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第14話 ノック

カイルは、跳ね起きていた。

何が起きたか理解するより先に、体が寝台を離れていた。


遅れて、耳が音を捉える。

低く、腹に響く警報。


三度。


それから、けたたましい断続音に変わった。


照明が赤に切り替わる。

通路を人が走る。

靴音が幾重にも重なり、壁に跳ね返って、方向が分からなくなる。


「戦闘配置!総員、戦闘配置!」


カイルは通路へ飛び出した。

すれ違う兵士の顔が、赤い光の下で全て同じ色に見える。


走る先は決まっていた。

格納庫。


自分の機体だ。





リラは、通路の途中で立ち止まっていた。


人が走っていく。

誰もが、行き先を持っている。

肩がぶつかり、詫びる声もない。

赤い光の中で、全員が同じ方向へ流れていく。


その流れの中で、彼女だけが動けなかった。


どこへ行けばいいのか、分からなかった。


「リラ」


声がした。

レインだった。


流れを縫うでもなく、ただそこに立っている。

彼が立っているだけで、その周りだけ人が割れていた。


「こちらです」


それだけ言って、先へ歩く。

リラは、一瞬だけ止まった。


「……ありがとう」


小さく、返した。

レインは、振り返らなかった。





管制室は、狭かった。

壁一面に画面が並び、その前に人が詰まっている。


指がコンソールを叩く音。

数字を読み上げる声。

それが幾つも重なって、部屋の中で澱んでいた。


赤い照明が、全員の顔を同じ色に染めている。


「そこに」


レインが、部屋の奥を示した。

壁際の、誰の動線にもかからない一角だった。


リラは、そこへ移った。

背に、壁があった。

冷たい。


薄い上着越しに、その冷たさが直接届いてくる。


『熱源、接近。方位、下方三十』


オペレーターの声が、部屋に響いた。


『規模は』


『……小さい。単体です。人間ひとりぶん、程度の』


声が、そこで一度止まった。


『……速度、こちらとほぼ同期。並走しています』


指が、コンソールの上で速くなる。

主砲、副砲、全て解放。

数字が読み上げられていく。

誰もが、画面を見ていた。


リラは、その全部を、後ろから見ていた。


数値が読める。

声が聞こえる。

何かが近づいているのかも分かる。


それでも、彼女には何もできなかった。





『映像』


誰かが言った。

主画面に外部映像が展開される。


――何もいなかった。


暗い宙。

名も知らぬ星の光。

それだけだった。


『熱源は』


『まだ、あります。すぐそこに。……ですが』


オペレーターの声が、震えていた。


『映って、いません』


沈黙が落ちた。

誰も、何も言わない。

砲は解放されたまま、向ける先がない。

機械の稼働音だけが、淡々と続いていた。


その時だった。

リラの、うなじが、粟立った。


背中の壁。

その、すぐ向こう。

彼女は、振り返った。壁があった。

灰色の、継ぎ目のない金属板。

何もない。


だが、そこにいた。


すぐそこに。


装甲一枚を隔てた、真裏に。


リラは、動いていた。

考えるより先だった。


一歩、下がる。

壁を背にするのをやめ、壁に向き直る。

そして、そのまま、もう一歩。

腰が、落ちた。


膝が、僅かに曲がる。

右手が、後ろへ回った。その掌が、背後の空間を探る。

そこに、レインがいた。

彼女は、その前に立っていた。


壁と、レインの間だった。



レインは、画面を見ていた。

視界の端で、何かが動いた。


振り返る。

リラだった。


壁を向いて、立っている。彼の、すぐ前に。

腰が、落ちていた。

膝が曲がり、重心が沈んでいる。


そして、右手が。

彼の、腹のあたりに伸びていた。


触れてはいない。僅かに、離れている。

だが、その掌の向きを、レインは知っていた。


――突き飛ばすための、手だ。


自分の背後にいる者を、後ろへ弾き飛ばす。

そのための、構えだった。


「……何を」


言いかけて、レインは、口を閉じた。


彼女は、動かない。

壁だけを見ていた。

誰も、その理由を訊かなかった。

訊けなかった。

画面には、何も映っていない。

誰もが息を潜めていた。


――こつ。


音が、一つ。

艦全体を伝って、床から靴底へ、脛へ、腹の底へと届いた。


ごく小さな音だった。

厚い装甲の、その向こう側。


誰かが、指の背で扉を叩いたような。


部屋が凍りついた。誰も動かない。


次を待っている。

息を殺して、待っている。


来なかった。

音は、それきり沈黙した。


リラだけが、動いていなかった。

最初から、動いていなかった。


音が鳴る前から、彼女はそこに立っていた。





『……熱源』


レインの声は、静かだった。


『……消失、しました』


「消失?」


「反応が、ありません。どこにも。……離脱した、という速度でもない。……ただ、消えました」


部屋の空気が、少しずつ緩んでいく。

誰かが息を吐いた。

誰かが椅子に座り直す。

やがて、戦闘配置の解除が告げられた。


それでも、リラは動かなかった。

壁を、見ていた。


レインは、その背中を見ていた。


声はかけなかった。


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