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黒の魔女の拾いもの  作者: 茜菫
本編

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第2話 私と彼が望むこと (3)

テオドールの商談は恙無く終わり、特に変わったこともなく午前は過ぎた。あえて言うならばアルベール狙いの女性客が再び彼を食事に誘おうと頑張っていたくらいだろうか。もはやアルベールが断るところまで見慣れた光景だ、本人が興味がわけばと言っていたので、彼の興味がわくまで頑張るしかないだろう。

何度も断られているというのに、恋する少女とはかくも強きものなのか。そんな彼女を見ていると、彼女が誘って断られたカフェにアルベールと一緒に行くことは多少罪悪感があるのだが、あまり考えないようにしよう。


店を閉めると、予定通り黒の森へ戻って採集に向かう。テオドールからの注文を受けたのもあり、できれば多めに採っておきたい。私は採集用の道具を、アルベールは籠を持って小屋を出た。

薬となる素材の群生場所は森の深い場所になる。そこまでたどり着くまでに魔物に遭遇することもあり、エイダ亡き後一人で採集しに行っていた頃は怯えながら歩いたものだ。私には戦闘能力がないので、できるだけ見つからないように、見つかった場合は即座に逃げるばかりであった。だが今は、アルベールができるだけ魔物を避けて行けるように辺りを警戒してくれるし、遭遇したとしても追い払う、もしくは倒してくれるので本当に助かっている。


「トモエ、向かいのお店に新メニューが追加されたと伺いました。」


「ええ、そうなんですか。それは食べに行ってみないと。」


どれ程かというと、この様な雑談が出来るくらいには安心している程だ。私が営む店の向かいには酒場の様な夜に経営されている店があり、料理もお酒も美味しくてたまに彼と一緒に行くのだが、メニューが追加されていたというのは把握していなかった情報だ。ここ最近は利用していなかったので、その間の事なのだろう。


アルベールは基本的に店からあまり出たがらず、出かけるとなると私と一緒であるのがほとんどなので、どこからその情報を仕入れたのかと不思議に思ったが、今日午前中にやってきていた女性客のことを思い出して納得した。

アルベールは客に対して笑顔で物腰も柔らかく、接する態度も丁寧だ。しかし意思ははっきりと持っているので、受けられるものは責任をもって受けてくれるし、無理なものは無理だと断る。今朝の女性客へも同じだ。


だが、思い返せばアルベールは私の頼みを断ることがなかった。それは私に対して恩を感じているからだろう。元々貴族だろうし、この様な泥臭い仕事を本当は嫌に思っていないのだろうか。


「あの、アルベール。もし私のお願いで嫌な事があれば遠慮なく断ってくださいね。」


断られても困るのは私なのだが、やはり彼の自由を奪うような真似はしたくなかった。アルベールは少し驚いたような顔をしたが、直ぐにこちらを安心させるように微笑みを浮かべる。


「私は、貴女の願いならば何でも叶えたいのです。」


「ありがとうございます…」


気を使って欲しくなくて言ったのだが、逆に気を使わせてしまったようだ。私の曖昧な反応にアルベールは少しだけ苦笑いした。そうしている間に目的の場所にたどり着き、道中魔物に遭遇しなくてよかったとほっとする。アルベールは確かにとても強いし、彼の腕を信頼してはいるが、何が起こるのかわからないのがこの世だ。戦いを避けられるなら避ける事に越したことはない。


「じゃあ、採集しますね。」


「はい、私はここで辺りを警戒しております。」


アルベールが近くにいてくれることに安心しながら、目的の一つである、一見ただの雑草にしかみえない植物の周りの土を慎重に堀り、根を傷つけぬように採取する。上手く採れたら持ってきた、事前に魔力を込めておいた薄手の紙で包み、籠の中に納めていく。地味な作業だ。この植物は根を傷つけてしまうと効力を失ってしまうので、慎重に行わなければならない。故に一つ一つ採集するのに時間がかかってしまう。十分な量を採るのに結構な時間が経っていたようで、慌てて次の素材を採集しにかかった。


夜にしか咲かない白い花の蕾、水辺の常に日陰になる場所に生える苔など。どれもこの黒の森の独特の魔力の影響を受けたものばかりだ。魔法を使って採集出来ればいいのだが、非常に繊細で魔力の影響を受けやすいため、下手に魔法を使うわけにもいかず手作業でなければならない。それらを包む紙も、採取したそれらに影響を与えず長く保管できるように手間暇かけて作られた希少品のため、一枚たりとも無駄に出来ない。無駄にしてもただ私の労力が無駄になったと言うだけなのだが、それは悔しい。


全て十分に採り終える頃には、日が傾き始めていた。作業に没頭するあまり、時間を忘れてしまっていたようだ。


「アルベール、すみません。遅くなりました…」


籠を抱えてアルベールの元へと駆け寄ると、彼はお持ちしますと言って籠を引き取ってくれる。ありがとうとだけ返して素直に受け渡すとそのまま並んで帰路についた。

以前、大した重さでもないし付き合わせていることに引け目を感じて大丈夫だと断ったことがあるのだが、彼も意外に頑固で譲らず、最終的に男に格好をつけさせてくださいとまで言わせてしまったので、できる限り断らずに素直に感謝して好意を受け取るようにしている。


「思ったより時間がかかってしまって…もっと早くできたら良かったんですけど。」


「いいえ。私も魔法使いの端くれ、拝見しましたが貴女の手際の良さは素晴らしいものだと存じます。」


端くれというが、アルベールはそんなレベルではないと思う。魔女の扱うものと一般的な魔法使いの扱う魔法や知識は随分と違うので、彼から見た私の魔法や知識は珍しいものが多いだろうが、共通する部分も多くある。そういったことを踏まえても、アルベールの知識は私を遥かに凌駕するだろう。

なにせ私が魔女の弟子になったのは二年前、しかも魔女直々に教授頂いたのはたった一年だ。それに比べ、彼は一般的な魔法使いでは到底扱えない強力な魔法を容易く扱えるのだから、一年や二年というものでは無いだろう。何よりこれほどの魔力を持つならば、その道を学ばない理由はない。


そんなアルベールよりも私は魔力を持っており、その上魔女の弟子を名乗っている。だが、無知とは言わないが博識とも言い難い。この違和感を彼も感じているだろう。


そんなことを考えていると、アルベールが突然立ち止まったのでつられて立ち止まった。しんと静まり返る中、耳をすませば何処からか地を踏み鳴らす音が聞こえてくる。彼が腰にさした剣に手をかけたので、その音が意味するものを察した。


アルベールがいるから、大丈夫だ。そうは思っていても怖いものは怖い。万が一のために魔法を使える心構えだけはしながら、アルベールがじっと見据えるその視線の先を凝視した。初めは何も見えなかったが、音が大きくなるにつれてその正体が目に映る。それを目にした途端、体が緊張で縮こまってしまった。


見た事のある魔物だった。それはこの世界に来て初めてみた、異形の化け物。個体としてはあの時の魔物とは別物であろうが、種としては同じ魔物だろう。

大きな角と長く巨大な尾、忘れることの出来ない恐怖の対象だ。あの時の恐怖が思い出されて、足から力が抜けその場に崩れ落ちてしまう。

アルベールがその音に驚いたようだが、直ぐに目の前に意識を戻した。興奮した状態で突っ込んできたその魔物に対して、魔法で発生させた強風をたたき込む。恐ろしいほどの速さの風が直撃したことで、肉が抉れ大きな悲鳴をあげて魔物の勢いはそがれた。その隙を見てアルベールが剣で魔物を仕留め、大きな音を立てて魔物の巨体が地に伏す。あっという間のことだった。


「トモエ、いかがなさいましたか?」


剣を収めたアルベールが、崩れ落ちている私の元に駆け寄ってくる。大丈夫だ、と答えたかったが言葉が出なかった。息が苦しくて、目眩がする。むせ返るような血の匂いに、私が大怪我をおったかのように錯覚してしまった。

体が震える。魔物はアルベールが倒してくれたのはちゃんと見たはずなのに、全身を襲う恐怖が私の体を壗ならぬものにしてしまう。


「ご安心ください、魔物は倒しました。私がそばにおります。」


ぶるぶると震える私の手に、アルベールの手が重ねられる。その手の温もりと優しげな声に、不思議と体の緊張が解けていくようだった。

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