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黒の魔女の拾いもの  作者: 茜菫
本編

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第1話 私と謎の青年 (9)

その後、珍しく入れ代わり立ち代わりで客が絶えること無く、アルベールと話が出来るようになったのは、約束のあったお客との商談を終えて落ち着いた頃、丁度店を閉める昼であった。営業中の札を下げて扉を閉め、一つ息を吐く。


「アルベール、あの、すみません…」


「いかがなさいましたか?」


「成り行きとはいえお店のお手伝いをさせてしまって…あぁいや、それよりも…偽りの名で呼んでしまって。」


本当は、店を開けている間は二階で待っていてもらおうと思っていたのだ。なのに、こんなに事になるなんて。

アルベールの客への対応はとても受けがよかった。特に女性の客に。こんな美青年が笑顔で丁寧な受け答えをしてくれるのだから、無理もない。

その結果が新しい店員アルトとしての存在を確立する事なり、まさかイレーネとのやり取りがこんな事になるとはと後悔する。だが、彼は嫌な顔一つせずにっこりと微笑んだ。


「いいえ。寧ろ、ありがとうございます。アルトをトモエに頂いた三つ目の名として、大切にいたします。」


そう言われると尚のこと、もっとよい名にすればよかったと思う。イレーネの前でアルベールと呼ぶわけにはいかず、名を言いかけて途中で止めて、アルト。確かに外で呼ぶ名がある方がいいのだが、こんなことなら事前に仮の名を持つことを提案し、ちゃんと決めていればよかった。


「あと、アイリーンの事ですけど…」


過ぎたことを今更言っても仕方が無い。話を切り替えて、アイリーン、これからはイレーネと呼ぶことになったのだが、彼女との関係性についてアルベールにきっちり話をしておかなければならない。だが、アルベールは彼女の名が出るや否や、あからさまに目をそらす。


「…先程は、お二人のお邪魔をしてしまい…申し訳ございません。記憶に留めぬようにいたします。」


どうにも、アルベールはイレーネと私が将来を誓い合うほどの仲だと思っているようだ。その二人の二つ目の名を伝え合う場に立ち会ってしまった、聞いてしまった、そういった罪悪感を抱いてるといったところか。イレーネと私は、同性なのだが。


「アルベールは貴族でしょう。」


そう言うと、アルベールは驚いたように目を丸めてこちらを見た。私に事実を隠すつもりは無いようだが、何故今の話でそこに至ったのかが不思議なようだ。


「貴族と平民とでは、二つ目の名の扱い方が違うそうですよ。」


私はこの世界の人間ではないし、二つ目の名前を持っていないので、その感覚を正確に理解している訳では無いが、エイダから教わったこの世界の常識としてはそうだ。その扱い方の差について話すと、アルベールは口元に手を当てて驚いているようである。


「…なんと、そのような差があったのですね…」


「なので、私とアイリーンは友達ですよ。…変な勘違い、していません?」


そう言うと、アルベールは苦笑いした。やはり、勘違いしていたらしい。ひとまず誤解が解けて何よりだ。


「まずは何にしても服、服を何とかしましょう。」


店を出て、仕立て屋に向かう。その道中、アルベールは珍しそうに街並みを眺め、時折目に映った気になるものについて質問してきた。それに答えながら、知らぬことの多いその様子を不思議に思う。


「アフロートとは随分違うんですか?」


「いえ、恐らくそれほど違いはないと存じます。ただ…」


彼はなにか言いかけて淀む。あまり聞かれたくないことだったのだろうか。気を悪くしてしまっただろうかと少し不安になり、それが表情に出てしまったかもしれない。アルベールは小さく笑った後、ぐるりと街並みを一瞥して口を開いた。


「お恥ずかしながら、私の存在はあまり好まれないものだった為、外に出たことが殆どなかったのです。」


どうやら、色々と訳ありのようだ。察するに、複雑な家庭環境であったために、あまり良くない扱いを受けていたということだろう。その上に三年間も囚われ、呪いを受け、大怪我を負い追われる様な酷い目にあったとは、とても不憫だ。


「…これからは色々と行ってみましょう。」


「ありがとうございます。」


そう言うと、アルベールは少し驚いたような表情を浮かべた後に、嬉しそうに小さく笑った。

二十一歳といっていたが、三年間ほとんど意識がなかったのなら、精神的にはまだ十八歳の頃のままに近いだろう。本来ならば己の自由に得られるはずだったその三年間を理不尽に奪われ、己の故郷から離れざるを得なくなったこの状況でも、こうして笑ってみせる彼の心境は、どのようなものなのだろうか。

気にはなるが、私達はまだ知り合って間もなく、親しい間柄とは言えない。事情を詮索するつもりは無いので、この話はここで打ち止める。


再び、目に付いたものについて質問してくるアルベールに答えを返しながら歩いていると、いつの間にか目的の仕立て屋に着いていた。中に入ると、馴染みの店員が店の奥から出てきたので、挨拶する。


「ダイアナ、こんにちは。」


「あら、トモエじゃないかい。今日はどうしたんだい?」


歳は三十過ぎた頃だろうか、王都に来てからずっと世話になっている仕立て屋の女性だ。色々と注文の多い私の要望をできる範囲で叶えてくれるので、ここを馴染みに使わせてもらっている。


「今日は私じゃなくて、彼の服を仕立てて欲しくて。」


「アルトと申します。」


アルベールは先程の名を名乗ると一礼した。ダイアナはその様子を見ておや、と驚いた声をこぼす。


「随分といいところの方のように見えるねえ。」


今まで多くの客と接してきたからだろうか、どうやらアルベールのその仕草でそう感じ取ったようだ。たしかに私の目から見ても、アルベールの動作はとても上品だと思う。


それにしても、先程決まったばかりの名をこれ程自然に扱えるとは驚きだ。私ならばどこかでぼろを出しそうになるだろうに、アルベールは本当によく出来る人だ。


「…色々と事情がありまして。身一つのみで一着も服を持ってなくてですね…無理を言うのですけど、なんでもいいのですぐに着られるようなものはないでしょうか?その上で、改めて何着か仕立ててもらいたいのです。」


ダイアナはそれを聞くと、ほんの少しだけ目を細め、からかうような笑みを浮かべた。嫌な予感がしながらも、無理を言っている自覚はあったので黙って言葉を待っていると、彼女の口からはとんでもない言葉が飛び出してくる。


「あらまあ、駆け落ちでもしてきたのかい?」


「駆け…?!」


想像もしていなかった言葉に慌てた。ぶんぶんと両手を振って全力で否定するが、ダイアナはイタズラげな笑みを浮かべていた。


「全く違います!ダイアナ、からかわないでください…」


どうにも、この二十五年間そういった浮いた話とは縁がなかったため、自分のことでこのようにからかわれるのは苦手だ。羞恥で顔に熱が帯びているのがわかる。アルベールはというと、ただ微笑んでいるだけで肯定も否定もしない。その落ち着きを分けて欲しいものだ。


「あらそうかい、残念ねぇ、トモエにもやっと春が来たのかと思ったのに。」


「私は、そういうのはいいんです…とっくにいき遅れてますし…」


この世界の女性の結婚適齢期は、十五から二十歳程だ。残念ながら、この世界に来た時点で過ぎ去っている。貰い手がないだろうというのもあるし、どこかで未だ元の世界に戻れるのではないかという希望を捨てきれずにいるのもあるのだ。


「残念ねぇ。」


ダイアナは、いいところの誰かと平民が駆け落ちというスキャンダラスな話ではなかったことが、非常に残念そうだ。私も非常に残念である。

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