10 戦乙女と赤い蟹
新登場人物
ペドロ・チュルカ:大企業CEOの息子。デザイナーフレームで弱い者いじめをするのが趣味
チビクマ:しゃべってお話ができる子熊型のぬいぐるみ
アルミナ:近所で農園を営む女性
ゲイツとダグ:殺人ゲームの駒。元ソル王国兵
1,近所のレストラン
いつものレストランでレイが朝食を摂っていた。
一人で座り、トーストと合成卵、コーヒーといった簡単なものを食べる。
他にも農業をしている近所の人間がいるようだ。
店の正面にモニターがあり、番組が放映されている。
ナレーター「今日の対戦は賊軍五機と我らのベルメールクランクです。もちろん、パイロットはペドロ・チュルカ」
画面に赤くて巨大なエグゾフレームが映る、戦国武将の鎧のような機体の背中から、細くて長いカニの足のようなものが生えている。
そして、その機体の前にはがっしりした体格の男が立つ。
男は三十代ぐらいの髭面。黒髪を短く刈り上げている。パイロットスーツを着てヘルメットを片手に抱えていた。
ナレーター「賊軍はこりもせずに本拠から他エリア宙域に攻撃部隊を派遣したようです、立ち向かうペドロの正義の戦いをご覧ください」
画面を食い入るように見ていた近所の男がつぶやく。
農民「賊って、ふざけるなよ。でまかせ言いやがって」
店主「それがあいつらの設定なんだよ、仕方がない」
グラスを拭いていた店主が首を振る。
生贄は五機の古い量産機。
対して、ベルメールクランクは三機のクニヤラの護衛。
ベルメールクランクのカニの足はそこからビームセイバーが出るようである。顔と腹に拡散ビーム砲があり、肩にはミサイルポッド、当然のように大型のビームライフルまで持っている。
やがて宇宙の戦いが始まった。
「賊軍」はブラーというアクスやロゼより一世代上の機体だったが、当然ながら、ベルメールクランクの足元にも及ばない。
ブラーはソル王国の反乱が鎮圧されたのち、地球連合とソル王国系の技術の合成で作られた量産機だった。青色でビームガンを持つ。ロゼやアクスよりちょっと上の性能というだけだ。
交戦距離になると、ものすごいスピードでベルメールクランクが突撃し、拡散粒子砲を連射する。
ブラーたちは肩の盾で必死に防衛するが、手足が溶け、二機が耐えきれず爆散した。
農民「クソ、あの弱い者いじめのカニ野郎め」
格闘距離に入ると、わき腹のかに足が器用に動いてブラーを次々と撃破する。
しかし、必死の一機が回り込んでビームを叩き込む。
農民「お、やったか」
店主「ダメだ、ビームコートがある」
防御フィールドが出力の弱いビームを弾く。
さっと振り向いてベルメールクランクがライフルで撃ち、それも撃破した。
最後の一機もカニ足でずたずたにして、コクピットをビームセイバーで貫く。
農民「あれじゃ絶対死ぬじゃねぇか。朝から胸糞悪いぜ」
レイ「ねえ、あれなんていうの」
農民「レイさん……あの弱い者いじめ野郎はペドロ・チュルカ、機体はベルメールクランク」
レイ「ベル……クラ? 難しい名前なのね」
農民「あんな野郎の名前は覚えなくてもいいですぜ。カニ野郎で十分」
レイ「カニちゃんね。あんな悪い子は私が倒すわ」
テレビから、インタビューが流れて来る。
どこかの格納庫でペドロと男のインタビュアーが話し合っている。
インタビュアー「ペドロ、勝利おめでとうございます。今回の戦いはどうでしたか」
ペドロ「どうってこともなかったぜ。俺が強すぎだな」
インタビュアー「最近、賊軍にもレイというエースパイロットが出ましたが、彼女が挑んできたらどうしますか」
ペドロ「いつでも相手してやるぜ、なぜなら俺は負けないからだ」
インタビュアー「賊のエースはレイ・アレン。名前しかわかっていない謎のパイロットです。ペドロもやる気ですから。次の戦いは実現するかもしれません。では次の放送まで」
エンディングテーマが流れて番組が終わる。
店の前で車が止まった。
トッドとクロが降りてくる。
レイが笑顔で手を振った。
レイ「トッド、クロちゃん」
クロ「工場でヴァルキリーのチェック終ったぜ、次は演習だ」
トッド「何を見てたんだ」
レイ「赤ガニが弱い者いじめしてたのよ」
クロ「ベルメールクランクの野郎がボロ量産機倒してたんだろ。わかるぜ、胸糞悪い」
腕を組んでうなずく、黒い子熊。
トッド「……その説明だけでわかるのか。一応、高性能AIだな」
2.三番コロニー付近の宇宙区間
巨大なコロニーの周辺にはいくつもゴミが浮かんでいる。
両手に二丁のロゼのビームガンを持ったヴァルキリーが浮かぶ。
白くほっそりしたフォルムでエグゾフレームの中でも小型の部類になる。
コクピットは広くはないが、補助席がありクロが座っている。
彼専用の画面もあるようだった。
工場長アルから連絡が入る。
アル「レイ、演習がてら、宇宙に浮いているごみを片付けてくれ」
アルは小さなドローンのカメラから状況を見ている。
レイ「いいわよ」
アル「ただし、速度五レベルだ。高速で動いてどこまで正確にやれるかが見たい」
クロ「五……普通なら射撃なんざできんよな」
アル「戦場では全速力で撃ちあうだろ。当てるより当たらないように必死に動くもんだ」
レイ「そうね、やってみるわ」
アルから次々とゴミのデータが送られてくる。
ヴァルキリーは白い光になって高速で駆け抜けながら、二発ずつ命中させていく。
アル「目標六個撃破。余裕だな、しかも、全弾命中」
クロ「このヴァルキリーには楽勝の芸当だぜ」
アル「次はあんたのスケールビットを試してくれ」
レイ「オッケー」
背中の小さな羽が幾つか外れて、うろこ状になって十個ほども宙に舞う。
そのうちの一番大きな三角形にキナコが乗っている。
キナコ「標的三十個。動かない敵なんて」
レイ「行くよ!」
スケールビットたちから青い細いビームが射出される。
キナコのビットは比較的大型の粒子砲だった。
辺りに青い光が満ちて、ゴミが蒼く輝く。
一瞬で標的が消えた。
アル「こりゃすごいね。レイの腕もすごいけど、これは超一流の機体だぜ」
クロ「当たり前だろ。俺様がいるからな」
アル「てめぇはお呼びじゃないが」
クロ「ふ、軍師への嫉妬か」
アル「熊は黙ってろ」
クロ「とにかく武器にもっとましなのないのかよ」
アル「あんたらのコンテナにあるかもしれんが、全く何かわからんものばっかりだ。まず、その機体すら解析できない。まだ手が回ってねぇんだよ」
レイ「クロちゃん、これでいいじゃん。わたしは負けない」
クロ「敵を舐めてたら痛い目見るぜ。敵だって命かかってたら必死だからな」
3,レイの住宅
数日後。
クロが何かを作っている。
ぬいぐるみの人形に電子部品を組み込んでいるようだ。
レイが二階から降りて来る。
レイ「クロちゃんおはよう、何作ってるの」
クロ「自立型ぬいぐるみドローンだ」
それは幼児向けの直立熊のぬいぐるみ。
お話しして歩けるが、子供だましの性能しかない。
レイ「熊ちゃんが熊ちゃん作ってるのね」
クロ「よしできた、お前、名前は」
ロボット「僕はチビクマです」
クロ「お前の任務なんだ」
チビクマ「僕の任務は偵察です」
クロ「では、住宅周辺を見張るんだ、暗殺者とかが現れるかもしれんからな」
レイ「クロちゃんて心配性なのね」
チビクマ「わかりました」
短い足で歩き始める。
小さい段差を降りた。
チビクマ「よいしょっと」
レイ「かわいいわ」
笑顔になるレイ。
クロが玄関を開けると、チビクマはキョロキョロと周辺を見回した。
チビクマ「あ」
そう言うと、意外な速さで草むらに飛び込んで消えてしまった。
クロ「おい、どこに行くんだ!」
レイ「チビクマちゃんって活動的ね」
キナコ「何かあったの?」
キナコが帰ってきた。
クロ「俺の小型ドローンがどこか逃げた」
キナコ「安物のAIだから。変なことを始めても仕方がないよ」
レイ「少し心配ね、探そうよ」
一人と二匹は住宅街の裏庭に入って行く。
適当に探していると、いつの間にか野原になる。
さっと消える小さな影。
クロ「あ、あの畑に入って行ったぞ」
4,農園
クロがモフ指で指す方角には広い畑が広がっている。
レイたちはあまり考えもせず畑に足を踏みいれた。
雑木の枝で作った添え木に植物が絡んで上に伸び、青い実を付けている。
レイ「これなに、なんか綺麗に並んでるね」
キナコ「トマトだよ。前にピザで食べただろう」
レイ「へー、こんな植物なのね」
中年の女性「あら、あんたたち」
鍬を持った女性が立っていた。
キナコ「すみません、勝手に入って。僕たちは逃げた子熊型のドローンを探しているのです」
中年の女性「ドローン? あの玩具みたいな物のこと?」
キナコ「見かけましたか?」
中年の女性「ええ、うちに来てゴロゴロしてるわよ」
キナコ「作った人に似るんだね」
クロ「おばちゃん、それ俺のなんだ。返してもらってもいいか」
中年の女性「いいけど、あんたたちレイと熊だろ。よかったらうちで休んでいきなよ」
レイ「ええ、ありがとう」
レイは全く迷いもせず返事する。
子熊二匹は一瞬目を見合わせたが、キナコがうなずくと女について行く。
5,アルミナの家
その家は古く小さな家で、しっかり整頓されている。
とある棚の上に写真が飾られている。
チビクマが机の上でゴロゴロと寝転がり、中年の女が古いカップに茶を注ぐ。
中年の女性「私はアルミナよ。レイ、あんたの活躍は見た。クロスメリ家の糞野郎を倒したのは本当にすっきりしたわ」
クロ「糞野郎って、あいつらに恨みでもあるのか」
アルミナ「ええ、クロスメリは私の住んでいた故郷を破壊した。それだけじゃない」
そこで言葉が詰まって、写真を見るアルミナ。
そこには、若い彼女と真面目そうな青年。そして、かなり小さな男の子の写真。
キナコ「よかったら、何があったのか教えてもらえませんか」
アルミナ「ありふれた話よ。私と夫は難民として逃げた。でも、クロスメリの狗どもが難民船を破壊して……」
レイ「ひどい……」
アルミナ「私は脱出ポッドに乗ったけど、夫と息子はぎりぎり乗れなくて」
ため息をつく女。
クロ「見つからなかったのか」
アルミナ「夫の亡骸は見つかった。でも」
クロ「アルミナが可哀そうだ、何かできることはないか」
アルミナ「いいんだよ、レイが悪党どもを倒して、活躍してくれたら」
哀しい微笑を浮かべる女。
クロ「水やりを手伝うぜ」
レイ「わたしも」
外に出る二人。じょうろを手に取る。
キナコ「でも、そんなあなたがこんなところに来たのは何故です」
アルミナ「あいつらが許せなくてテロ組織に所属したんだよ……」
キナコ「息子さんは今何歳ぐらいなのです、名前は?」
キナコは写真の幼児を指さす。
アルミナ「二十二歳よ。名前はトニー」
キナコ「他に特徴は?」
アルミナ「探してくれるつもりなんだね、やさしい子熊さん。髪と目の色が夫と同じで茶色、トマトが大好きな子供だったわ、おいちいおいちいって美味しそうに食べていた」
アルミナは少年の思い出を語るとき、やさしい顔になった。
チビクマ「アルミナ、元気出せ」
そう言って、小さな子熊が女の腕に抱き着く。
キナコ「その子はあなたで預かってもらえませんか」
アルミナ「ええ、ありがとう、とてもかわいいわね」
優しくなでると、また机の上で寝転ぶチビクマ。
6.宇宙空間
白くほっそりしたヴァルキリー。
両手に砲身を切り詰めた重マシンガン二丁。
二機の青いブラーを連れている。
クロ「敵はベルメールクランクとクニヤラが二機」
レイ「カニちゃんね」
クロ「ベルメールクランクな。とにかく、相手はデザイナーフレームだ。というか、何でそんな武器なんだよ」
レイ「いいじゃん、カニちゃんはビーム効かないんでしょ」
クロ「そうだけどよ」
レイ「大丈夫」
自信満々のレイ。
レイは僚機に通信を入れる。
レイ「ねえ、お二人、わたしはレイ。一緒に頑張りましょう。きっと勝てるわ」
ブラーのパイロット「俺はゲイツ。もう一人はダグだ」
レイ「よろしくね」
ゲイツ「俺たちは元ソル軍、操縦は慣れてるぜ」
クロ「お、それならかなりの歴戦の勇士だな。それがなんでこんなところに」
ゲイツ「へへへ、まあ色々とありやしてね。ダグお前もだな」
ダグ「ああ、昔は忠誠心も高かったんだぜ」
画像に映る二人は、無精ひげを生やしたあまり雰囲気の良くない男たちだった。
クロ「あんたらの機体じゃ前に出たらすぐやられる。回避に全振りするんだぜ」
ゲイツ「ああ、活躍はエースに任せるぜ、でも、その機体は初めて見た。そんなものがどこに」
クロ「企業秘密だ。あんたらは防御に徹して、敵を引き付けてくれ」
ダグ「任せろ」
嫌な笑いをするダグ。
三機は戦場の小惑星帯に近づく。
7.小惑星帯
迫ってくる光源。
二機のクニヤラの中心には赤く禍々しいベルメールクランクの姿。
クロ「敵がお出ましだぜ!」
レイ「気を付けて」
ベルメールクランクがライフルを撃ち、ブラー二機は危なげなくかわす。
クロ「やるな」
ゲイツ「俺たちは岩に隠れて、生き延びる、レイは敵を」
レイ「任せて」
ベルメールクランクは遠くから撃つだけで迫ってこない、代わりにクニヤラが突っ込んできた。
ライフルを躱すヴァルキリー。
さっと大きな岩の陰に隠れた。
企業兵1「上下から挟むぞ。俺は下から行く」
企業兵2「おう」
クニヤラがヴァルキリーを上下から挟み撃ちに迫る。
岩の影で青い光が満ち、繊細な青い線が飛び交う。
上から迫ったクニヤラは全身を青い光でずたずたにされて爆発する。
そして、下から迫った機体は、岩陰から重マシンガンの雨を喰らっていた。
全身の弱い部品が砕け散る。
企業兵1「クソ、手強い。下がる!」
盾をかざして難を逃れるが、カメラが壊れ、バーニアが不調となる。
レイ「逃がさない!」
岩から飛び出すヴァルキリーだったが、ベルメールクランクの粒子砲とライフルに狙われて後退した。
ペドロ「レイ、貴様、その機体は何だ」
レイ「ヴァルちゃんよ。女の子をいきなり撃つとか、礼儀を知りなさい」
ペドロ「ヴァル? 何を言ってやがる!」
三角形の大型スケールビットが粒子砲を撃つ。
慌てて躱すベルメールクランク。
ペドロ「ち、手強い。おい、ブラー二機。俺の味方をしろ。今の境遇から助けてやるぞ、ついでに大金持ちにしてやる」
ゲイツ「へへ、どうする」
ダグ「いうまでもないだろ」
ブラー二機はくるっと振り向いて、ビームガンの銃口をヴァルキリーに向ける。
そして、撃ってきた。
岩陰に隠れるヴァルキリー。
クロ「ち、何て奴らだ! クズ野郎ども」
ゲイツ「どう見ても、あんたの側に居ても損なだけだろ」
レイ「いいわ、好きにしなさい」
ライフルを撃つブラーたち。
ベルメールクランクとクニヤラも回り込んでレイを包囲する。
レイ「スケールビットちゃん!」
レイが吼えると、十枚以上のスケールビットが高速で飛び回った。
ブラー二機とクニヤラは小さな白い破片にまとわりつかれる。
ベルメールクランクはさっと引いて、自身はビットから逃げる。
ゲイツ「あんた、俺たちを弾除けにする気か!」
ペドロ「それで生き延びたら、助けてやるぜ」
ゲイツ「てめぇ! 糞野郎が!」
しかし、次の瞬間には全身を青い光に貫かれてブラーとクニヤラは爆発する。
全滅する量産機、しかし、その陰から突っ込んでくる赤い機体。
ペドロ「終わりだ!」
味方をおとりにして、ヴァルキリーに接近し、爪のセイバーで止めを刺すつもりだったのだ。腹と顔の拡散ビーム砲を連射しながら。
それは必殺の攻撃に見えた。
常人では躱せない。
しかし、
レイ「ヴァルちゃんの機動性を舐めないで!」
白い光になった瞬間、常軌を逸した速度と機動でベルメールクランクを駆け抜ける。
同時に重マシンガンの雨。
バキ、バキっとカニの足が飛ぶ。
ペドロ「クソ、死ね!」
頭部がぐるっと反転して、拡散ビームを撃つ。
しかし、既にそこに、レイはいなかった。
レイ「あんた、コクピットどこよ」
ペドロ「何? 下ぁ!」
ベルメールクランクの真下から重マシンガンの雨が降り注ぐ。
全てのバーニアが誘爆し、耐えきれず、全体が爆発する。
ペドロ「クソ、機関砲で、ここまで正確に」
ポン!
丸い脱出装置が胸から射出される。
しかし、ヴァルキリーがガシっと掴んだ。
レイ「捕虜とった!」
クロ「やったぜ、ザマァ!」
ペドロ「クソ、放せ、クソアマ!」
クロ「おいおい、ペドロちゃん、言葉には気を付けようぜ。いつでもグシャってできんだからな」
ペドロ「クソ、そんなことやったら、親父が黙ってないぞ」
ヴァルキリーは丸い脱出装置を抱えて高速艇に乗る。
三番コロニーに戻る機体は一機だけだった。




