第19話:水曜日、宣戦布告
水曜日の朝。
私立聖蘭学園の2年A組に登校した一条凪は、教室の入り口で足を止めた。
そこには、いつも以上にギラついた表情の藍澤凛が、自分の机の上にどっかと座り、スマートフォンの画面を鋭い目で見つめていたからだ。
「よお、凪! 今日もいい体してんな!」
「……おはよう、凛。体って……別に普通だよ。それより、机に座るのは危ないぞ」
「へへ、気にすんな。……それより見ろよ、これ」
凛が見せてきた画面には、共有管理アプリの「ディーラー・ローテーション」の通知が表示されていた。
【第3回公開オークション:執行責任者】
担当:藍澤 凛(ボウリング順位:3位)
執行日:今週金曜日・放課後
権利:入札形式の決定、および全落札ポイントの回収・保持
「今週の金曜日、ボクが『神(管理者)』になる番だ。……いいか、舞夜、聖奈。ボクのルールはシンプルだぜ。来週は『根性』と『肉体労働』こそが正義だ!」
凛の宣戦布告。
その言葉に、窓際で優雅にコーヒーを飲んでいた一ノ瀬舞夜の手がピクリと止まった。彼女の手元には、先週から引き継いだ圧倒的な資本、978ptが積み上がっている。
(……藍澤さん、あなたが管理者になるのね。……よりによって、私の最も苦手な「野蛮な運動」をポイントの基準にするつもりかしら?)
舞夜の瞳に、防衛本能に近い焦りが走る。
金曜日に凛が管理者になれば、他の4人が支払うポイントはすべて凛の懐に入る。つまり、舞夜が現在持っている978ptは、来週のオークションで高額な枠を落札すればするほど、すべてライバルである凛の資金源に化けるという「富の転置」が起きるのだ。
「……ふん。いいわよ。筋肉で解決できるほど、凪くんの心は単純じゃないわ」
「言ってろよ。……なあ、凪! 最近、みんなに甘やかされて体が鈍ってねーか? ボクが今日から特訓してやるよ!」
凛が凪の肩をガシッと掴む。
凪は困惑しつつも、「確かに……。最近、聖奈や舞夜が至れり尽くせりで、自分で動く機会が減った気がするよ。凛が付き合ってくれるなら、少し運動しようかな」と、常識人らしい前向きな反応を見せた。
「よし決まりだ! 放課後、グラウンド10周な!」
裏:凛のスマホに通知。
『【愛の証明】ターゲットへの健康指導:15pt獲得(※ただし金曜日に自身で回収)』
(……あ、そうか。ボク、今週稼いでも、金曜日に自分で自分から回収するだけなんだっけ。……なんか、虚しいぜ)
管理者のジレンマ。自分がどれほど凪に尽くしてポイントを稼いでも、最終的な財布は同じなのだ。凛は少しだけ肩を落としたが、それでも凪の隣にいられる特権を噛み締めた。
昼休み。
教室では、聖奈(238pt)が焦燥感に駆られていた。
来週、凛が「筋肉ルール」を導入すれば、自分の得意な「家事ポイント」は暴落する可能性がある。
「凪くん! その制服のズボン、少し折り目が甘いわ! 今すぐアイロンを……いえ、私が手でプレスしてあげる!」
「聖奈、無理だよ! 履いたまま手でプレスなんて……熱いし変だよ!」
必死すぎる聖奈の「駆け込み家事」。
裏:【警告】不自然な接触およびターゲットの困惑。ペナルティ:マイナス5pt。
「……うそぉ!? 私の家事至上主義が、ここで否定されるなんて……!」
絶望する聖奈を尻目に、舞夜は「資産の確定」を急いでいた。
金曜日に没収される前に、凪に「一生モノの思い出」や「高価な貸与品」を押し付け、ポイントという不確かな数値を、凪からの「永続的な好意」という実物に変換しようと画策する。
「凪くん。……この、私が幼い頃から大切にしていた特製のしおり、あなたにあげるわ。本を読む時に使って」
「えっ、そんな大事なものを? ……舞夜、本当にいいのかい? ありがとう、大切にするよ」
『【愛の証明】魂の籠もった譲渡:80pt獲得』
(……よし。これで80ポイント分、私の愛が凪くんの中に『確定』したわ。金曜日に凛さんに吸い取られるくらいなら、こうして凪くんに貢いだほうがマシよ!)
放課後。
凛との約束通り、凪はグラウンドを走っていた。
並走する凛は、夕陽に照らされる凪の横顔を見て、不覚にも胸を高鳴らせる。
「……なあ、凪。明日の部活の試合……見に来て、とは言わねーけどさ。応援しててくれるか?」
「もちろん。頑張ってね、凛。君の努力は僕が一番近くで見てるから。……フレー、フレー、凛!」
凪の真っ直ぐな、全力の応援。
『【愛の証明】最大級の激励:50pt獲得』
凛は顔を真っ赤にして、「……おうよ! 任せとけ!」と加速した。
その50ptも、金曜日には彼女自身が回収する運命にある。けれど、今この瞬間の「ありがとう」は、どんな数値よりも重く彼女の胸に響いていた。
一方、校舎の影。
ほのか(168pt)は、凛の「筋肉ルール」の予告を受け、虚空に向かって素振りを繰り返していた。
「……『腕立て』、『腹筋』、『背筋』……。来週、凛さんの政権になったら、私みたいな非力な後輩はどうすればいいんですかぁ……! せっかく魚の漢字を覚えたのにぃ……!」
ほのかの絶望的な計算。インフレするポイント。
そして、舞夜が抱える978ptという巨大な「獲物」を巡り、物語は3週目の決戦日、金曜日へと加速していく。
帰宅した凪は、舞夜からもらったしおりを本に挟み、窓の外を眺めた。
「……みんな、なんだか必死だな。……でも、僕のために頑張ってくれてるんだ。僕も、明日は全力でみんなを応援しよう」
何も知らない「商品」は、明日、自分の週末がさらなる高値で、かつ「脳筋なルール」によって競り落とされることなど、知る由もなかった。
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■水曜日終了時の所持ポイント
一ノ瀬 舞夜:898pt(譲渡加点はあるが、他者への牽制で微減)
霧島 凪沙:239pt
藍澤 凛:250pt(激励・並走加点)
支倉 聖奈:233pt(ペナルティにより微減)
瀬戸 ほのか:168pt




