第23話:月曜日、筋肉統治(マッスル・レジーム)と汗の対価
3週目の月曜日。
私立聖蘭学園2年A組の教室に足を踏み入れた一条凪は、開口一番「……えっ?」と声を漏らした。
黒板の中央に、白チョークを何本も使い切ったかのような極太の文字で、こう書き殴られていたからだ。
『今週の掟:根性。 執行責任者:藍澤 凛』
その黒板の前に、腕組みをして仁王立ちしているのは、今週の第3代ディーラーに就任した藍澤凛だ。彼女は登校してくるクラスメイト一人一人の顔を、まるで新兵訓練の教官のような鋭い目つきで検分していた。
「よお、凪! 遅いぞ、たるんでんじゃねーか!」
「おはよう、凛。……黒板のあれ、何? 今日、体育祭の予行演習とかあったっけ」
「いいや、今日からボクの天下だ! いいか、今週のこの教室は『筋肉』がすべてを支配する。ダラダラした奉仕は一律1ptだ。逆に、凪と一緒に汗を流す熱い根性には3倍のボーナスを出すぜ!」
凛はそう宣言すると、管理端末であるスマートフォンを誇らしげに掲げた。
画面には、前回のオークションで舞夜らから毟り取った、戦慄の数字が表示されている。
【藍澤 凛:1235pt】
1235pt。先週までの聖奈や舞夜が喉から手が出るほど欲しがった「3桁」の壁を遥かに超え、もはや一つの国家を運営できそうなほどの資本力。この圧倒的な「暴力」を背景に、凛の筋肉統治が幕を開けた。
「……野蛮だわ。野蛮すぎて言葉も出ないわね」
窓際の席で、一ノ瀬舞夜が、残り僅か98ptとなった自分の画面を見つめて吐き捨てた。
聖奈(0pt)に至っては、あまりの落差に机に突っ伏したまま動かない。彼女たちが心血を注いだ「家事」や「知性」は、凛の定めた『根性ルール』の前では、道端の石ころ以下の価値に成り下がっていた。
始業前。凪が自分の席でノートを開こうとすると、凛が即座に割り込んできた。
「待て、凪! 座って勉強なんて根性が腐るぜ。一時間目のチャイムが鳴るまで、ボクと一緒に階段ダッシュ10往復だ!」
「ええっ!? 今から? ……まあ、凛がそこまで言うなら、付き合うよ。最近、確かに体が重かったしね」
凪は「凛は僕の健康を心配してくれてるんだな」と、相変わらずの全肯定スマイルで応じた。
二人が連れ立って教室を飛び出していく。それを見送る残された面々の瞳には、焦燥の色が濃く滲んでいた。
「……くそっ! このままじゃ、今週は一ポイントも稼げないわ!」
聖奈が、25ptまで回復していた残高を握りしめて立ち上がった。
「凪くん! 待ちなさい! そのトレーニングの後の『プロテイン入り特製ドリンク』は、私が用意するわ!」
「あ、それなら私はタイムを計測してあげるわ! 管理も立派な労働よ!」
舞夜もプライドを捨ててストップウォッチを手に走り出す。
裏:【愛の証明】過酷なトレーニングへの随行。
聖奈と舞夜に、凛のルールに基づいた加点……が行われるはずだったが。
「甘いぜ二人とも! ドリンクの準備なんて『家事』だろ? タイム計測なんて『座り仕事』だ! そんなの1ptだ、1pt!」
「「……っ、この脳筋ディーラーぁぁ!!」」
聖奈と舞夜の絶叫が階段に響く。
一方、破産して0ptの瀬戸ほのかは、1ptを求めて凪の横で必死にシャドーボクシングを繰り返していた。
「先輩! シュッ! シュッ! 見てください、私のこの……シュッ! 切れ味ぃぃ!」
「ほのかちゃん、危ないよ!? ボクシング部に転部したの?」
「筋肉、筋肉ですぅぅ! 1ポイント、1ポイントくださいぃぃ!」
裏:【努力賞】ターゲットへの笑いの提供(?):5pt。
ほのか、涙の5pt獲得。
昼休み。
教室では異様な光景が繰り広げられていた。
聖奈が凪の背中を流す(※実際は濡れタオルで拭く)という「家事」に対し、凛が「甘い! もっと腰を入れて拭け!」と指導。
舞夜は凪の食事の「カロリー計算」を必死に行うが、これも凛から「計算なんて脳みその無駄遣いだ、もっと米を食わせろ!」と一蹴される。
そんな騒乱の中、霧島凪沙(279pt)だけは、凪の隣で大人しく「鉄アレイ(5キロ)」を枕にして寝ていた。
「……凪沙ちゃん、それ痛くない? ……あ、でも、なんだか鍛えられてる感じがしてカッコいいね」
「……ん。……凪くん。……重い。……愛、重い」
裏:【存在への感謝】シュールな肉体美(?):15pt獲得。
放課後。
凪は一日を通して行われた「特訓」に、心地よい汗を拭いながら帰り支度を整えた。
「凛、ありがとう。なんだか、クラスの女子たちが一斉にプロテインをシェイクし始めた時はどうなるかと思ったけど……。みんなが健康志向になるのは良いことだね」
「……おう。凪がそう言うなら、ボクの統治も間違ってねーな」
凛は不敵に笑い、管理端末の1235ptという数字を見つめた。
凪は「みんな、受験のストレスを『運動』で発散してるんだ。聖蘭学園は、どんどん武闘派な進学校になっていくんだな……」と、学園の未来を少しだけ心配しながら帰路についた。
誰もいなくなった教室。
凛は一人、夕陽に照らされた黒板を見上げて呟いた。
「……1235ポイント。これだけあれば、金曜日のオークション、ボクが気に入らないクジは全部ボクの資金で握りつぶせる。……凪は、ボクが守ってやるよ。あいつらみたいな、陰湿な家事や計算には渡さない」
独占欲が「保護欲」へと歪み始めた凛の瞳。
しかし、その背後。
廊下の暗がりに立つ聖奈と舞夜の目は、獲物を狙う獣のように光っていた。
「……いい気になりなさい、藍澤凛。……あなたのその1235ポイント。金曜日の夜、私たちの『共同戦線』が、一滴残らず枯渇させてあげるわ」
絶対王者・凛の「筋肉統治」は、早くも他4人による「包囲網」という名の逆襲を呼び込もうとしていた。
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■月曜日終了時の所持ポイント
藍澤 凛:1235pt(※今週の集金役のため、実質的な変動なし)
霧島 凪沙:294pt(+15pt)
支倉 聖奈:240pt(※前週の家事ボーナス残存分+端数稼ぎ)
一ノ瀬 舞夜:102pt(※地道な労働による微増)
瀬戸 ほのか:15pt(※5pt獲得+端数)




