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黒の魔女の拾いもの  作者: 茜菫
本編

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第2話 私と彼が望むこと (6)

「あの男は権力を持っていますから、誰も逆らうことが出来なかったのです。ただ、…私には、…腹違いの、兄…がおりまして…」


アルベールは何故か急に言葉に詰まった。どうしたのだろうかと心配で見るが、彼は大丈夫ですとだけ言って首を振った。


「…上の兄がたまに忍び込んでは、色々な話を聞かせてくださり、私に剣の扱いなども教えてくださりました。」


言い淀んだのは一度だけだ。アルベールは先程の父を語る時より、ほんの少しだけ声音が優しかった。


「兄が来てくださった時間だけは、私は穏やかでいられました。ですが歳を重ねるにつれて、兄も簡単には時間をさけられぬようになってしまわれたので、最後の方はお会い出来るのも年に数度程度になっていました。今は、いかがされているのか…」


今の彼の脳裏には、兄の姿が映っているのだろうか。懐かしそうに、彼はここではないどこか遠くを見ているようだった。そんなアルベールをぼんやり眺めていると、彼はそれに気づいて小さく微笑みかけてくる。


「兄の事は気になりますが…私は今、ここでの生活が楽しいのです。…私は生きているのだと、思えて。ここでは何もかもが、初めてのことばかりです。」


軟禁されていたような生活だったとしても、使用人がいたというのだから、食事の準備も洗濯も、部屋の掃除なんてこともしたことが無かったのだろう。客商売なんて当然経験したことは無いはずだ。何でもかんでも頼んでやらせすぎたかもしれないと少し後悔するが、呪いが解けるまでここで共同生活をすることになっているのだし、本人も楽しいと言っているのだから結果オーライ…だろうか。


「あの男が生きている限りは、私はここで誰にも必要とされず朽ちていくのだろうか。その様に思っておりましたが、あの十八年間も今の為にあったのだろうかと思えば、まだ耐え忍べます。」


アルベールの十八年間の境遇に、彼がどのような想いを抱いているのか察するに余りある。少しでも理解したいと思うけれど、それよりも伝えなければと思う言葉がある。


「…私にはアルベールが必要です。」


誰にも必要とされないなんて、そんなことは無い。少なくともここに一人、彼を必要とする人間がいるのだと。それだけでは彼の十八年間の空虚感な想いを埋めることは出来ないとしても、少しでも、片隅にでも残れば、と。いつかは彼は私のそばからいなくなるだろうけれど、少しでもその事を覚えていて貰えたら、と。


アルベールは少しだけ、繋いだ手に力を込めた。一度目を閉じゆっくりと開いてこちらを見る赤い目には、何か含まれているような気がする。


「…貴女と初めてお会いした時は、ただ遠くへ逃れることが出来ればよいと思っていたのですが…貴女とお話しをする内に、私には欲しいものが出来てしまいました。」


「欲しいもの?」


なんだろうと気になって問いかけるように繰り返したのだが、アルベールはにっこり笑って流してしまう。それが何かということは答える気はないようだ。


「ただ、このような身ですから…諦めるべきと理解はしているのです。」


アルベールが必要以上に店の外に出ないのも、万が一のことを考えているからなのだろう。相手から見てアルベールの生体反応が消えたというだけで、彼の死を確認した訳では無い。隣国であるからといって、その手が届かぬ場所だという保証もない。

呪いを解いても、彼の身の安全が完全に保証できる訳では無い。先のことを考えれば、彼はまだ自由には出来ないのだろう。


「…いいじゃないですか、諦めなくても。」


アルベールは諦めることに慣れてしまっているのだと思う。十八年間も、囚われてからの三年間も、一度も自由に生きられなかったのだから。


「もしかしたら、呪いが解けて、万事上手くいくかもしれないじゃないですか。」


「…ですが」


「アルベールは本当は、諦めたくないんでしょう。そんな感じがします。だったら諦めなくていいんですよ。ここにはアルベールを押さえつけるような人なんていないですから。」


諦めるべきと理解、は、しているとアルベールは言った。きっと今までもそうだったのだろう。色々なことを諦めさせられて慣れてしまっていたとしても、どこかで諦めたくない気持ちがあったのだろう。本当に全てを諦めているのなら、この黒の森に逃げ込むなんてことはしなかったはずだ。


「ここではアルベールの好きなようにしていいんですよ。あとの事は…あとにでも考えればいいんです。」


こんなことを言っても、彼の気持ちが軽くなることはないだろう。軽く考えられる問題でもないし、無責任かもしれない。

しかし、せめてここにいる間だけでも自由であって欲しい。そして出来ることならばその後も、どうか自由に生きてほしい。私が彼に出来ることは呪いを解くことまでだと思っていたはずなのだが、今はその後も力になりたいと思っている。恐らくそれは平穏を求める私の望みとは程遠い選択肢なのに。


「欲しいもの、すごく気になるんですけど…お金のかかるものならちょっと難しいですが、手に入れるのに私も手伝いますよ!」


アルベールは目を丸くした後、口元を抑えて少し笑った。何か変なことを言ったのだろうかと不安になったのだが、見ればどこか嬉しそうだった。


「…では、勝機が見えれば、貴女にお願いをさせていただきます。」


彼はとても嬉しそうに微笑んでそう言った。その表情を見ると、私も胸が温かくなってとても嬉しくなってしまう。自然と頬が緩んでしまって、きっとしまりのない表情になってしまっているだろう。不思議な感覚だ。

しかし、今の言葉の中にあった勝機とはどういう事だろう。


「…何かと戦ってるんですか?」


「似たようなものでしょうか。中々、守りが堅いと言えばよいのか、躱されてしまっているのか…少々手こずっているのです。」


「はあ…」


なにか動物でも捕まえようとしているのだろうか。益々、アルベールの欲しいものがわからなくなった。しかし、既に何かしら行動を起こしていたということは、やはり諦めたくなかったようだ。


「ここまでお話出来るとは思っておりませんでした。」


アルベールは話を始める前に一言断っていた。話せぬこともある、と。唐突に、それがどういう意味を持っていたのかという認識が変わる。

初めは彼自身が伝えたくない、話したくないことがあるのだと認識していた。しかし、今ここでアルベールは話が出来たと言った。つまり、言葉通りに話すことが不可能なことがある、ということだ。


彼が自分の意思とは関係なく話せないこと。それは彼を蝕む、呪いの影響があるものだ。それは三年間彼を囚え、このような目に合わせた人物のことが含まれているというのは既に知っている事実。そして、アルベールが語ったのは自身とその家族の話だ。


「トモエ、いかがなさいましたか?」


「…いえ。」


アルベールは何気なく口にしただけの言葉だったのだろう。そこから導き出したある推測に動揺してしまった私の様子を不思議そうに見ている。


「…ここまで話してくれたのは何故かなあって、思ったりして…」


嘘は言っていない。動揺してしまった原因ではないものの、この疑問も確かに持っていた。


「貴女に私を知っていただきたいと、存じました。」


しかしこれはこれで、中々動揺させられる言葉だ。まるで口説き文句のような言葉が、この見目麗しい青年からこの平凡極まりない私に向けられてドキリとしてしまう。


「貴女のことも、知りたいと存じます。もし、貴女が私と同じように思ってくださることがあれば、その時はお聞かせいただけると幸いです。」


「えっ?!あ、は、はい…」


本当に口説き文句のように聞こえてしまう。恥ずかしくなって片手で頬を覆う。じんわりと熱くなっているのはアルベールのせいだ。

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