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黒の魔女の拾いもの  作者: 茜菫
本編

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第2話 私と彼が望むこと (9) (アルベール)

「アルトさん、行きましょう。」


そう言って笑った女性に対して、内心溜息をつきながらもなんとか笑顔を浮かべて頷き、足を動かす。


(今までの事を考えれば、好意を向けられているだけでも喜ぶべきなのでしょうが…)


もし私に心を傾けるものがなければ喜んでいたのかもしれないが、今はただ、罪悪感はあれど面倒にしか感じない。


昔から私に向けられる感情の殆どは同情だった。それを不快に感じたことはなく、むしろ感謝していた。私を哀れんだ者達は施しを与えてくれ、私はそれを心から感謝し、大いに活用した。

何より彼らが向けてくれるそれらは心地いいものだった。元がどのようなものであっても、私に向けられた好意であったからだ。なんの興味持たれず捨て置かれるより、ずっと良い。


それらを受けるためには、好い印象を与えておかなければならなかった。どんな状況でもできるだけ笑顔を浮かべておく、私がやったことといえばそれだけだが、それを好く解釈して、不憫な境遇でも健気に明るく振る舞っていると思われていたのだろう。おかげで少なくない同情を得ることが出来た。


私は彼らにとても感謝していた。だが、彼らは一番の権力者を恐れて私と深く関わりを持つことは避けていた。一時的な施しを与えてもそれ以外は避ける彼らに、私は何も返す事は出来なかった。強いて言うならば、哀れな子に何かをしてやれたという満足感程度だろうか。


そうして私は少なくないものを得ていたのに、何かが、足りなかった。この環境だからかと、この牢獄から抜け出せる日を夢想してみたが、それはとても魅力的であったがしっくりしなかった。何が足りないのか、自分でも分からなかった。


それがわかったのは、魔女の弟子の言葉からだ。初めは魔女の弟子も、私に施しを与えてくれる彼らと同じ存在だった。

同情を得て、施しを受ける。私は魔女の弟子の力によって、奴らの目から逃れることが出来た。相手の思惑を、私の力ではないとはいえ挫くことが出来たのは痛快だった。また私は十分すぎるほど与えられて、彼女には感謝しかなかった。


いままで、私には感謝することしか、出来なかったのだ。あの牢獄で私に何かを与えてくれた彼らに。それを覆したのが、あの日の魔女の弟子の言葉だった。


『私達は対等です。』


対等なはずがなかった。私はいつでも奪われ、与えられる側だったのだ。私の目の前にいる魔女の弟子は、飛び抜けていた私によりもさらに飛び抜けた羨ましい程の魔力を持ち、私には到底扱えない魔法を使う。そんな彼女に、私が何かを与えてもらえることはあれど、与えることなど何一つ無いだろう。


『私を助けて下さい。』


自分が必要とされている、そう受け取れるその言葉は甘美なものだった。貴女は私の助けなど無くても、望むこと全てを叶えられる力を持っているでしょうに。確かに頭に浮かんだその言葉は、全身を染め上げる喜びにかき消されて口にすることができなかった。


私は魔女のその言葉で、対等でありたいと、彼女の力になりたいと、確かにそう思ったのだ。


足りないと感じていた理由は、私という意志を持った存在を必要とされたかったからなのだと、気づいた。私は、私の存在を認めて欲しかったのだ。


あの牢獄でも、父が私に会いに来てくれることを、ずっと望んでいたのだろう。だから魔法を学び、忍び込んでくる上の兄を真似て剣を学んだ。もう体は何不自由なく動き、貴方の役にたてる力もつけました、そう伝わるように。


だが父が必要としているのは死んだ母と、後継である上の兄だ。私はこれから先も必要とさせることはないだろう。


そしてもう、私もあの男を必要としていない。


「ここのパンがとても美味しいのですよ。」


声をかけられて、意識を引き戻す。毎日やってくる女性客、名前はカミラといっただろうか。彼女にそう言って連れてこられたのは、トモエと何度か来たことのある店だ。

パンよりもここの揚げた魚の料理がとても気に入ったのを覚えている。その際、魚が好きだという話をしたところ、数日後の夕食で揚げた魚に甘酸っぱいソースがかかった料理を振舞ってくれた。珍しいソースに驚いたが、とても美味しかった。

また彼女の手料理が食べたいと思いながら店に入ると、店員であるカルロに声をかけられて足を止める。


「あれ、アルト君じゃないか。」


「カルロ殿、こんにちは。」


隣にいたカミラは私がこの店を知っていることに驚いたようだ。だが特に何も言わず、案内された席に先についた。


「さっきトモエちゃんが、アルト君の昼食にってうんうん唸りながら買っていってたんだけどなぁ。」


そんなトモエの様子を思い浮かべると、自然と頬が緩んだ。


「では、早く帰らないと。」


「食べていかないのかい。」


「はい。なにか甘いものを包んでいただけませすか?トモエが好きそうなものを。」


「…はは、いい度胸してるねえ。」


カミラには少しの間ご一緒する、と言っただけだ。カルロがカミラをちらりと見て肩をすくめる。女性を一人置いて帰るつもりの私を、暗に非難されているのだろうか。確かに、女性に対しての仕打ちとしては最低なものかもしれないが、私としてはここまで付き合っただけでもよくやった方だと思っている。


カミラがトモエに「冷たい方」と言った時、無性に腹が立った。貴女が彼女の何を知っていると、怒りが湧いて大声で叫びそうだった。だが同時に、私が彼女の何を知っているのだろうと、なぜ知らないのだろうと私にも怒りが湧いた。

自分自身のことすら、人は全てを知り尽くしている訳では無い。他人のこととなれば尚更、知らぬ事の方が多いだろう。だから知りたいのだ、少しでも多くのことを。


カミラが座る向かいの席に座る。すると彼女は笑顔でこちらをみたが、心は全く動かなかった。


「何を頼まれます?」


「いえ、私は結構です。すぐに戻りますので。」


「えっ」


カミラの驚いた様子に、多少の罪悪感は生まれる。だが、ここはあの牢獄とは違う。好きなことをして、嫌なことを拒む、その自由が今の私にはあるのだ。


「私には心に決めた方がいるのです。ですから、今後貴女の申し出を受けることは一切ございません。」


「で、ですが」


「私が今回ご一緒させていただいたのは、このことをお伝えするため、だけ。」


ここまで言い切ってしまえば、彼女も何も言うことが出来ないようだ。傷ついた様子だが、曖昧に濁して希望を持たせるよりはいい。叶わない夢を見続ける方が、余程辛いこともある。叶わないのならば早々に諦めた方がいい。


「それでは、失礼いたします。」


席を立っても、カミラが引き止める様子はなかった。ただじっと俯いて肩を震わせている。魔法使いであっても他人の心を読むことが出来る訳では無い、彼女が何を思っているのか私には分からなかった。


「よく言い切ったなあ。」


カルロの元に行くと、苦笑いを浮かべながら包みを渡された。盗み聞きしたという訳では無いだろう、私自身は気づかなかったが、少し声は大きかったのかもしれない。ちらちらとほかの客からの視線も感じる。


「…やはり、私の行動はあまり良くないものだったのでしょうか。」


「いやいや、ただ意外だったってだけさ。ほら、さっさとその心に決めた方とやらのとこに行っちまいな。」


背中をばんとたたかれる。今度は二人で来なよといわれて、はいとだけ答えた。私にとって共にいたいと思うのは、トモエだけなのだ。


「嬢ちゃん元気だしな。この世には男も女もごまんといるんだ。」


店を出る直前に聞こえたカルロの声に、気になって少しだけ振り返る。甘そうな菓子を差し出されたカミラが、潤ませた目でそれをじっと眺めているのが見える。

彼女にとっての私はそのごまんといる男の一人であり、私にとって彼女もそれと同じだ。

私はその中で、私にとってのただ一人を、見つけたのだ。


私は、私のたった一人をみつけているのだ。

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