第2話 私と彼が望むこと (10)
「はぁ…」
私しかいない店内だ、遠慮なく大きくため息をつく。元々、大きな通りから何本か入った場所にある店なので、普段から賑わっている訳では無い。狭い店内に一人ということもよくあった事だ。アルベールを匿うようになるまでは。
(いつの間にか、いるのが当然みたいになっていた、けど…)
同じ空間にいるからといって常におしゃべりをしている訳でもないが、そこにアルベールがいるというだけで不思議と安心していた。初めの頃は何かを話さなければと必死になっていたが、今では会話がなくても落ち着く。逆に、今いないということの方が落ち着かない。
(今頃、何食べてるのかな…)
アルベールが出ていってから、まだそれ程時間はたっていない。あの少し気の強そうな美人な女性と楽しく談笑しながら食事をしているのだろうか。そこまで考えると、またざらりとした感情が湧き上がる。
(考えるのはよそう。)
彼には自由であってほしいと思っていただろうに、構ってもらえなくて拗ねる、子供のようだ。呪いが解けるまでは私のそばにいてもらわないといけないが、解けてしまえば私のそばにいる必要もなくなる。その時に、アルベールがどこへ行くのも、誰と共にいるのも自由なのだから。
(…余計にモヤモヤしてしまった。)
もう一度深くため息をついて、魔女の本を開く。こういう時はなにか別のことに集中するのがいい。
昨日やっとページを捲ることが出来るようになったので、初めて見る内容だ。新しいことを知るのは、胸が躍るものだ。
内容は、魔力の高め方についてだった。自分なりにわかりやすくまとめると、自分以外の魔力を吸収することで、魔力を自分のものにするだけでなく自身が持つ魔力に刺激を与えて最大量を引き上げることが出来る、といった内容だろうか。
今まで魔力を高めたいを思ったことは無いのだが、アルベールの呪いを解く為には、より多くの魔力が持っている方が成功率も上がるのではないだろうかと思うと、少し興味がある。
吸収する魔力についてはどんなものでも良いようだ。魔質によって相性というものはあるようで、その詳細が書かれた部分を読んでみる。内容は…相性なんてやってみないと分からない、といったことががかれているようだ。
(…エイダって、結構大雑把よね。)
長年魔力を浴び続ける事で魔力を含むようになった魔石等でもよいし、手っ取り早くほかの生物が持つ魔力、例えば魔物の魔力や他の人間の魔力でもよい。生物であれば新鮮な肉体の一部や体液がより多くの魔力を含むので、効率がよいそうだ。吸収には粘膜吸収が最も体内に取り込みやすいらしく、よくおとぎ話などで現れる悪い魔法使いが、生き血を啜ったり生肉を喰らったりする表現があるのはこれが原因なのだろう。彼らは魔力を取り込んでいるのだ。
面白い。そういった理屈を知っていれば、おとぎ話も違った目線で見られる。悪い魔法使いも魔女もただ倒される側としてしか見ていなかったが、見方によってその行動は興味深いものになる。
(アルベールも知っているのかな。)
内容に成程と納得したが、魔女でしか知らないだろうというような知識でもないし、非常に優秀な魔法使いである彼ならば、このくらいの知識は持っていそうだ。そこまで考えて、先程から何かとつけてアルベールに紐付けている自分に気づいて慌てる。これではまるで、と思ったその時に、背後で扉が開く音が聞こえてびくりと体を震わせた。
勢いよく振り返ると、店の裏口の扉を開いて、アルベールが帰ってきているのが見えて驚きに目を見開く。まだ三十分も経ってないのではないだろうか。
「ただいま戻りました。」
「おかえりなさい。…あの、すごく早かったですね…?」
「少し話をしてきただけですので。」
アルベールはそう言って、小さく微笑む。言葉のとおりならば、彼はまだ何も食べていないのではないだろうか。慌てると、アルベールは手に持っていた包みをお土産です、と手渡してくる。つい自然に受け取ってしまったが、食事もせずに態々買ってきてくれたのだろうか。包みを開くと、そこにあったのは私の好物である焼き菓子であった。見覚えのあるそれは、私がアルベールにと昼食を買ってきた店で売られているものだ。とても嬉しい。
「あ、…ありがとうございます。あの、お昼食べてないんですよね?お腹すいたでしょう…?」
そう言うとアルベールは自分のお腹に手を当てて、困ったように笑う。
「はい、とても。ですので、先程トモエが買ってきてくださったものを、いただいてもよろしいでしょうか?」
まさか二人で出かけたのに、本当に食べてこなかったなんて。その上で私が買ってきたものを食べると言われて、何故かとても嬉しくなってしまう。喜ぶところではないはずだろう。
「…その、ええ…食べてください。アルベールにと思って買ったものだし…」
「ありがとうございます。」
アルベールが笑う。どうにも私は、彼の笑顔に弱いようだ。彼にもらったお菓子と魔女の本を腕に抱えると、アルベールが本に視線を向ける。
「…魔女の本を、お読みになられていたのですか。」
「え?あぁ…お客さん、いなかったので。」
「どのような内容でしょう?」
アルベールは魔法使いとして、食事よりも魔女の知識が気になるのだろう。今までも、魔女の本を読んでいると、よく気になるといった目で私を見ていた。その度にアルベールとは魔法についての話で大いに盛り上がっていたのだが、今回は残念ながら大した知識ではないし、そうはいかなさそうだ。
「魔力の高め方について、多分アルベールも知っているような内容だと思います。」
「魔力の高め方…他の魔力を取り込むといったような?」
「ええ、まさにその通りです。ちょっと試してみたいなぁって。」
「…貴女が?」
そう言うとアルベールが驚いたように目を丸くした。そんなに驚くようなことだっただろうかと首を傾げると、彼は慌てたように首を振った。
「貴女はとても膨大な魔力をお持ちですから、少し驚きました。しかし魔法使いであればより多くの魔力を望むのは当然でしょうね。」
「…アルベールも?」
「はい、私も。…ところで、どのような方法を試そうと思われたのか、参考までに伺ってもよろしいでしょうか?」
どうやらアルベールも興味があるらしい。彼は十分過ぎる程の魔力を既に持っているのではと思い、彼から見て私もそのように映ったのだろうと理解する。私がそれでもより多くの魔力を求めるように、彼も魔力を求めているのだ。
「魔石を取り込む、とか。生き血とかも書いていましたけど、抵抗があるので…」
「…まるで、おとぎ話の魔女のようですね。」
アルベールが悪戯げに目を細めて笑ったのを見て、つられて笑う。生き血をすする魔女、悪役にはぴったりだ。
「…私の魔力で試されますか?」
「え?!アルベールの血を?!」
「いえ、血を飲むというのは一例であって、効率が悪かろうとも別の方法もございます。」
一瞬、吸血鬼のように血を吸う自分を思い浮かべて、恥ずかしくなった。確かにエイダも、効率のいい一例としてそういったものがあるということを書いているだけで、効率の悪い方法だって他にもあるはずだ。
「私と貴女の魔力は、相性が良いかと存じます。」
「…わかるものなんですか?」
「私には、貴女の魔力はとても甘美で魅惑的にお見受けします。」
そう言われるとなんとなく恥ずかしい。頬が赤らんでしまったのを感じるし、アルベールもそれに気づいているだろう、にっこりと笑われて俯く。これは私が持つ魔力に対しての言葉だ、勘違いしてはいけない。
「相手の魔力を好く見えるのなら、大体は相性がよいものです。」
「そういうものですか…」
アルベールの持つ魔力は、私から見ると穏やかでとてもあたたかそうに見える。包まれたら心地よさそうだな、とまで考えて慌てて頭を振った。
「…今度試してみましょう、今度。」
「はい、是非。」
アルベールは楽しそうだ。先程から赤くなったり慌てたりしている私をからかっているのだろうか。いただきますねと言って二階へあがっていった彼を見送って、窓の外を見る。ぱらぱらと雨が降ってきていて、今日の客足は望み薄そうだ。
アルベールと出会ったのは、冬が明けてまだ肌寒い春先のことだった。この辺りは、夏の前に雨の日が多い時期がある。もうそんな時期になるのだなと、窓から空を見上げた。




