、なんとなく笑っているような気がする。私も本当にアデルバートは意識がないのだろうかと、少し疑ってしまった。




