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第4話 報告会議

日が昇る頃には、第三区の制圧は終わっていた。


格納庫は、静かだった。

戻ってきた機体が、整備もされないまま並べられていた。


一機は右腕を失っていた。断面がまだ熱を持って、かすかに歪んでいる。


別の一機は、装甲が溶断されていた。何に灼かれたのかは、聞かなくても分かった。


奥に、切り離されたコックピットが転がっていた。

誰のものかは、番号を見れば分かる。


見なかった。


戻ってきたカイルを、詰め所の空気が迎えた。

焦げたさび臭いにおいと消毒液の匂いが、充満している。


壁際のフックが、いくつも空いたままだった。

誰も、そこには何も掛けていない。

多くを言わなかった。


「よく戻ったな」


トマスだった。

片腕を吊っている。機体を捨てて生き延びたらしい。

軽い口調をつくろうとして、つくりきれていなかった。


「お前こそ」


それ以上は、互いに言わなかった。





報告会議が開かれたのは、翌日だった。


「第三区の防衛ライン、突破。死傷者、住民を含めて四十七名。感染者の推定数、一個中隊規模」


端末に回収された感染者の残骸、ひしゃげた装備の残留物が映し出される。


「回収された装備の一部に、正規軍規格に近い改造の跡があります。加えて複数の証言から、感染者の一部が単純な暴走ではなく、統率の取れた動きを見せていたことが分かっています」


会議室に、微かなざわめきが走った。

椅子の軋む音が止む。


「偶然の可能性は」


情報部の担当官が問う。

物腰は丁寧だが、声は鋭かった。


「ゼロとは言えません。ですが同様の報告が続いています。何者かが意図的に感染者を運用している可能性を、排除できません」


末席で、カイルは映像の中の残骸を見ていた。


あの夜、側面から回り込んできた影が、画面の中でただの瓦礫になっている。

気のせいで片づけようとしていたものが、こうして誰かの手で拾い集められ、記録の重さを帯びていく。


「なお襲撃の最中、正体不明の第三者が単独で武装した感染者の一群を制圧した、という証言があります。カイル中尉、お前のものだったな」


視線が一斉に集まる。喉の奥が、僅かに渇いた。


「はい。フードを被っていて、顔は見えませんでした。ですが、常人の域を超えた身体能力を持っていました」


「協力者か、別の脅威か。心当たりは」


「……分かりません」


嘘ではなかった。

あの影が誰だったのか、見当もつかない。

ただ、舌の上で止めた言葉が、一つあった。


かすめた血が感染者に降りかかった、あの瞬間。


倒れていたものが痙攣し、別のものへ変わり、生まれきる前に自ら壊れて果てた——あの数秒を、口にしかけて、飲み込んだ。


何を見たのかも分かっていないものを、どう並べれば言葉になるのか。

それに、理由を言えないまま、あの影のことを、これ以上この部屋の空気に晒したくなかった。


「もう一点、共有しておきます」


議題が移りかけたところで、情報部の担当官が、ふたたび静かに口を開いた。

丁寧な口調のまま、部屋の温度を一段下げるような重さがあった。


「我々は以前から、あのウイルスが自然発生したものではない可能性を追っています。発生源に、ある種の——生物学的な起点が関与している、という見立てです。詳しくは申し上げられません。ですが、今回現れた"第三者"が、その線と無関係だとは、考えていません」


書類をめくる音も、椅子の軋みも、止んだ。


「つまり、その正体不明の個体を、ウイルスに関わる存在とみている、と」


「可能性の一つとして。……いずれにせよ、身元の特定を最優先で進めます」


膝の上で、カイルの指が僅かに握られた。

理由は、自分でも分からなかった。


身元の特定。


言葉の意味は分かる。正しい手順だとも思う。

それなのに、その響きが、なぜか喉の奥に小さな棘のように引っかかった。



あの影が何者なのか、自分だって知りたいはずだった。

なのに、見つけてほしくないと、どこかで思っている。


あの「下がってて」と言った、たった一言の声が。

見えない手に掴まれたような気がした。


会議は、結論の出ないまま次の議題へ移っていった。





詰め所を出ると、朝の光が痛いほど白かった。


一睡もしていない体に、昨夜の音がまだ残っている。

銃火、唸り、崩れる壁。

その全ての底に、なぜか一つだけ、場違いなものが沈んでいた。


花の匂いだ。


硝煙しかないはずの夜に、確かに嗅いだ気がした。

思い出そうとすると、指先が遠い何かをかすめて、すり抜けていく。


あの声。


「下がってて」


どこかで、聞いた。


いつ、どこで、誰の声だったのか。


思い出せない。

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