第七話 運命を変える
初夏の昼下がり。
窓から吹く風に白いレースのカーテンが揺れる。エリザベスは刺繍枠を膝に乗せ、小さな花を一針ずつ縫っていた。
執事が部屋の扉を叩く。
「お嬢様、ジェリー様がお見えです」
「……お通しして」
刺繍を置くと、ぱっと部屋が明るくなった気がした。
「やっほー」
今日のジェリーは、水色のガーリーな丈の短いドレスだった。
高い位置で結んだポニーテールには、大きなひまわりが一輪さしてある。
腕には夏の日差しのように鮮やかなひまわりの花束を抱え、もう片方の手には小さな籠を持っている。
「はい、お土産。カヌレ焼いてきた」
「ありがとう」
メイドが花束を受け取り、花瓶へ生けていく。
黄色い花びらが部屋へ咲くと、不思議と気持ちまで明るくなった。
今日は天気がいい。
いつもアルフレッドと紅茶を飲むバルコニーへ席を移した。
向かい合って腰を下ろす。
今日のジェリーは化粧も控えめだった。
十八歳らしい、どこか幼さの残る笑顔を見せる。
「今日はカントリーガールがテーマなの」
くるりと立ち上がってスカートを揺らした。
「転生者同士、二人で話したくって来ちゃった」
「……そう」
エリザベスは微笑む。
ジェリーが来てくれたことが嬉しい。
転生者同士で話したい。
その気持ちは、エリザベスも同じだったが、顔を伏せて微笑みそうな口元を隠す。
紅茶を注ぐと、初夏の風にアールグレイの香りが流れた。
「でさー」
ジェリーがカヌレを頬張る。
「転生モノってアニメでちらっと見たことあるけど、実際になってみると大変じゃね?」
笑いながら肩をすくめる。
「ウチ、ちょー貧乏だったからさ。いきなり金持ちのお嬢さんとか困ったわ」
「……そうね」
エリザベスはカップを見つめた。
「私も気づいた時は、とても動揺したわ」
一呼吸置く。
「あなたは、この世界のネット小説を読んだことはないの?」
「え?」
ジェリーがきょとんとする。
「ここの世界って、ネット小説の中なの?」
「そう。私が前世で読んでいた物語なの」
ジェリーは目を丸くした。
「じゃあエリザベス、この後の展開知ってるってこと?」
「そうよ」
「全部?」
「すべて」
「へぇー」
ジェリーは感心したように頷いた。
「だからあんな落ち着いて悪役令嬢やってんだ」
そして人差し指を立てる。
「あ、でもウチの運命は言わないで」
「え?」
「自分で未来を切り開くから」
エリザベスは息を止めた。
そんなことが、本当にできるのだろうか。
エリザベスが知る限り、誰も物語の流れに逆らえなかった。
「ウチは運命を書き換えちゃう」
ジェリーが笑う。
その瞳だけは真っ直ぐだった。
陽射しを受けて輝く瞳に、不思議と目を離せなくなる。
この世界へ転生してから。
初めて、血の通った人間を見た気がした。
胸が、とくん、と鳴る。
ティーカップを持ち上げようとした指先を止める、震えてしまいそうだから。
「そういえばさ」
ジェリーは何事もなかったように話題を変えた。
「転生前、エリザベスは何してたの? 何歳だった?」
「東京で紅茶専門店のカフェに勤めていたわ」
懐かしい香りが胸をよぎる。
「三十二歳だった」
静かに続ける。
「癌が見つかって……あっという間だったわ」
「そっか」
ジェリーは少しだけ表情を曇らせた。
「紅茶専門店とかオシャレじゃん」
すぐに笑顔へ戻る。
「ウチも東京いたよ」
「十七歳で、ケーキ屋でバイトしてた。死んだのは事故」
「……そんな早くに」
「ま、お金なくても友達といっぱい思い出作ったから、前世に悔いはないよ」
ジェリーは空を見上げる。
「なんか不思議だよね」
「歳は離れてたのに、今は同じ十八歳」
「前世だったら絶対出会ってないウチらが、この世界で出会えちゃったってことじゃん」
いえーい。
ジェリーが笑ってピースをする。
その笑顔が、眩しかった。
胸の奥がじんわり熱くなる。
なぜだか泣きそうだった。
「…………そうね」
エリザベスは小さく微笑む。
「不思議ね」
「これからもよろしく!」
ジェリーは元気よく言った。
「こうやって転生者同士、いっぱい話そう」
「ウチさ、生前に叶えられなかったパティシエの夢、絶対叶えたいんだ」
籠を持ち上げる。
「新作のスイーツ作ったら、一番にエリザベスに食べてほしい」
その言葉に、エリザベスは少しだけ目を見開いた。
「……ええ」
「楽しみにしているわ」
夕方。
ジェリーを乗せた馬車が屋敷をあとにする。
エリザベスはバルコニーへ出て、その姿が見えなくなるまで見送っていた。
初夏の風が、ひまわりを揺らす。
ジェリーを乗せた馬車は、街道の向こうへ消えていった。
胸の鼓動は、まだ静まらなかった。




