第4話 私と彼と王子様 (1)
「あの、外でというのも何ですし、アデルバート殿下も、えっと…アルバート殿下も、中に戻りませんか?」
「いや、私はここの方が都合が良い。」
「…お待ちください、トモエ。」
話を聞くことになり、外で立ち話よりは中で落ち着いて話せればと思っての提案だったのだが、意外にも二人の反応があまり良くなかった。アデルバートはともかく、アルベールが何故か不満そうな顔をしている。
「何故、その呼び方になるのでしょうか。」
「えっ」
アルバート殿下と呼んだことがとても不満らしい。彼が初めに名乗ったアルベールという名は、彼の正体がアルバート第三王子である以上、二つ目の名という事になるのだろう。
この世界の人間は名を二つもち、貴族の間では二つ目の名はその伴侶や恋人が二人きりの時のみ呼び合うものだ。ならば、最上位の王族である彼のその二つ目の名は、特に重く扱われるものだろう。彼がアルベールと名乗ったのは、呪いにより自分がアルバートだと名乗れず、嘘がつけない魔女の小屋であったからというだけに過ぎない。
「でも、王子の二つ目の名を呼ぶなんて…」
「…その名の者は死んだとされています。であれば、平民と変わりないでしょう。」
確かに平民であれば、二つ目の名の扱い方は随分と変わってくる。親しい友人間でも呼びあうし、他者の前でもその名を扱う。つまり、アデルバートの前であってもアルベールと呼んで欲しいということなのだろう。
アルベールの正体は第三王子だが、その王子は死んでいるので、彼は平民と変わらない。あまりに堂々と言い張るのでそんな気もしてきたが、果たしてそうなのだろうか。
公式では病弱だったと言われる第三王子とアルベールはかけ離れているが、彼が第三王子であることには変わりはない…だろう。であれば、やはり二つ目の名の扱いは平民のそれと同じでは不味いのではないだろうか。
こうして考えているうちにも混乱してきて、おろおろと辺りを見回すと、アデルバートと目が合った。彼はひとつため息をつくと、半眼になってアルベールに向かい合う。
「そう言ってやるな、アルバート。王族の二つ目の名を公に晒せば、その者どころか一族郎党極刑もありうるのだぞ。」
…そんなに重かったのか、知らなかった。魔女の支配下にあるこの森ではそんなものは関係ないだろうがとアデルバートは笑ったが、口にしなくてよかったと思う。
「私ですらお前の二つ目の名を知らぬし、お前も私の二つ目の名を知らぬだろう?私のそれは、妻しか知らぬし呼ばせぬ。それ程に大切にされている名だ。」
なんでも一つ目の名は父親が決めて、二つ目の名は母親が決めるものらしいので、アデルバートの生母である第一王妃は既に亡くなられている為、本人とその妻しか知らないらしい。徹底されているものだと感心する。
「…しかし」
「察しが悪いなあ、お前は!それ程に大切な名として、二人にとって特別なものとしたいのだろう、そんな事まで言わせてやるな!」
そんなつもりは無かったが、そう言われると恥ずかしくて顔が真っ赤になってしまう。二人にとって特別であるということ、確かにそれはとても嬉しい事だ。
驚いたようにこちらを見てきたアルベールに、さらに顔が赤くなって両手で覆った。その私の反応を言葉の通りだと受け取ったのだろうアルベールは、珍しくも少しだけ顔を赤くする。そこまで見届けてからアデルバートは、やれやれといったようにため息をついた。
「…話をしてもよいだろうか。」
「は、はい…」
時間が無いこと、小屋を汚すわけにはいかないとのことでこのまま外で話すことになった。前者は理解出来るが、後者は何のことだろうか。分からないが素直に従い、アデルバートの言葉を待った。
「最早言うまでもないだろうが、私は呪われている。」
そうでしょうね、と心の中で相槌を打つ。でなければ、王子がこんな場所にいるわけがない。少し前の光景を思い出して身震いした。
拾った猫が見るも無惨な姿となった後に、アデルバートが全裸で倒れていた。アルベールに目を、耳を塞がれていたが、どうなったのかは想像がつく。
「猫になる呪いのようだ。周期は分からないが、たまにこうして人間に戻ることが出来る。しかしこれが困ったことに、必ず真夜中でな…」
アデルバートはそこでひとつ、大きく息を吐く。真夜中となると、人々は家で眠りについている頃だ。
「助けを求めようにもこの通り、身一つ。大体は変質者扱いだ。」
「それは…その、ご愁傷様です…」
アデルバートは色々と苦労を思い出したのか、己のこめかみをおさえる。いくら王子であっても、真夜中に全裸で歩いていればただの変質者にしか見えない。さぞ苦労したことだろう。
アデルバートが何度か人間と猫の間を行ったり来たりしているうちにわかったことは、人間に戻れるのは真夜中で、長くても夜明けまで。月が満ちていればいるほど長いらしい。先程時間が無いと言ったのは、今日は新月だからかと納得する。
猫であるときは、アデルバート自身の意識は殆ど無いらしく、猫になって次に人間に戻ったときには見知らぬ場所になっているのが常にだそうだ。
「やっかいな事に、この呪いは王都に入ると無条件で発動するようでな。せめて私を知る者の元まで行く事が出来れば良いのだが、そこにたどり着くことすらままならぬ。取り次がせる前に、何一つ私がアデルバートであるということを証明する手立てがないからだ。幾ら訴えようとも、全裸の変質者が王子だなど誰も信じぬ。変質者として牢に入れられても、朝になればただの猫だ。」
この様子だと、牢に入れられたのは一度では済まなかったのだろう。アデルバートが行方不明となったという噂からは四ヶ月、その間彼なりに最善を尽くしてきたのだろうが、それでも分が悪かったのか、運が悪かったのか、上手くいかずに最終的に魔女に助けを求めるという選択に至ったようだ。
猫から人間に戻る姿を上手く見られていれば、誰かの助けを得られたのかもしれないが…とアデルバートはぼやいたが、魔法使いになっていない私なら、あの光景に遭遇したら逃げ出す自信がある。
「何にしても、呪いを解くには魔女に救いを乞うしかないと黒の森を目指すことにしたのだが…猫であるときに自由気ままに動き回っているせいか、なかなかどうして、ここにたどり着くのも苦労した。」
例えば、黒の森方面へ向かうだろう荷馬車に目星をつけて、猫に戻っても好き勝手動けぬように、真夜中のうちに自ら狭い箱に押し入ったりなど。上手く行けば目的の町にたどり着いているし、上手くいかなければ逆走していたり、街道や森に放り出されていることもあったそうだ。
ここに至るまでの多くの事を思い出しているのだろうアデルバートは天を仰いで、暫くして肩を落として視線を戻す。外套しか羽織っていない彼の姿が、今までの苦労を表していた。
「しかし、何故猫なのだ…甘いな、私なら確実に始末するというのに。」
…なにやら物騒な呟きが聞こえた気がするが、聞かなかったことにしよう。
「魔女の弟子殿、どうか私の呪いを解いてもらえないだろうか。」
アデルバートは改めてこちらに向き直って、切実な声でそう言った。魔女がいない以上、頼れるのはその弟子になるのは必然だろうが、果たして私にこの呪いが解けるのだろうか。アルベールの呪いすらも解くことが出来ていない現状では、その答えは明るいものでは無い。
「…私の力では、すぐに解けるとは言えませんが…」
「魔女の弟子殿に解けぬのなら、ほかの誰も解けぬだろう。私は王太子だ、魔法や呪いに対する備えはあった。だが、これはそれを突き破ってかけられた呪いだ。」
一国の王子だ、それは相当の備えであっただろう。それを突き破ったとなると、尋常ではない程の魔力を持っていなければ成せぬ事だ。だが、そんな魔力を持つものというのは滅多といない。
「…逆を言えば、それ程の魔法や呪いを扱えるほど魔力を持った者などいなかった。アルバートを除けば。」
「殿下、それは」
「間違ってもアルバートを疑っている訳では無い。だが…」
アデルバートは何かを言おうとしたが、突然苦悶の表情を浮かべて言葉を噤んだ。何かを堪えるかのように、己の胸元の外套をきつく握りしめるその突然の様子の変化に、何かが起こっているのだと気づく。
「その、話も、貴方の返事も、…今日は聞けないようだ。」
アデルバートは油汗を浮かべながら、苦々しく笑った。




