第2話 防衛ライン第三区
防衛ライン第三区が破られたのは、日付が変わった直後だった。
警報が鳴り止まない。
格納庫では、整備兵が退避した。
「異常なし」
昇降リフトが胸部ハッチへと上がる。
もう数えきれないほど繰り返した動作だった。
カイルがシートへ腰を沈めると、装甲が閉じる。
青いHUDだけが視界に残った。
「起動シーケンス、開始」
神経リンクが繋がる。
わずかな痺れが背筋を抜ける。
重い鋼鉄が、自分の身体になった。
射出レールが機体を掴む。
次の瞬間。
カタパルトが唸った。
*
外周センサーが群れを捉えてから、突破まで十数分。
第三区は壊滅した。
確認された規模は、一個中隊。これまでの散発的な暴走とは、桁が違った。
カイルの隊は第五区にいた。増援の命令を受けて機甲兵を走らせた頃には、居住区はもう混乱の底にあった。
避難サイレン、崩れる外壁、逃げ惑う人波。
その隙間を、感染者の唸りと防衛隊の銃火が交互に切り裂いていく。
異様だったのは、群れの動きだった。
感染者は理性を失っている。それが常識だった。
なのに眼下の連中は、瓦礫を避け、退路を塞ぎ、シェルターへの最短経路を選んで進んでいた。
何体かは軍用装備をまとい、対装甲火器を手にしている。
統率されている、としか思えなかった。
上は偶然だと言うだろう。
だが偶然が、この数か月、多すぎた。
「トマス、右に回れ。挟む」
『了解――くそ、多すぎる!』
応答の直後、通信が乱れた。
トマスの機体に感染者が群がり、関節部へ火器が撃ち込まれる。
装甲の裂ける光が、夜目に走った。
「トマス!」
『退がる!お前は前線を――』
被弾した機体が後退していく。それを援護しようと砲口を向けた、その側面。
数体が、示し合わせたように回り込んでいた。
集中砲火。
警告灯が一斉に灯り、視界が赤に染まる。
駆動系が焼き切れる寸前、カイルは脱出レバーを引いた。
夜気の中に投げ出されて、地面を転がって止まる。
立ち上がって、状況を悟った。
味方は防衛ライン再構築のため、バリケードを後方へ引いていた。
カイルは、その外側にいた。感染者の側に、取り残されていた。
『カイル、聞こえるか!位置を――』
「バリケードの、外側にいる」
自分の声が、やけに平坦に聞こえた。
「増援は、要らない。回せば居住区に群れが入る」
『……くそ』
トマスの沈黙が、答えの全てだった。
応援は来ない。
手元に残ったのは拳銃が一挺。
周囲では、理性を失った屈強な影が、じわじわと輪を狭めてくる。
銃を提げた個体。ナイフを構えた個体。
どれも、ただの市民の成れの果てではなかった。
一体が、腕を持ち上げた。銃口がこちらを向く。
引き金にかかった指を、カイルは見た。ここまでか、と思った。
その指が動くより早く、闇が裂けた。




