3:魔導産業革命の種
「そら、休んでる暇はねえぞ! 水路の泥を掻き出せ! 次の土嚢を持て!」
薄暗い旧大坑道に、怒号とツルハシを振るう音が響き渡る。
声を張り上げているのは、昨日までスラムで住人からみかじめ料を巻き上げていたゴロツキ集団『黒犬』の元ボス、ガルムだ。
彼は今、泥にまみれながら誰よりも率先して重い岩を運び、他の作業員たちを指揮していた。
昨日、俺の圧倒的な武力の前に屈した彼らだったが、現在の行動を支えているのは恐怖だけではない。
昼休憩に支給された肉入りの熱いシチューと白パン。
そして「ノルマをこなせば、明日の食事の質はさらに上がる」という明確な評価制度だ。
暴力と飢えの世界で生きてきた彼らにとって、努力が即座に成果(食事)として還元される環境は、何より強力なモチベーションになる。
「水路の泥さらい、あらかた終わりましたぜ。これで地下水が引いていくはずだ」
片腕が義手の初老の男、バーツが報告に来る。
彼はかつてこの鉱山で働いていた元・現場監督だ。
片腕を失いスラムに落ちぶれていた彼を、俺は現場の技術顧問として抜擢した。
「ああ、ご苦労。……水が引いたな。塞いでいる土砂を退かせ」
俺の指示を受け、ガルムたちが木材をテコにして坑道の奥を塞いでいた巨大な岩を動かす。
ズズン、と重い音とともに風穴が開き、何十年も閉ざされていた坑道の深部が姿を現した。
案内役のレオが、ランタンを掲げて中を覗き込む。
「……なんだこれ。ノアの兄ちゃん、魔鉱石なんて一つもねえぞ。あるのは……た
だの黒い石ころの山だ」
レオの言う通り、奥に広がっていたのは光り輝く魔鉱石の鉱脈ではなく、黒ずんだ不気味な岩の山だった。
バーツがそれを見て、忌々しそうに眉をひそめる。
「こりゃあ『魔喰石)』の廃棄山ですな。周囲の魔力を吸い取って魔道具を狂わせるから、昔の採掘者も奥へ押し込んで捨ててたんです。……ノア様、こりゃハズレですぜ。こんなゴミ、銅貨一枚の価値もねえ」
作業員たちの間に、あからさまな落胆が広がった。
無理もない。彼らにとって価値があるのは、剣や杖の材料になる「魔力を放出する石」だけだからだ。
だが、俺はランタンの光に照らされたその黒い山を見て、思わず口角を上げていた。
歩み寄り、拳大の『魔喰石』を一つ拾い上げる。
ずっしりとした質量と、手から微量の魔力を吸い上げる独特の感触。
間違いない。
「……バーツ。お前にはこれがゴミに見えるか?」
「へえ。触るだけで魔力を吸われる厄介な石ころです。職人ギルドの連中も『加工できない呪われた石』だと見向きもしやせん」
「だろうな。連中は『放出』させることしか頭にないからだ」
俺は石を一度軽く放り投げ、再び受け止めた。
かつて俺は魔王軍との果てしない戦いの中で、補給物資の枯渇に何度も苦しめられた。
その時、俺が喉から手が出るほど欲しかったのは、使い捨ての魔石ではなく……『魔力を蓄積し、再利用できるバッテリー』だった。
「いいか。これは魔力を『喰う』んじゃない。『貯める』んだ」
「貯める……?」
「そうだ。この石を精製して純度を高めれば、無限に魔力を充填できる『魔力蓄電池』のコアになる。これがあれば、高価な魔法使いや使い捨て魔石に頼らずとも、誰でも大型の魔導機械を動かせるようになる」
坑道内が、しんと静まり返った。
俺の言葉の技術的・経済的な意味を正確に理解できた者はいないだろう。
だが、俺が「このゴミの山が世界を塗り替える」と確信している空気だけは伝わったはずだ。
既存の国家や商人ギルドは、高価な使い捨て魔石の利権に依存しきっている。
もし俺たちが、この『魔喰石』を使った蓄電池と、それを動力源とする『魔導機関』を確立すればどうなるか。
交通、物流、建築。すべての産業構造が根本から覆り、この見捨てられた街が新たな経済の心臓部になる。
「よし。今日からこの黒い石をすべて地上へ運び出せ。俺たち『ネクサス』の最初の輸出商品だ」
「お、おう……! よくわからねえが、これが金になるんだな!」
「ノア様がそう言うなら間違いない! 野郎ども、気合い入れろ!」
ガルムたちの雄叫びとともに、作業員たちが熱狂的に黒い石を運び出し始める。 俺は満足げに頷き、傍らに立つレオに視線を向けた。
「さて、素材は揃った。だが俺はあくまで仕組みを設計する人間だ。これを精製し、実用的な『魔導機関』へ組み上げる本物の技術者が必要になる」
「技術者?」
「ああ。既存の職人ギルドの形式主義に馴染めず弾かれたような、腕は確かだが世間に見放された異端児だ。この街に心当たりはないか?」
レオは少し考え込み、ピクリと猫耳を動かした。
「……一人だけいる。街の端の工房に住み着いてるドワーフだ。ギルドの偉いさんを殴って、この街に流れてきた偏執的な技師だよ」
俺は口角を上げた。
「完璧だな。明日、そいつをスカウトしに行くぞ」
瓦礫に埋もれていた『資源』は見つかった。
次は、社会から弾かれた『才能』の発掘だ。




