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黒の魔女の拾いもの  作者: 茜菫
本編

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第1話 私と謎の青年 (10)

ダイアナにからかわれながらアルベールの服をなんとか入手した後、他にも生活の上で必要なものを買い揃えるために街を歩いていた。荷物のほとんどはアルベールが持ってくれているので、私は軽いものを少し持っているだけだ。


大怪我を負っていたのはまだ昨日のことなので、心配していたのだが、アルベールの言葉とその様子から、本当に魔女の薬のおかげで怪我はほとんど治っているようだった。これ程の効果があるのなら、あのトドメを刺さんとする様な悪臭を放つ薬も、改良を重ねれば売り物になるのではないだろうか。


うちの店の売り物は、殆どが魔法絡みのものだ。魔法の加護をかけたアクセサリーや生活用品等の雑貨がよく売れはするが、一番の収入源は、一見さんには売っていないが、魔法がかった栄養剤やら傷の治りを早くする薬やら、そういったものが大きい。

しかし、魔女の弟子と知られるわけにはいかないし、何より素材の入手がとても困難なので、流石に店で扱うには無理があるかもしれない。そういえば、アルベールに使ったもので貯蓄はきれてしまったのを思い出して、また取りに行かねばならないと気が重くなった。


「他に何か欲しいものはあります?」


「いいえ、これ以上を頂くわけには参りません。」


先程から繰り返しているやり取りだ。欲しいものを聞いてみても、アルベールは遠慮して何も言わないので、私が必要そうだと思ったものを買ってはそれを彼が持ち、…これで何度目になるのだろう。私が同じ立場であっても彼のような反応になるだろうから、気持ちは分かる。


仕方なくそのまま歩いていると、アルベールがある店に目を止めた。つられてそちらを見ると武具を取り扱う店だった。


「もしかして、武器も使えるのですか?」


「…はい、主に剣を。」


膨大な魔力を持ち、水瓶で覗いた様子から相当の魔法の使い手であると思っていたが、その上武器まで使えるとは。森で襲われていた時に武器は持っていなかったが、二人の武装した相手からなんとか逃げて来たのだから、よほど鍛えているのだろう。

アルベールと同じく、いやそれ以上に膨大な魔力を持ち、魔女から魔法を教わったという私は、残念ながら元々ほとんど運動もしなかった身、たとえ魔法が使えようとも、戦闘能力は限りなくゼロに近い。この雲泥の差、情けなくなる。


「得手不得手というものがございますから。」


「…不得手はあっても得手はないですけどね…」


顔に出ていたのだろうか。アルベールは気を使ってそう言ってくれたが、得手と言えるようなものも、正直なところ思い当たらない。


「武器が扱えるなら、何か一つ持っておいた方が安心ですよね。」


「いえ、しかし…」


「これは未来への投資ですから!」


アルベール自身がまだ安全という訳では無いのも理由の一つでもあるが、私の目論見は他にもある。

店の一番の収入源である薬の材料は黒の森で採れるものばかりで、戦闘能力がほぼゼロに近い私は、いつもビクビクしながら採集にいっているのだ。だが、彼がそばにいてくれるのであれば、その恐怖も和らげることが出来るのではないか。アルベールが戦えることは、昨日しっかりと覗き見した。


そんな魂胆を隠しながら戸惑う彼の腕を掴んで、店の中に引っ張っていく。最初こそ遠慮していたものの、買うことを譲らないこちらの様子を分かってくれた頃には、熟考しながら武器を選んでいた。

アルベールが選んだのはシンプルな剣だ。武器のことは分からないが、お値段は安価ではないが高価でもないものだった。


店を出ると、空が茜色に染まっていた。買い物を済ませたらアルベールが行きたいところへ行こうと思っていたのだが、すっかり時間が過ぎてしまっていたようだ。


「買い物だけになってしまいましたね。本当は色々と行きたかったんですけど…」


「いいえ、十分に楽しませていただきました。ありがとうございます。…まさか私が、このように堂々と街を歩く事ができる等、夢にも思いませんでした。」


それは、囚われていたからというだけでは無いのだろう。赤く染まる街並みを眩しそうに眺めながら、ほんの少しだけ口元に笑みを浮かべているアルベールを、綺麗だと思う。

彼は、私が想像もできないような苦労をしてきたのだろう。何かを言おうと口を開くが、うまく言葉が出てこない。なんと声をかけるべきなのか分からないまま、結局その口を閉じた。


平穏に暮らしたい、それは今でも思う。同時に、私と同じように何にも脅かされない平穏な日々を、彼にも過ごしてほしいと思う。平穏を望むなら嵌ってはいけない深みに、足を突っ込みかけている気がした。


それからはお互い何を話すでもなく、ゆっくりと歩いて戻った。王都に来た時と同じように、手を重ねて黒の森の小屋に帰る。うっすらと暗くなっていて、アルベールを見たのは昨日の今頃だったなと思い出す。


「ただいま。」


異世界に来て二年経っても、やめることが出来ない習慣である、帰宅の挨拶をすると、今朝と同じようにアルベールは不思議そうな顔をした。これも故郷の習慣だと説明すると、アルベールも同じように倣ってくれる。


「ただいま。」


「…おかえりなさい。」


エイダも、どうしてもやめられなかったその習慣にあわせてくれて、おかえりと出迎えてくれたものだ。彼女には本当に多くの恩がある。そんなエイダが私に遺した言葉を、ふと思い出す。


『あなたが私に恩を返したいというのなら、もしあなたに助けを求める人が現れた時に、その分助けになってあげなさい。』


エイダはいつかそんな人間が、アルベールがここに現れることを予見していたのだろうか。エイダ亡き今となっては、その言葉の真意はもう分からない。


「トモエ…ありがとうございます。私はこれ程救われているというのに、何一つあなたに返せるものがございません。」


アルベールは荷物を机の上に置き、こちらに改めて向きなおりそう言った。まっすぐに見つめてくる赤い目が、私を映す。


「…アルベールが私に救われたというのなら、私もアルベールに救われています。」


何故ここにいるのか、その答えが欲しくて魔女の弟子となった。彼女が跡を継いでくれればと、そう言ったから。だが、エイダが死んで彼女の庇護を失い、この世界に一人放り出されたような気がしていた。

ここにいる理由が欲しかった。でなければ今でも泣き叫びたくなる時がある。何故このような目に遭わなければならないのか、何故帰れないのか、何故ここにいなければならないのか。

その感情から目をそらすために、エイダのあとを継ぐことに必死に縋り付いていた。これ以上心を乱すような出来事があれば気が狂ってしまうのではないか、だからこそ平穏に暮らしたいという願望が強かった。


アルベールの言葉に、どんな理由であれ必要とされていると、だからここにいるのだと思えた。救われたような気分だった。私は、己の願いのために彼のその願いを利用しているようなものだ。彼が私に助けを求めざるを得ないこの状況に私の存在価値を見出すなんて、酷い人間だ。


「私達は対等です。先ずは友人になりませんか。」


そう言って右手を差し出す。アルベールは驚いたように目を丸め、差し出した手を見た。突然の申し出に戸惑っているようで、口を開いては何も言葉を発することなく閉じるを何度か繰り返している。


「私は、友人としてあなたの力になります。できる範囲で、ですけど。だから、アルベールも友人として、私を助けてください。」


「私が…貴女を助ける…?」


「そうです、私にはアルベールの助けが必要ですから。」


アルベールは私が差し出した手をただ、じっと見つめていた。彼は何を感じ、何を考え、何を思うのか。魔女の弟子といっても人の心をのぞく魔法などないのだから、それは分からない。

ややあって、その手をアルベールの手が握った。見れば少しだけ、ほんの少しだけ照れくさそうに、アルベールが笑っていた。

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