第八話 悪役令嬢、サボろ?
それからというもの、ジェリーは度々屋敷へ遊びに来るようになった。
「これ、初めて作ったんだ」
そう言って差し出される焼き菓子は、毎回違っていた。
レモンケーキ、ベリーのタルト、タルトタタン。
まだ試作だから感想を聞かせて、と笑う。一番最初に食べさせてもらえることが、少しだけ嬉しかった。
転生前の令和の日本の話をできるのが楽しい。ジェリーは兄の影響で漫画やアニメが好きで、「HUNTER×HUNTERが完結する前に転生しちゃったのが心残りなんだよね」
と笑った。
エリザベスも休日はNetflixでアニメを観ていたので、好きな作品の話で盛り上がる。
そんな何気ない思い出を話しているだけで、時間はあっという間に過ぎていく。
悪役令嬢ではない。
公爵令嬢でもない。
素の自分で話せることが、こんなにも楽しいなんて。
ジェリーが帰る時間になると、寂しかった。
※
けれど、私は悪役令嬢だ。
役目を果たさなければならない。
今回のお茶会の犠牲者は、ヴェロニカだ。
ヴェロニカは標準より少しぽっちゃりとしていた。雪のように白い肌はもちもちとして柔らかそうで、笑うと頬が丸くなる。
美の基準から外れているのかもしれない。それでも、とても愛らしい少女だった。
「ヴェロニカ様」
エリザベスは紅茶を置く。
「いつもドレスは、どちらで特注なさっているの?」
言葉にした瞬間、喉が冷えた。
ヴェロニカは恥ずかしそうに、有名な仕立て屋の名を答える。
「あら」
エリザベスは微笑む。
「既製品が買えないと大変ですわね」
胸が痛む。
それでも続ける。
「そのダイヤのネックレスも……少し短くなくて? お首に合っていらっしゃらないわ」
ジェリーの視線を感じる。
苦しい、喉が締め付けられる。
令嬢たちはくすくすと笑う。
どうして太っていると、幸せなヒロインになれないのだろう。
こうして傷つき、努力して、痩せて、そうして初めて、運命の相手と巡り会える。太ったままでも恋はできるのに。
「ヴェロニカ様」
サリアが口元を隠して笑う。
「ピンクはおやめになった方がよろしいのではなくて? なんだか、とてもお体が目立ってしまっていますわ」
ヴェロニカは顔を覆った。
「うっ……」
涙があふれる。
ここでヴェロニカが席を立つ筋書きだ。
ジェリーが立ち上がった。
そっとヴェロニカを抱きしめる。
「ヴェロニカは悪くないよ」
背中を優しくさする。
「ぽっちゃりしてて何が悪いの?」
そしてエリザベスたちを見る。
「人の体型にどうこう言う方が、下品」
語尾を強い、ジェリーは怒っている。下品。本当に、その通りだった。
「ねえ、ヴェロニカに謝って」
「……ごめんなさい」
エリザベスはすぐ頭を下げた。
「失礼しました。言うべきではないことを言ってしまいました」
ヴェロニカに申し訳ない。
もちろん、その気持ちもある。
それより先に、ジェリーに嫌われたくない気持ちが勝った。
サリアが目を見開く。
エリザベスが謝るなんて。
そんなことは、今まで一度もなかった。
「今日はこれで失礼します」
ヴェロニカは涙を拭きながら立ち上がる。
「送るよ」
ジェリーが寄り添う。
二人が部屋を出ると、お茶会は重苦しい空気に包まれた。
誰も口を開かない。
結局、その日はいつもより早く解散となった。
※
「ヴェロニカの怠慢な体を正すべきでしたのよ」
帰り際、サリアが不機嫌そうに言う。
「あなた……ジェリーが来てから少し変だわ。あの方のペースに飲まれないでちょうだい」
サリアはそう言い残し、帰っていった。
静かになった茶室で、エリザベスはうなじを手で揉んだ。
太っていることが怠慢なのだろうか、それは違う。サリアは言いすぎだ。
しばらくして扉が開く。
「ただいまー」
ジェリーだった。
「今日のエリザベスさ。酷いこと言ってる時、すごくしんどそうだったよ」
エリザベスは目を伏せる。
「ええ……辛かったわ」
ジェリーは腕を組んだ。
「ウチ考えたんだけどさ」
「エリザベス、悪役令嬢やめてもいいんじゃね?」
「え……」
「だってさ。そんなの、一人で物語なんて動かせないっしょ?」
「悪役令嬢がいなくても、誰かがヒロインを幸せにするかもしれない。本人の努力だってあるし」
エリザベスは静かに首を振る。
「そうかしら……」
「私は、自分を時計の歯車のように考えていたの。物語を進めるための装置」
「ダメダメ」
ジェリーは笑った。
「なんでそんなに囚われてんの?」
「ウチ、前世のままで生きてるけど、物語は崩壊してないじゃん」
真っ直ぐな瞳がエリザベスを見る。
「ウチはさ。エリザベスが、エリザベスらしく生きてほしい。悪役やってる時のエリザベス、見てて苦しかった」
私らしく。
その言葉が胸の奥へ落ちた。
転生してから、忘れていた。
本当の自分は寡黙で、一人で過ごす時間が好きだったこと。
毎週お茶会を開くような性格ではなかったこと。
好きだったのは、静かな午後に紅茶を淹れること、本を読むこと。
そんな穏やかな毎日だった。
「ちょっとだけでもさ」
ジェリーが笑う。
「悪役令嬢、サボろ?」
希望に満ちた笑顔だった。
その笑顔から、目を離せなかった。




