第2話 私と彼が望むこと (2)
朝食を終えると、アルベールと分担しながら家事を済ませて王都の店へむかう。いつもの様に扉に魔力を注いで転移魔法を作動させると、アルベールが扉を開いてくれて、彼の手に自分の手を重ねて扉をくぐる。彼がエスコートしてくれるようなこの一連の流れも、初めはあれほど恥ずかしがっていたのに、今では慣れて動じなくなっていた。彼目当てで訪れる女性客が知ったらさぞ羨ましがられるだろうなと思う。
「…下手したら恨まれるのかも…」
「…え?」
「いえ、すみません…独り言です。」
羨ましがられるだけなら、まだ可愛いほうだろうか。本気でアルベールに熱をあげている女性客がいるのは知っている。
「そういえばあの彼女、今日も来るのかな…」
「…昨日の、あの方の事でしょうか。」
昨日、彼を食事に誘おうと懸命に話しかけていた女性客がいた。彼女は昨日だけでなく何度もこの店に足を運んでくれているのだが、恐らくうちの商品に興味は全くない。アルベールへのお誘いは一回や二回ではないのだが、彼は笑顔で応対しながらも、何かと理由をつけて全てお断りしていた。それでもめげない彼女はすごいなと思う。
「気にしてくださっているのですか?」
「ええ、まあ…」
店内でそんなやりとりをするから悪いのであって、決して私が聞き耳を立てていた訳ではない。聞こえてくるのだから、聞いていても仕方がないだろう。そんな言い訳を頭の中でしながら、その時のやり取りを思い出す。
近くに新しくおしゃれなカフェが出来たから一緒に行かないか、というものだった。そこの紅茶とケーキが、それはとても評判がいいらしい。そのケーキがとても気になったから、ついそのやり取りを記憶してしまったのだ。
アルベールは呪いのこともあるから、その誘いを断っているのだろう。名は知らないが、とても可愛い女の子だった。私が男ならあんな子に言い寄られれば悪い気はしない…かもしれない。
「…そんなに離れなければ大丈夫でしょうし、行ってきてみてもいいんですよ。」
「はい。興味がわけば、行くことにいたします。」
言外に行く気は無いと、笑顔で返してきた。なかなか手強いガードである。
「…ケーキの感想を聞かせて欲しかったんですけどね…」
「トモエは、ケーキが気になるのですね。」
アルベールがくすりと小さく笑う。甘味が魅力的なのは仕方がない、抗えない誘惑なのだ。
「…だって、話を聞いていると美味しそうでしたし…アルベールもちょっと気になるでしょう?」
甘味でなくとも食には大いに興味がある。彼も食に対しては興味があるはずだ。朝食から夕食まで私が作っているのだが、いつでもその食事を楽しみにしていると言ってくれている。調子に乗ってクッキーを焼いてみたりなどしたが、それも大層喜んで食べてくれたので甘味にも興味があるはずだ。
「そうですね…ではトモエ、よろしければご一緒しませんか?」
「…えっ、私とですか?」
「はい。私はトモエと共に行きたいのです。」
かわいい女の子の誘いを断って私と行こうなんて、アルベールは変わっている。しかし私と一緒ならば呪いのことも安心であるし、互いをよく知らぬ男女で行くよりは気が楽ではあるだろう。
「あぁ、じゃあ次のお休みとかに行きましょう。ふふ、すごく楽しみになってきました。」
魅惑のケーキと紅茶。まさかアルベールから誘いを受けるとは思っていなかったが、とても嬉しい。彼も私が喜ぶ様子を見てだろうか、小さく笑っている。それを見るとなんだか急に恥ずかしくなってしまった。
「えーっと、お店、開けちゃいましょう。」
誤魔化すように、手早く店を開ける準備をしながら入口の扉を開く。営業中の札をかけようと外に出ると、店の近くに一人の青年が立っているのが見えた。ふわふわとゆるくウェーブした短めのミルクブラウンの髪と、ペリドットのような目をした十七、八歳程の青年。彼はこちらを認識すると、笑顔を向けてくる。
「トモエさん、おはようございます!」
「…あれ、テオドールさん。おはようございます。もしかして、待ってくれていました?」
「ああ、僕が早く来すぎてしまっただけです。」
彼はセオドア・テオドール・アンダーソン。私が作っている魔法薬の常連客だ。あまり詳しく話を聞いてはいないが、何故か自身の一つ目の名前を嫌っているので二つ目の名前で呼んでほしいと言われて、その二つ目の名前を知っている。貴族でなければ二つ目の名の扱いは、割と軽いものだ。
「…あの、今日もお綺麗ですね!」
「は、はあ。ありがとうございます。」
褒められて顔が赤くなりながら、はにかむ。どうも彼は黒髪が大層好きなようで、会えば必ずこうして褒めてくる。私にとっては黒髪は珍しくもなんともないのだが、少なくともこのエールラン王国の王都では私以外に黒髪は見たことがないので、珍しいのだろう。褒められて悪い気はしないが、あまり褒め慣れていないので照れくさくなってしまう。
「…テオドール殿、本日はどのようなご用件でしょうか。」
「あ、アルトさんおはようございます!」
そんな時、表に出てきたアルベールが間に割って入った。彼はあまり自分から店の外に出ることが無いので、珍しい事だ。私がテオドールの言葉に困っているところを助けてくれたのかもしれない。
「アルトさんはいいなあ、俺もトモエさんと一緒に働きたい…」
「…えっと、テオドールさん。ご用件は…」
「あっ、そうでした!いつものお薬を売って欲しくてきました!」
「いつものですね、わかりました。」
テオドールには体が弱い母親がいるらしく、その母に飲ませてあげるものらしい。朝から母のために薬を買いに、店が開くまで待っていたなんて健気な青年だ。営業中の札をかけると彼を店の中に招き入れ、奥に保管してある薬を取りに行く。その間、彼はアルベールと何やら話をしているようだ。歳が近いのもあるのだろう、テオドールはアルベールに親しげだ。
「はい、どうぞ。」
「ありがとうございます!」
薬の包みを手渡すと、テオドールは笑顔でそれを受取った。その際少し手が触れてしまったのだが、彼は大袈裟に照れるものだからこちらもつられて照れてしまう。
「あぁ、トモエさん。」
「はい?」
「この薬を、少しまとめて買いたいのですが…」
こうして薬をまとめて買いたいという話も少なくはない。量を揃えるのに時間がかかる場合もあるので、その辺のことも踏まえて交渉することになる。
「それじゃあ、詳しい話を…」
「その件、よろしければ私が伺います。」
「…じゃあアルト、お願いします。」
アルベールがそこに入ってきた。近い年頃の同性同士、仲良くなってくれるといいと思い、アルベールの申し出通り彼に任せることにする。私とイレーネのように、店員と客という間柄から友人になったように、アルベールとテオドールも友人となればいいなと少し期待している。
アルベールは、私が初めての友人だと言っていた。彼の生い立ちと育った環境により、友人と呼べるような間柄になった人間はなく、なろうとしてくれた人間もいなかったらしい。そんな事を聞いていたから、余計にお節介ではあるが、テオドールに期待してしまう。
アルベールはお任せ下さいと笑顔だ。今までに何度か一緒にこの手の商談はしているし、彼に任せたこともある。今までの経験からしても、彼は十分に任せられると信頼に足る。少しだけテオドールが残念そうに見えたのだが、テオドールからすれば値段交渉は私の方がやりやすかったのかもしれない。




