第5話 いつもの店
復旧作業と警戒態勢の維持で、部隊は慌ただしい日々の中にあった。
その合間、僅かな空き時間にカイルは詰め所を抜け出して店へ向かった。
非番でもないのに。
無事を確かめずには、いられなかった。
扉を開けると、鈴が鳴った。
リラは奥で手を動かしていた。
振り向きもせず、部品を仕分ける音が続いている。
その音を聞いて、カイルは詰めていた息をそっと吐いた。
「……無事だったか」
「見ての通り」
そっけない返事だった。カイルはそれ以上、何も言わなかった。
「……なら、いい」
それだけで、店を後にした。ゆっくり話す時間はなかった。
ただ、無事な姿をこの目で確かめられれば、それで足りた。
扉の鈴が鳴りやむと、リラの手が止まった。
視線が、店の奥へ流れる。
いつでも背負って出られるよう、まとめてある荷。
ここを畳んで消えるのに、半日もかからない。
長く同じ場所に留まらない——それが数十年、身に沁みついた作法だった。
いつもなら、今ごろとうに、この街にはいない。
裂けた肩口の布は、もう繕ってあった。
その下の皮膚に、傷はない。
一晩で塞がった。
リラは短く息を吐いて、荷から目を逸らした。もう一度、手元へ視線を戻す。
*
報告会議から数日が経つ頃には、街も少しずつ落ち着きを取り戻していた。
軒先のシダが、また雫を垂らし始めている。
その日カイルは、時間に余裕があった。
己の装甲兵は壊れてしまった。
部品は必要ない。
だが、気づけばつま先はあの店へ向いていた。
扉を開けると、やはりリラは手を動かしている。
「……いらっしゃい、とは言わないんだな」
「言ったことないでしょう」
いつも通りの、素っ気ないやり取り。
それでもカイルは、何かがこれまでと違うことに、自分でも気づいていた。
うまく説明はできない。
ただ、彼女が近くにいると、体の奥で、何かが微かに疼く。
いつもルーが陣取っている椅子に、今日はカイルが腰を下ろした。
目を閉じる。
木の香り、古い潤滑油の匂い、洗浄液の少し鼻に残る匂い。
外からは木々のささやきが聞こえる。
この静けさが心地よかった。
ふいに、金属が床を打つ音が響いた。
リラの手から、ドリルが落ちていた。
彼女が手元を狂わせるところを、初めて見た気がした。
「……お前、体調、悪くないか」
気づけば、そんな言葉が出ていた。
リラの手が、一瞬だけ止まった。
リラはドリルの先端をルーペで確認した。
「……何で」
なぜそんなことを聞いたのか、カイル自身にも分からなかった。
ただ、彼女の白すぎる肌の色や、ふとした仕草の重さが、以前より、目に留まるようになっていた。
用がないのに、その日は長く留まった。
カウンターの端に転がっていた壊れかけの部品を、手に取って眺める。焦げた端子に指を触れ、それだけの用のように、また戻す。
「……ここ、一人で回してるんだろ」
業務的な問いのようで、少しだけ踏み込んだ響きがあった。言葉は少なく、間も多い。
リラは答えず、その様子を見ていた。
カイルは部品を確かめ、値を聞き、言い値のまま金を置く。
世辞も、探りもない。かつて、蜜のような言葉で店内を褒めそやしながら、目だけは奥の棚を測っていた客がいた。
親切ごかしに近づいて、隙を窺う類の人間なら、飽きるほど見てきた。
カイルの言葉には、その裏側がなかった。
何気ない問いも、損得のためではなく、ただそう思ったから口にしているだけだった。
気づけば、リラの手が止まっていた。
肩から、力が抜けかけている。それに気づいて、リラは工具を、必要以上に硬く台へ置いた。
心地よさは、油断だ。
そのくらい分かっていた。
それでも、彼が店に来るたび、張っていたものが、また少し緩む。
会計を終えても、カイルは動かなかった。
「何か」
リラが聞くと、彼は少し考えてから、口を開きかけて——やめた。
「……いや。なんでもない」
言いかけて、引っ込める。うまく、言葉にできなかった。
ただ、彼女が近くにいる時、時折よぎるものがあった。
遠い記憶の底を、指先がかすめて、すり抜けていく。
思い出せない。
扉を出ると、シダの葉がまだ濡れていた。
カイルは一度だけ、閉じた扉を振り返り、それから坂を上っていった。




