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第5話 いつもの店

復旧作業と警戒態勢の維持で、部隊は慌ただしい日々の中にあった。

その合間、僅かな空き時間にカイルは詰め所を抜け出して店へ向かった。


非番でもないのに。

無事を確かめずには、いられなかった。


扉を開けると、鈴が鳴った。

リラは奥で手を動かしていた。


振り向きもせず、部品を仕分ける音が続いている。

その音を聞いて、カイルは詰めていた息をそっと吐いた。


「……無事だったか」


「見ての通り」


そっけない返事だった。カイルはそれ以上、何も言わなかった。


「……なら、いい」


それだけで、店を後にした。ゆっくり話す時間はなかった。

ただ、無事な姿をこの目で確かめられれば、それで足りた。


扉の鈴が鳴りやむと、リラの手が止まった。

視線が、店の奥へ流れる。


いつでも背負って出られるよう、まとめてある荷。

ここを畳んで消えるのに、半日もかからない。


長く同じ場所に留まらない——それが数十年、身に沁みついた作法だった。

いつもなら、今ごろとうに、この街にはいない。


裂けた肩口の布は、もう繕ってあった。

その下の皮膚に、傷はない。

一晩で塞がった。


リラは短く息を吐いて、荷から目を逸らした。もう一度、手元へ視線を戻す。





報告会議から数日が経つ頃には、街も少しずつ落ち着きを取り戻していた。

軒先のシダが、また雫を垂らし始めている。


その日カイルは、時間に余裕があった。


己の装甲兵は壊れてしまった。

部品は必要ない。

だが、気づけばつま先はあの店へ向いていた。



扉を開けると、やはりリラは手を動かしている。


「……いらっしゃい、とは言わないんだな」


「言ったことないでしょう」


いつも通りの、素っ気ないやり取り。

それでもカイルは、何かがこれまでと違うことに、自分でも気づいていた。


うまく説明はできない。

ただ、彼女が近くにいると、体の奥で、何かが微かに疼く。


いつもルーが陣取っている椅子に、今日はカイルが腰を下ろした。


目を閉じる。


木の香り、古い潤滑油の匂い、洗浄液の少し鼻に残る匂い。

外からは木々のささやきが聞こえる。


この静けさが心地よかった。


ふいに、金属が床を打つ音が響いた。


リラの手から、ドリルが落ちていた。

彼女が手元を狂わせるところを、初めて見た気がした。


「……お前、体調、悪くないか」


気づけば、そんな言葉が出ていた。

リラの手が、一瞬だけ止まった。


リラはドリルの先端をルーペで確認した。


「……何で」


なぜそんなことを聞いたのか、カイル自身にも分からなかった。


ただ、彼女の白すぎる肌の色や、ふとした仕草の重さが、以前より、目に留まるようになっていた。


用がないのに、その日は長く留まった。

カウンターの端に転がっていた壊れかけの部品を、手に取って眺める。焦げた端子に指を触れ、それだけの用のように、また戻す。


「……ここ、一人で回してるんだろ」


業務的な問いのようで、少しだけ踏み込んだ響きがあった。言葉は少なく、間も多い。


リラは答えず、その様子を見ていた。

カイルは部品を確かめ、値を聞き、言い値のまま金を置く。


世辞も、探りもない。かつて、蜜のような言葉で店内を褒めそやしながら、目だけは奥の棚を測っていた客がいた。


親切ごかしに近づいて、隙を窺う類の人間なら、飽きるほど見てきた。

カイルの言葉には、その裏側がなかった。


何気ない問いも、損得のためではなく、ただそう思ったから口にしているだけだった。


気づけば、リラの手が止まっていた。


肩から、力が抜けかけている。それに気づいて、リラは工具を、必要以上に硬く台へ置いた。


心地よさは、油断だ。

そのくらい分かっていた。

それでも、彼が店に来るたび、張っていたものが、また少し緩む。


会計を終えても、カイルは動かなかった。


「何か」


リラが聞くと、彼は少し考えてから、口を開きかけて——やめた。


「……いや。なんでもない」


言いかけて、引っ込める。うまく、言葉にできなかった。

ただ、彼女が近くにいる時、時折よぎるものがあった。


遠い記憶の底を、指先がかすめて、すり抜けていく。

思い出せない。


扉を出ると、シダの葉がまだ濡れていた。


カイルは一度だけ、閉じた扉を振り返り、それから坂を上っていった。


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