第2話 私と彼が望むこと (5)
夜の森は危険なため、日が落ちる前に小屋に戻らないといけない。落ち着いたので自分の足で帰ることにしたのだが、アルベールは手を繋いだままだった。大丈夫だと伝えたのだが、にっこり笑って流されてしまったのでこのままである。彼はたまに強引だ。
大丈夫だと言ったのは本心なのだが、こうしていると安心する。近くにアルベールが確かにいるということが、繋いだ手から感じられるからかもしれない。彼はここにいる、そう思うと何故か、彼のことをもっと知りたいとふと思った。
「…アルベールはどうやって魔法を学んだんですか?」
「主に書物を読み、独学で学びました。私は母が魔法使いでしたので、母に憧れて魔法に興味を持ったのです。」
独学で学んだというのには違和感がある。母が魔法使いならば態々独学でなくとも、母に師事すればいいのではないだろうか。聞いてみたかったが、アルベールには色々と事情があるというのは今までの会話から察している。
故にこの違和感にも何か事情があるのだろう、知りたいと思ったが土足で踏み込むような真似をする訳にもいかず、言葉を飲み込む。アルベールはどうやらこちらのその様子を察したらしく、少しだけ考え込んだようだ。
「…私に興味を持ってくださいましたか?」
「えっ…と、そ、その言い方は…」
アルベールはこちらを見ながら悪戯げに小さく笑っている。どうやらからかわれているらしい。少しだけムッとして顔を背けると、彼は申し訳ございませんと笑いながら言った。
「少し嬉しくて、つい。話せぬこともございますが、よければ私の話を聞いてくださいますか?あまり良いものでは無いのですが。」
「…聞いていいなら、聞きたいです。」
嬉しくなるようなところがあっただろうかと不思議ではあるが、どうやら話をしてくれるらしい。正直に知りたかったことなので、からかわれたことには目を瞑って小さく頷く。
「私の母は、とても膨大な魔力を持った魔法使いでした。父は…まあ、高貴な身分でして、魔力はほぼ持たぬ方でした。」
彼のその言い方には引っかかるところがあるのだが、今は気にしないでおく。
以前、エイダから聞いたことがある。往々にして魔力は親の強さを受け継ぐが、一方は膨大な魔力を持ち一方は魔力を持たぬ場合、生まれてくる子供は膨大な魔力を受け継ぎながらも、それを受け止めきれる体を生まれてすぐは持てないらしい。成長するにつれて魔力が体に馴染むそうだが、生まれてすぐは体が弱いものが多く、亡くなってしまう子もいるそうだ。
今の話からすればアルベールは、恐らくその膨大な魔力に苦しんでいたのではないだろうか。
「その様子ではご存知なのですね。私は、幼い頃は体が弱かった為、母と離れに住んでおりました。理由は、それだけではなかったのですが…」
そこまで言ってから、アルベールは苦笑いを浮かべる。呆れているようにも受け取れる。
「何故あのような男を好いたのか、未だに母が理解できないのですが…あの男には二人目の正妻がいらっしゃり、母は側妻、貴族の血一滴もその身にひいていなかった為、あまり立場も良くなかったと伺っております。」
「側妻…」
思わずぽかんと口を開いて、間抜け面を晒してしまった。慌てて口を塞いで隠すが、アルベールは小さく笑っている。
元の世界でも一夫多妻制の国もあるのは知ってはいたが、日本では馴染みのなかった為か、まるで映画の話を聞いているような感覚だ。正妻も二人目ということは一人目がいたということだろうか。それが死別なのか離縁なのかはわからないが。
「側妻でしたが、あの男は母を溺愛していました。正妻を蔑ろにして離れに足繁く通う日々…そのようなことが続いていれば、どのような結果をもたらすのかは、誰でも想像がつくでしょう。」
「…それは…」
二人以上の妻を持つ男と結婚なんてしたことは当然ないが、私がその正妻の立場であればいい気はしないだろう。貴族であれば尚更、平民の女にという考えを持ってもおかしくないのではないだろうか。それがどのような牙を剥くことになったかというのは、アルベールの話し方からして想像がつく。
「私が五つの頃、…私は記憶には無く、その出来事を誰も口にしようとはしなかったため、曖昧なのですが…郊外に出ていた私と母が乗る馬車が不運にも賊に襲われ、母は命を落としました。」
想像はついていたが、やはりそれを直接聞くと、胸が詰まる。
「膨大な魔力を持ち、非常に優秀な魔法使いであったにもかかわらず…余程のことがあったのでしょう。私も発見された時には意識がなかったらしく、ただ母に守られるように抱きしめられていたということだけは、後に伺いました。」
「アルベール…」
どう声をかけていいのかわからず、ただ握った手に少しだけ力を込めた。だが、アルベールはただ笑うだけで、悲しそうな様子はない。
「薄情ですが、それを悲しいと思ったことはございません。母の事も、その時の事も…いえ、それまでの五年間の全ての記憶を…私は持っておらぬのです。」
薄情だとは、思わない。五つの子供が受け止めるには重すぎる話だと思う。記憶が無いのは己を守るためであってもおかしくはないだろう。
「その、襲った者達は…」
「これもまた不運なことに、全員、捕縛の際に殺したか、牢獄で謎の死を遂げたかのどちらかです。…ここまでの話からして、正妻が手を回したと、思われた事でしょう。誰もがそう思ったでしょうが、証拠は何一つ無かったのです。」
あまりにも出来すぎた話だ。捕まったものまで死ぬだなんて、都合が良すぎる。偶然とは思えないが、証拠がないのならどうしようもない。
「本当に単なる不運な事件であったのかもしれませんし、正妻が手を回したことだったのかもしれません。その後直ぐに、正妻も原因不明の高熱で亡くなられましたから、今となっては真相はわからないのです。」
アルベールは淡々としている。記憶が無いからか、どこか他人事のようだ。彼にとってはさほど重要な話ではないのかもしれない。
「私の記憶はその後の、離れで一人暮らしているところから始まっております。その頃には魔力も馴染み健康な身体であり、母も、正妻も、もうこの世にはおられなかったのですが…」
「…一人で?」
「ああ、一人といっても使用人はいました。ですが、あの男の不興を買いたくなかったのでしょう、本当に最低限の接触のみでした。」
「どうしてそんな…」
「あの男が、私を目に入れたくなかったのでしょう。私のこの目は、母の色を受け継いでいると伺いました。面立ちも母に似ている私の顔を見ると、あの男は罪悪感に苛まれる、と。」
「まさかそれが理由で…?」
「勿論、理由はそれだけではないでしょう。しかし、馬鹿馬鹿しいと思われるでしょうが、理由の一つであったと存じます。私は十八年間の殆どを離れで一人過ごしておりました。公の場に出たことも数える程しか無く、幼い頃から病弱だということになっておりました。」
アルベールは病弱とは程遠い。強力な魔法を操り、魔法使いとは思えないほど剣の扱いにも長けている。毎日朝早くに起きて鍛錬を欠かさないし、私が作った食事を美味しいと言ってよく食べる。そんな彼が、何故父親だからといってそのような理不尽な扱いを受けなければならないのか。
そんな怒りが顔に出ていたのだろう、アルベールはこちらを見てありがとうございます、と言った。最も怒りを感じているのは彼だろう。彼は父親のことを初めの一度しか父と呼んでおらず、ずっとあの男と表現していたのだから。




