end
「これ、前もらったテディ・ベアに、仕込んでたの?」
「そう。チロルを撮ってるのと同じカメラが入ってたんだよ」
だからあのベアは、大きさのわりに重かったんだ。私はいまさらながらに気づいた。
幹直君が隣に座ると、ベッドのスプリングが大きくきしんだ。身構える間もなく、私はいとも簡単に、彼に押し倒されてしまった。
「ずっと、茜ちゃんのこと見てたんだ」
彼はずっと、私のことを見ていた。
だから、私のことを良く知っていた。貸してくれた本だって、私の好みを知っていたからこそ選ぶことができた。部屋に運ばれたご飯の内容も。ベアを抱きしめて眠った時の寝顔も、着替えている時の下着姿も。
私がどんな男性を好きになるのかも。
「いつから、私のこと知ってたの?」
「ずっと、前から」
あのコルクボードには、出会う前であるはずの、幼いころの私の写真まであった。ずっと、と重く響く言葉が、塾で出会う前からだとすぐにわかった。
「僕のこと、好きになってくれて嬉しかった。茜ちゃんに好きになってもらえるように、頑張ったんだ。大変だったよ」
私の上に覆いかぶさり、見下ろしてくる幹直君。彼は私の理想の人そのものだった。王子様があらわれたと、本当に思っていた。
「チロルに会わせるって誘ったのは、嘘?」
「そうだよ」
私の興味をひくためだけに、犬を飼っていた。悪びれる様子もなく、幹直君は笑う。頬を撫でられ、私は身体がびくりと震えた。
胸がどきどきしていた。でもこの鼓動の早さが、いつものときめきではないと私にはわかる。押さえつけられた手首がふるえていた。
「茜ちゃん、こわいの?」
私は答えられなかった。ふるえてしまいそうなる唇を、噛んでこらえていたからだ。だから一言も、喋ることができなかった。
「こわいよね。ずっと自分が見てると思ってたのに、本当は自分が見られてたんだから」
彼は私が、自分のことを事細かに調べていたこともすべて知っていた。知っていて、知らないふりをしていた。そして彼のことを少しでも多く知ろうと動きまわる私を、影からずっと、見ていたのだった。
私は昔、彼に会ったことがあるんだろうか。考えても、まったくわからない。私が幹直君のことを知ったのは、塾で会った時。その前なんて知らない。誰かわからない。
でも彼は、私のことをずっと見ていたんだ。
「茜ちゃんが、ずっと欲しかったんだ」
そう呟いて、幹直君は私の首筋に顔をうずめた。唇が鎖骨に触れて、私は肌が粟立つのを感じた。覆いかぶさる大きな身体が、強い力で私を押さえつける。とてもじゃないけど敵わない。逃げることなんてできなかった。
その大きな身体。力強い手。私を見つめるうっとりとした瞳。熱っぽく上ずった声。
とても恋しかったはずの彼が、今、とてもこわかった。
私が幹直君を好きになったんじゃなかった。
彼が私に、好きになるように仕向けていた。
私は気づいたのが遅かった。
「やめて……!」
悲鳴をあげても、誰にも届かない。助けを呼ぼうとした私の唇を、彼の唇がふさぐ。
こんな人知らない。私が知っている幹直君はこんな人じゃない。けれど私を押さえつけている彼は、私が恋焦がれていた理想の王子様そのものの姿をしていた。
彼は私の耳朶に濡れた唇を寄せ、囁いた。
マイ
スウィート
スウィート
スウィートハニー
今日から君は僕のもの。
END