11 機械の瞳の女
新登場人物
エレーナ:白に近い金髪、機械の輝く眼球を持つ美女。夜の店の女。マインドブーストされた改造人間。
1,捕虜が軟禁されているホテル、朝
広いベランダに机とデッキチェアが並び、ボー・クロスメリが座って本を読んでいる。
彼の机の上には切ったトマトとワインのグラス。
青年は少し塩を振ると、トマトを一切れ口に入れる。
がっしりした大男、ペドロ・チュルカが入ってくる。
男は落ち着かない様子で景色を見ていたが、複数の兵士に監視されている状況に気が付いて舌打ちする。
ペドロ「ボー、あんたは捕虜になって何とも思わんのか」
ボー「考えても仕方がない。状況に順応するだけだ」
そう答えて、少しだけワインを口に含む。
彼が普段飲んでいたようなものとは比べ物にならない安物だ。
ペドロ「本当にイライラするぜ、敵兵が常に監視してやがる」
ボー「捕虜なんてこんなものだろ」
ペドロ「親父のカルテル……おっと、製薬会社が黙っちゃいないぜ。こんなコロニーいつでも」
ボー「強襲が来たら僕らは殺される。あがいても無駄だよ」
ペドロ「やることが無さすぎなんだぜ、体を鍛える以外にすることがない」
ボー「本でも読んだらどうだ」
ペドロ「興味ねぇよ」
男は青年の言葉に肩をすくめて、テラスを出て行ってしまう。
ため息をつく青年。
通信が来る。
データパッドを手に取った。
ボー「トーマス・アレン将軍?」
アレン「ボー・クロスメリ、不自由はないかね」
ボー「不自由しかないというべきですが」
アレン「君に相談があるんだが、ある程度の待遇改善の代わりに、君に企業連合の軍事情報を教えてもらいたいのだ」
ボー「僕に味方を売れと?」
アレン「ワインとトマトをもう少し上等なものにできるが。トマトは天然物を栽培している農家がいる」
ボー「その程度では……」
アレン「ある程度の行動の自由を認めよう。三番コロニーは歓楽街があって美しい女性も多い、金持ちが捨てた奴隷なども多いのでね」
ボー「クロスメリ家では奴隷なんて使ってませんよ」
アレン「君の家がそうであっても、他の貴族は違う。醜い現実かもしれんが、君にとっては憂さ晴らしになるだろう」
ボー「……まあいいでしょう。ただし、ペドロも連れて行くという条件です。僕だけ行くと抜け駆けだと言われる」
アレン「いいだろう。ただし、ペドロ君にも協力を頼んでくれ」
ボー「僕が知ってる情報は限られていますよ、あまり期待されても困りますが」
アレン「君が知っている範囲でいい。とにかく、契約は成立だな」
ボー「ええ」
通信が切れる。
ペドロ「ボー、話は聞いたぜ。面白そうな場所に連れて行ってくれるんだな」
いつの間にか、背後にペドロが立っていた。
ボー「盗み聞きか?」
ペドロ「大声でしゃべってたくせに何言ってやがる」
ボー「君にも協力してもらうぞ」
ペドロ「ああ、いいぜ。どうせ、俺のうちはあんたの所と違って、純粋な軍事企業じゃないからな。大したことは知らん」
2,売春宿
ボーとペドロは十人程の兵士に囲まれて歓楽街に行く。
通りすがる人々は憎しみのこもった目で睨みつけたり、唾を吐いたりするが、兵士の銃が怖くて何もしない。
ボー「ペドロ、気を付けてくれ。僕らは凄く恨まれてるからね」
ペドロ「ああ、大丈夫だ」
ペドロは返事はするが、心ここにあらずといった雰囲気だった。
店は小さなホテルを改造したような場所だった。
派手なネオンもなく、一見事務所のようだが、店に入ると内装は雰囲気があった。
揉み手の小柄なオーナーが出てくる。
オーナー「評議会から話は聞いておりますよ、遠慮せず、好きな子を選んでくださいな」
男が合図すると五人の下着姿の女性が現れる。
そのうちの一人の女は体にサイバーパーツがあり、瞳がメタリックに光った。
ボーは彼女を見つめる。
オーナー「へへへ、この子がお気に入りですか、名前はエレーナです」
ボー「ん、ああ、そうだな」
ペドロを見ると両脇に女性を抱えて奥の部屋に行くようだ。
ボーは機械の瞳の女を連れて行く。
3,ベッドの部屋
ボーと女はベッドに腰掛けた。
ボー「君、名前は」
機械の瞳の女「私はエレーナ。お客さん、話がしたいの?」
ボー「そうだね、少し。君は何者なんだ?」
エレーナ「私、改造されて、エグゾフレームに乗って人殺しするのが仕事だったの」
ボー「じゃあ、そのサイバーパーツは?」
エレーナ「ええ、マインドブーストされてるわ」
ボー「どこの組織にされたんだい」
エレーナ「わからない。私、改造されて、目の前にいる敵を殺し続けろって言われたわ。不思議ととても楽しかったのよ」
ボー「ふむ」
エレーナ「でも、どんどん敵が多くなって、気がついたら、私、目の前が真っ赤になったの」
ボー「……」
エレーナ「全てが真っ赤になって、周りにいる人を全員殺したの。そうしたら、お前は失敗作だって言われて……色々な人の奴隷になって、気がついたらここにいたのよ」
ボー「今はそういう衝動はないのか」
エレーナ「わからないわ、ただ、男とやってると一時的に心が静かになるわ」
ボー「だから売春を」
エレーナ「お客さん、話だけでいいの?」
ボー「僕の名前はボー。そうだね、今は君の心を静めるよ」
そう言うと青年は女を押し倒す。
4,エグゾフレーム工場
白いヴァルキリーが敷地に立ち、コンテナが一つ開いている。
内部には手足などの予備部品などと共に、十本のワイヤーが入っていた。
コクピットにはレイとクロ。
今日のレイはパイロットスーツではなく、シャツにミニスカート。
足元にはアル工場長と作業員たち。
アル「このワイヤー、多分、ヴァルキリーの後頭部につけると思うんだが、AIに聞いてくれ!」
レイ「やっぱり女の子だから髪の毛が必要よね」
クロ「おーい、ヴァル公、あのワイヤーのことわかるんかよ」
ヴァルキリー「私はヴァル公ではありません、クマ公」
クロ「あ、安物AIの分際で俺様に逆らう気?」
ヴァルキリー「あなたに従う義務はありません、悪しからず」
クロ「なんか生意気だぜ。おうおう!」
コンソールの上でゴロゴロするクロ。
レイがクロを抱きかかえる。
レイ「ねえ、ヴァルちゃん、髪の毛どうやって付けるの」
ヴァルキリー「重力下では専用の作業機械か、人力での装着が早いです」
レイ「じゃあ、しゃがんで頭低くしようか」
ヴァルキリーは膝まずく。
アル「今からクレーンで吊って人力で付けるから。レイはしばらく休んでくれ」
レイ「工場長、ありがとう」
そう言って、コクピットからひょいッと降りる少女とクロ。
クロ「さっきから気になってたけど奥に赤いアクス系があるな、工場長、あれはなんだ」
アル「ああ、あれはアクスⅡだ」
レイ「みどちゃんなのに赤なの?」
クロ「ソル王国反乱後、王国の残党が作った兵器だな。今でも辺境で出回ってるんだぜ」
レイ「ふーん」
アル「評議会が腕の立つ奴が乗るからチューンしろってお達しでな」
キナコがお盆にコーヒーを淹れて運んでくる。
キナコ「みんなコーヒーだよ」
アルとレイがコーヒーを手にする。
レイ「乗ってみたい!」
クロ「レイにはヴァル公がいるだろ」
レイ「誰かが試運転したほうがいいでしょ」
アル「申し出はありがたいが、本人に乗らせるのが一番だぜ。それにまだ作業が終わってない」
レイ「ふーん、つまんない」
キナコ「ところで、レイ、話変わるけど。君、パンツはいてる?」
レイ「え? はいてないけど。あれって、なんだか窮屈で」
ブッ!
思わずアルはコーヒーを噴き出す。
キナコ「ミニスカの時はパンツははく! これだけは絶対守って!」
レイ「はーい」
クロ「なんか欠けてると思ったけど、それか」
キナコ「君も気がついたら注意しなさい!」
5,アレン将軍の執務室
机上のモニターにボー・クロスメリの顔が映っている。
ボー「将軍、彼女の名前はエレーナ。どうやら、相当な経験のある改造人間のようです」
アレン「売春婦の女。大丈夫なのか」
ボー「さあ、そこまでは。ただ、彼女の話が本当なら腕前はあると思いますよ」
アレン「ならば試してみるか……」
ボー「彼女を気に入ったのなら、更なる行動の自由を要求したいですね」
アレン「ふむ、それは結果次第だ」
ボー「期待してますよ、あのホテルの中にいると息がつまりそうだ」
6,宇宙空間
小型輸送艇から五機のエグゾフレームが離れる。
一機は白く輝き、ワイヤーの「髪」をなびかせるヴァルキリー。
三機は黒くて大型のプラクス級。
そして、最後の一機は中型の赤いアクスⅡ。
アクスにフォルムは似ているが、全てにおいてパワーアップしている機体だった。
ヴァルキリーにはレイとクロ、キナコ。プラクスの筆頭がトッド。
アクスⅡにはエレーナが乗っている。
クロ「演習するのはいいけど。エレーナ、何もんだろ」
レイ「なんだか心が騒ぐわ。彼女の怒りと悲しみみたいなものが伝わってくる」
クロ「大丈夫なのか、お前もあの女も」
レイ「わたしは大丈夫よ。あの子の方が心配」
アルが小型輸送艇から通信する。
アル「エレーナ、機体の調子はどうだ」
エレーナ「左が出力過大で右が弱いわ。バランスはジャンク級」
アル「ここにはそういうのしかないんだ。悪いがそれで戦ってくれ」
エレーナ「ええ」
エレーナの声は低く、感情が全く籠っていない。
トッドと二機の僚機が縦に並ぶ。
トッド「今からジェットストームアタックをかけるぞ!」
プラクス1「おう」
プラクス2「俺たちは無敵だぜ」
クロ「何だろうか……負けフラグっぽいな」
プラクス三機が並び、アクスⅡと対峙する。
アル「演習開始!」
号令と共にプラクス群がバーニアを吹かして一気に迫る。
トッド「これは三機が一機に見える究極の攻撃法なのだ、先頭の機体を倒しても後続の攻撃をかわし切れない! エレーナ、何者か知らないがお前は今日が最後だ!」
クロ「いや、単なる演習だから」
ヴァルキリーは監視だけなので動かない。
トッド機がバズーカを乱射し突撃する、後続がビームガン二丁、最後尾がビームセイバーを抜く。
アクスⅡは一瞬まごついたが、バズーカを楽々と回避する。
クロ「やるね、でも接近されたら」
レイ「ちょっと、いやな感じよ」
トッドは至近でバズーカを捨ててセイバーを抜く。だが、逆に全速で迫ってくるアクスⅡ。
トッド「クソ!」
閃光が空を斬るが、赤い機体は軽く回避して、トッド機の頭を踏みつけて背後に跳ぶ。
トッド「え、マジ!」
三機の頭上を駆け抜けるアクスⅡ。
ライフルがマシンガンのように連射された。
バスバスとプラクスたちに命中した。
アル「二番と三番大破」
もちろん、演習なのでビームは当たり判定だけでダメージはない。
トッド「クソ、これならどうだ!」
反転して体当たりを敢行する。
アクスⅡは体勢を立て直すが、機体の反応が間に合わず、重エグゾフレームの質量で弾き飛ばされる。
ライフルが手から落ちる。
エレーナ「よくも! 邪悪な敵!」
セイバーを抜いて斬るが、トッドが受ける。
なお、これも演習用でダメージはない。
激しく斬りつけるエレーナ、必死に受けるトッド。
アル「もう十分だ、それ以上やると壊れる、演習終了」
トッド「その剣も演習用だ。もう終了だよ、エレーナさん」
エレーナ「うるさい! 殺す!」
エレーナはセイバーを捨てると拳で殴り始める。
それで効かないとわかると、蹴りを入れた。
アル「落ち着け、演習だろ!」
エレーナ「コロスコロスコロス!」
プラクスは大型なので格闘では簡単に壊れないが、トッドはどうすればいいのか困惑した。
レイ「あの子、怖いのよ。怖くて、つらくて、苦しくて」
クロ「どうするよ」
レイ「任せて」
ヴァルキリーは白い影のようにアクスⅡの背後に回ると後ろから抱きしめる。
レイ「もう心配ないわ、もう怖い者はいないのよ」
エレーナ「え……」
エレーナの顔に戸惑いが走り、幼い顔になる。
そして、ワイヤーの先端が蒼く光ってアクスⅡを包む。
レイ「もう大丈夫、わたしがあなたを守ってあげる」
エレーナ「……」
キナコ「精神波を送り続けて、彼女は極度の興奮状態だよ」
クロ「このワイヤー精神波送れるのか」
キナコ「この状態を続けて、彼女が落ち着いたらコクピットから出そう」
クロ「上手く行くのか?」
レイ「大丈夫よ」
二機のエグゾフレームはぴったりと寄り添って宇宙を漂う。
関係者が見守る中、レイと子熊たちがコクピットから出て、アクスⅡからエレーナを救出する。
7,病院
個室。
エレーナが下着姿で寝かされている。
彼女を見守るレイと子熊二匹、トッド。
キナコはデータパッドで何らかの情報を見ている。どうやら、エレーナのサイバーウェアに接続されているようだ。
キナコ「彼女は精神が暴走してあのような状態になったんだ、今はレイの精神波に感応して眠っている」
レイ「かわいそう。何とかできないの」
キナコ「不可能ではないけど、リスクはあるよ」
トッド「エレーナ。君はとても美しいね」
眠っている女性によだれでも垂らしそうな顔で迫るトッド。
エレーナとトッドの間にクロがモフい体をねじ込む。
クロ「兵士、セクハラ禁止」
トッド「む、むぐ。失礼な、僕は彼女を純粋に心配してだな」
クロ「嘘をつけ。すっごいスケベ面だったぞ」
通信が入る。
アレン将軍が画面に出た。
アレン「キナコ君、彼女の出自ははっきりしない。最後の経歴は貴族の奴隷だった。それだけだ」
キナコ「どこの系統の改造かわからないですか」
アレン「推測だが、地球連合系だ」
キナコ「……リスクはありますが、彼女を初期化すれば強い強迫観念は無くなると思います。やりますか」
アレン「このままでは危険なだけの存在だ。エグゾフレームに乗っていなくても何をするかわからない。躊躇している場合じゃないだろう」
キナコ「わかりました」
通信が切れる。
キナコ「彼女を初期化します。僕とクロ君だけでやるので、他の方は部屋の外で待っていてください」
レイ「二人で何をするの」
キナコ「話せないんだ。でも、彼女を治すための作業だよ。クロ、基本モードになって」
クロ「……はい、一号。二号は基本モードになりました」
クロが一瞬止まって、聞きなれない機械的な声で答える。
レイ「クロちゃん?」
キナコ「二人とも、早く」
トッド「レイ、外で待とう。僕たちには何もできない」
レイ「う、うん」
二人は室外に出る。
キナコ「二号、人格モード二番になって」
クロ「はい」
二人が出て行くと、熊たちの声は聞こえなくなる。
8,再び病室
小一時間待って、病室が開く。
キナコが二人を招き入れると、下着姿のエレーナがベッドの上で半身を起こしていた。
彼女の膝の上には黒い子熊が眠っている。
キナコ「エレーナ、気分はどうだい」
エレーナ「ええ、なんだか。悪い夢から覚めたみたい」
そう言いながら、クロの毛皮を撫でる。
キナコ「君はろくでもない組織に魔物が襲い掛かってくるような強迫観念を植え付けられていたんだ。悪夢の中を逃げ回るような恐怖を常に感じていると言えばいいか」
トッド「酷いことしやがる」
レイ「じゃあ今は」
キナコ「初期化したよ。少し古い技術だったから何とかなった」
レイ「よかった。でもクロちゃんは?」
キナコ「そろそろ、起こすよ。二号、覚醒して」
クロ「はい、一号」
唐突にムクッと起き上がる。
エレーナが黒い背中を撫でる。
キナコ「人格三番起動」
レイ「人格って何個もあるの? 一番とかって何? 話してみたい」
キナコ「ダメダメ。三番以外は研究用で何も面白くないから」
やや、慌ててキナコは拒否する。
クロ「お、ここはどこだ」
キョロキョロする黒い子熊。
レイ「クロちゃん、病室よ」
クロ「は?! 下着のエレーナとスケベ兵士のトッド。なんかあっただろ絶対。エレーナに近寄るな変態!」
モフい両腕を広げて、エレーナを守ろうとするクロ。
トッド「……やっぱ、人格も別の方が良かったんじゃないか。四番とか無いの?」
キナコ「無いです、残念ですけど」
レイ「クロちゃんはこのままがいいのよ」
ぎゅっと黒い子熊を抱きしめるレイ。
エレーナが微笑む。




