第二話 女王のお茶会
アステール王国の城は、誰にでも開かれている。
突然城を訪れ、「女王陛下にお会いしたい」と願い出ても、急ぎの政務でなければ話を聞いてもらえるという。
身分ではなく、一人の国民として。
それが、革命を経て女王となったアイラの政治だった。
若干十八歳で即位した若き女王は、さらに国を変えようとしている。
そして月に一度。
城では「誰でもいらっしゃい」と名付けられたお茶会が開かれる。
農家の娘、商人、職人、兵士、役人、
貴族、メイド。
豪奢なドレスを身にまとった令嬢の隣で、まともな晴れ着を一枚しか持たない少女が笑う。
身分を分ける席順はない。
お茶を飲みたい者は、好きな席へ座ればいい。
お茶会が開かれる広間も、城とは思えないほど質素だった。
高い天井と大きな窓はあるが、壁を飾る絵画は少なく、赤いビロードの長椅子もない。
木の丸テーブルと椅子がいくつも並び、人が自由に行き来している。
エリザベスは、この空間が好きだった。
誰もが笑っている。
誰も誰かを見下さない。
だからこそ、この広間では悪役令嬢ではいられない。
「エリザベス」
名前を呼ばれ、エリザベスは姿勢を正した。
「おはようございます、陛下」
女王アイラは今日も質素な赤色のドレスだった。
王冠さえなければ、どこかの町娘にも見えるほど飾らない。
「今日はどんな紅茶がおすすめかしら」
「春摘みのダージリンでございます。香りが華やかで、本日のお菓子によく合います」
「じゃあ、それをお願い」
「かしこまりました」
エリザベスは茶葉を量り、湯を注ぐ。
蒸らす時間を数え、静かにカップへ注いだ。透き通った琥珀色。
女王は一口飲み、ふっと目を細めた。
「やっぱり、あなたの淹れる紅茶は美味しいわ」
「恐れ入ります」
それ以上の会話はない。
女王は誰に対しても同じ距離で接する人だった。特別扱いもしない、冷たくもしない。
だから、この人の言葉だけは素直に嬉しかった。
エリザベスは一礼すると、人混みへ視線を向けた。
———さて。
今日のヒロインは誰だろう。
それほど時間はかからなかった。
窓際のテーブルで、若いメイドたちが笑っている。
その中心に、一人の少女がいた。
栗色の髪を後ろでまとめ、白いエプロン姿で焼きたてのプチケーキを皿へ並べている。
彼女は元伯爵令嬢だった。
父が事業に失敗し、爵位を返上。
今は城でメイドとして働いている。
かつて世話をされる側だった少女は、今は誰かにお茶を運ぶ側になっていた。
「焼きたてです! 今日は蜂蜜が入ってるんですよ!」
少女は本当に楽しそうだった。
メイド仲間も笑いながら皿を受け取っている。
悲壮感も惨めさもない。
エリザベスは歩み寄った。
「ごきげんよう」
少女はぱっと振り返る。
「あっ、公爵令嬢様!」
「お名前を伺っても?」
「ミアと申します」
「今度、私のお茶会へいらっしゃらない?」
ミアは目を丸くした。
「私が、ですか?」
「ええ」
少し考えたあと、花が咲くように笑う。
「ぜひ!」
犠牲者が決まった。
エリザベスは物語を思い出す。
この少女は、数年後、若き官僚と恋に落ちる。
働く姿に恋をした彼は、身分を越えて彼女へ求婚するのだ。
没落しても誇りを失わず働く姿に彼が惹かれ、二人は身分を越えて結ばれる。
その物語には、少しだけ逆風が必要だった。
※
一週間後。
ミアは約束通り、エリザベスのお茶会へやって来た。
淡い黄色のドレスで、流行のパフスリーブがふくらんで、華奢な白い腕をさらに細く見せている。
人気店の新色ドレスだ。
席へ着いた瞬間、サリアが露骨に眉をひそめた。
「あら」
「流行を取り入れていらっしゃるのね」
その言い方だけで、周囲の令嬢たちが意味を悟る。
エリザベスはミアへ微笑んだ。
「そのドレス、とてもよくお似合いですわ」
ミアは嬉しそうに頬を染めた。
「ありがとうございます! お給料を貯めて買ったんです」
「お給料で?」
「はい!」
ミアは少しも恥ずかしそうにしない。
「メイドのお給料で流行のお洋服まで買えるなんて、城はずいぶん待遇がいいのね」
「城ではちゃんとお給料がいただけるんです。だから、頑張って貯めました」
「大変ではなくて?」
サリアが口を挟む。
ミアは首を横に振った。
「毎日楽しいですよ。」
「楽しい?」
「はい。お客様に美味しかったって言ってもらえると嬉しいですし、お茶会の日は焼きたてのお菓子が食べられるんです」
無邪気な笑顔だった。
「メイドのみんなで『今日は何のお菓子かな』って話すのも楽しみで」
令嬢たちの表情が曇る。
誰も同情してくれない。
誰も惨めな元令嬢を演じてくれない。
サリアも二の句が継げず、黙り込んだ。
ミアは最後まで笑顔だった。
嫌味も皮肉も、まるで春風のように受け流してしまう。
エリザベスは紅茶を一口飲んだ。
———これでいい。
今日は泣かなかった。
それでも、自分の言葉を曲げなかった。
堂々と笑い、働くことを誇りだと言えた。きっと、この経験は彼女の背中を押す。
未来で愛する人と並んで歩く、その勇気になる。
今日もまた一人。
ヒロインは、自分の物語を前へ進めた。




