第四話 ギャル、現る
次のお茶会のターゲットは決まっていた。
豪商の一人娘、ジェリー。
平民育ちで品がない、と貴族の間では噂になっている娘だ。幼い頃から店先に立ち、客を相手に商売をしていたという。遠慮のない物言いで、大人相手にも物怖じしないらしい。
だが、エリザベスは知っている。
彼女はいずれ他国の王子に見初められ、王妃となる。
そしてアイラ女王のように政治で手腕を振るい、多くの民に愛されるヒロインだ。
だから今日も。
私は彼女の物語を前へ進める。
そう決めていた。
※
「どーもー、ジェリーです。今日は呼んでくれてありがとー」
大広間へ姿を現した瞬間、令嬢たちは息を呑んだ。
袖のないノースリーブのピンク色のドレスは身体の線を美しく見せ、大きく巻かれた金髪は光を受けてきらきらと輝いている。
何より目を引いたのは化粧だった。
長く跳ね上げられた睫毛、艶のある唇。
令嬢たちとはまるで違う、大胆な装い。
「はいこれ、お近づきの印にウチが焼いたクッキー。ネコチャンの形でかわいいっしょ?」
籠を抱えたジェリーは、令嬢たち一人一人へ包み紙にくるまれたクッキーを配っていく。
「ってかウケる! ここマジで貴族の家って感じー。シャンデリアとかあるじゃん。エリザベスの家、ヤバー」
エリザベスは目を見開いた。
――ギャル。
この世界にいるはずがない。
「な、なんなの……」
サリアが引きつった笑みを浮かべる。
「なんて、はしたない言葉遣いかしら」
「あ、めんごー」
ジェリーは悪びれもせず笑った。
「みんなお嬢様だったよねー。ウチ、お嬢様言葉ムリなんだわ。ま、言葉なんて通じりゃよくない?」
令嬢たちは顔を見合わせる。
誰も返事ができない。
エリザベスも何か言わなければと思うのに、言葉が出なかった。
「あら、とても美味しいわ」
声を上げたのは伯爵令嬢だった。
恐る恐るクッキーを口へ運び、目を丸くしている。
「本当……」
「香りがいいわ」
次々と令嬢たちも包み紙を開ける。
さくり。
小気味よい音があちこちで響いた。
エリザベスも手に取る。
猫の形をした可愛らしい焼きクッキー。
一口かじると、軽やかな食感のあとに、豊かなバターの香りが口いっぱいに広がった。
甘さは控えめ。
それでいて、もう一枚食べたくなる。
「……とても美味しいわ」
思わず本音がこぼれた。
「でしょー?」
ジェリーが嬉しそうに笑う。
「この世界、バターめっちゃ豊富なんだよねー。マジ菓子作りはかどるわ」
――この世界。
エリザベスの胸が小さく波立つ。
サリアだけはクッキーを皿へ置いたまま、一口も食べようとしなかった。
「あのさー」
ジェリーが立ち上がる。
「トイレ行きたいんだけど、迷いそうだからエリザベスついてきてくれる?」
「ええ」
二人は大広間を出た。
廊下を少し歩く。
人の気配がなくなったところで。
「あっははは!」
ジェリーが腹を抱えて笑い出した。
「やっぱそうじゃん!」
エリザベスは足を止める。
「何のお話ですの」
「あんた、転生者でしょ」
心臓が大きく鳴った。
「…………何をおっしゃっているの」
「悪役令嬢、おつかれー」
ジェリーは人差し指でエリザベスを指した。
「ちゃんと役やろうとしてんのは分かる。でもさ」
にやり、と笑う。
「顔がぜんっぜん悪役令嬢じゃないんだわ」
エリザベスの喉が詰まる。
誰にも見抜かれたことはなかった。
なのに、この少女は一目で見抜いた。
「……あなた」
「ウチも転生者」
ジェリーはあっけらかんと言う。
「ねぇ、ふたりで、この運命から抜け出さね?」




