4:鉄クズの姫
旧大坑道での発掘作業をガルムたちに任せ、俺とレオはバルドの最下層、ゴミ捨て場に隣接する一角を歩いていた。
腐臭の漂うエリアには似つかわしくない、甲高い金属音が響いてくる。
「ここだ、ノアの兄ちゃん。このバラック小屋が工房だよ」
レオが指差した先には、歪なトタンと廃材で継ぎ接ぎされた小屋があった。
周囲には、剣や鎧といった真っ当な武具ではなく、大小様々な歯車、バネ、ひしゃげた真鍮の筒などが山のように積まれている。
(……なるほど。確かに『鉄くず』だな。普通の世界の住人からすれば)
俺は無造作に小屋の扉を開けた。
むせ返るような機械油と鉄の粉塵の匂い。
薄暗い室内では、作業台に向かって火花を散らしている小柄な影があった。
「邪魔するぞ。あんたがギルドの偉いさんを殴って左遷されたっていう——」
声をかけた瞬間、作業台の影が弾かれたように振り返り、手に持っていた重いスパナを俺の顔面めがけて全力で投げつけてきた。
ヒュッ、と風を切る音。
俺は首をわずかに傾けてそれを躱す。スパナは背後の壁に深々と突き刺さった。
「……挨拶代わりにしては物騒だな」
「帰んな! 本国の職人ギルドの犬め! 鉄くず叩きに落とされた女を、まだ笑いに来たのか!」
煤と油にまみれた防塵ゴーグルを外し、こちらをキッと睨みつけてきたのは——屈強なドワーフの親父などではなく、まだ十代後半に見えるドワーフの『少女』だった。
灰色の髪は無造作に束ねられ、小柄だが体幹のしっかりした体つきをしている。 その瞳には、世間への強烈な怒りと警戒心が宿っていた。
「……女? なんだ兄ちゃん、偉いさんを殴ったって聞いてたから、てっきり厳ついオッサンかと……」
レオが目を丸くする。
俺は壁に刺さったスパナを引き抜きながら、彼女の言葉の端々から状況を察した。
『女が打った鉄に精霊は宿らない』——職人ギルドにはびこる、くだらない伝統と形式主義。
どれだけ腕があっても、女というだけで真っ当な鍛冶仕事をさせてもらえなかったのだろう。
「安心しろ。俺は職人ギルドの人間じゃないし、あんたを笑いに来たわけでもない。ただの客だ。名前は?」
「……ヴィンデールだ。アタシに客? 馬鹿言ってんじゃないよ。こんなガラクタばっかり作ってるアタシに、剣の注文なんか来るわけ——」
「剣なんて野蛮なものは頼まないさ。俺が興味あるのは、お前が作っている『これ』の方だ」
俺は作業台の端に丸めて捨てられていた、油まみれの羊皮紙を一枚拾い上げ、広げた。
そこには無数の歯車とピストン、そしてシリンダーを組み合わせた複雑な機構が、緻密な計算式とともに描かれていた。
ヴィンデールの顔色が変わる。
「おい、気安く触るな! どうせ『魔力も使わない子供のオモチャ』だって笑うんだろ! ギルドのクソジジイ共みたいに、暖炉に放り込む気か!」
「オモチャ? 冗談を言うな。これは『蒸気を動力とした連続回転機構』……つまり【魔導機関】の設計図じゃないか。しかも、動力伝達のロスを極限まで減らすために、遊星歯車の概念まで組み込んである」
俺が淡々と図面を読み解くと、ヴィンデールは目を大きく見開き、ハンマーを握る手を止めた。
「な……なんで、アンタがそれを……!? 身なりのいいコートを着た男が、なんで熱伝導の計算式や歯車の比率を読めるんだよ!?」
「英雄だの騎士だの、そんなのはただの肩書きだ。俺は元々、十二歳で軍に放り込まれてから、後方の輜重部隊でずーっと物資の輸送計算や馬車の車軸の耐久度計算をやらされてたんでね。剣を振るより、帳簿と図面を見ていた時間の方が長いんだ」
これは紛れもない事実だ。
前線で華々しく戦う勇者たちの裏で、俺はいかに少ない魔力と物資で効率よく軍を回すかという、泥臭い兵站の最適化ばかりを考えていた。
だからこそわかる。
この図面を描いたドワーフの少女が、どれほどの天才かということが。
「完璧な図面だ。だが、一つだけ致命的な欠陥がある。蒸気を生み出すための『熱源』だ。普通の薪炭では火力が足りない。かといって魔法使いをずっと横に立たせておくわけにもいかない。だから実用化できず、行き詰まっていた」
図星を突かれたヴィンデールは、悔しそうに唇を噛んだ。
「……そうさ。高価な魔石を買う金もないアタシには、どうしようもなかった。あのクソジジイ共は、これを『女のヒステリーが産んだゴミ』だって笑って燃やそうとした。だから顔面をぶん殴ってやったんだよ」
彼女の声が震えていた。
才能を否定され、性別で蔑まれ、すべてを奪われた技術者の、血を吐くような執念。
素晴らしい。
こういう手合いは、一度火がついたら絶対に裏切らない。
俺は懐から、先ほど旧坑道で拾ってきた『魔喰石』をゴトリと図面の上に置いた。
「——なら、このゴミを使って世界を見返してやろうじゃないか」
「なんだい、この黒い石は?」
「旧大坑道に大量に埋まっている『魔喰石』だ。周囲の魔力を吸い取る性質がある。ヴィンデール、お前の技術で、この石を精製・加工する炉を作ってくれ。こいつを『魔力を蓄積し、一定の熱量で放出し続けるバッテリー』に作り変えるんだ」
ヴィンデールはしばらく魔喰石を見つめ……やがてその意味に気づいたのか、ガタッと作業用の椅子を蹴り倒して立ち上がった。
「アンタ、正気か!? もしそんなことができたら……魔法使いがいなくても、アタシの機関が無限に動き続けることになるんだぞ……!」
「その通りだ。剣を打てないなら、時代そのものを打てばいい」
俺は彼女に手を差し出した。
「俺が今日立ち上げたギルド『ネクサス』の技術開発長としてお前を雇う。研究資金も素材も俺がいくらでも引っ張ってきてやる。職人ギルドが束になっても敵わない、魔導工業の最前線をお前に任せたい」
油と煤で汚れきった工房の中で、ヴィンデールは俺の手と俺の顔を交互に見つめた。
そして、その目からポロポロと大粒の涙をこぼしながら、油まみれの小さな手で俺の手を力強く握り返してきた。
「……やってやる。やってやるよ! アタシを笑った連中全員の度肝を抜いて、土下座させてやる!!」
こうして俺は、のちに大陸全土の技術体系を根底から覆すことになる『稀代の魔導機関士』を、たった一個の黒い石ころで手に入れたのだった。




