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第十六話 結婚式の介添人

 エリザベスのもとへ、令嬢たちから手紙が届いた。


 ジェリーの美容術をもっと知りたい。

 化粧水の作り方を教わりたい。

 あの長い睫毛にする方法を知りたい。

  その要望をジェリーへ伝えると、彼女はすぐに応じた。


「じゃあ、ウチん家でやろう! 美容のお茶会、楽しそうじゃん」


 こうして、ジェリーの屋敷でお茶会が開かれることになった。


 ※


 ジェリーの友人である商人の娘たちも加わり、広い茶室は若い女性たちの熱気で満ちていた。


「ローズマリーを煮詰めて、冷やしたものを化粧水にするといいよ。殺菌作用があるから、ニキビができやすい人におすすめ」


 ジェリーが、薄茶色の液体が入った硝子の小瓶を高く掲げる。


 髪を結い上げ、銀のバレッタで飾った令嬢が、熱心に説明を書き留めていた。銀糸で花柄を刺繍したドレスが、光を受けてきらきらと輝いている。


「保存はどのくらいできますの?」


「長くは持たないから、少しずつ作った方がいいよ。肌に合わない時は、すぐ使うのやめてね」


「まあ。ちゃんと試してから使わなければなりませんのね」


「そうそう。天然だから絶対安全ってわけじゃないから」


 令嬢たちは感心したように頷いている。結婚したばかりのリリアとミア、ヴェロニカも来ていた。


 三人を見つけた時、エリザベスは自分から近づいた。


「以前は、本当にごめんなさい」


 頭を下げる。


「許してくださらなくても構わないわ。私がしたことは、それほど失礼なことだったから」


 三人は顔を見合わせた。

  リリアだけは一瞬迷ってから、


「忘れたわけではありません。でも、今のあなたまで嫌いたくはありません」


  と答えた。


「エリザベス様、今はもう誰かを傷つけるようなことをなさっていないでしょう。過ぎたことです。エリザベス様、変わりましたね」

 

 ミアが言うと、ヴェロニカも頷く。


「ジェリーさんとも、ずいぶん仲良くなられましたね」


 ヴェロニカが柔らかく微笑んだ。

 その言葉に、エリザベスの頬は少し熱くなる。


「ええ……そうね」


 三人が笑う。

 その笑顔を見て、胸の奥にあった重いものが少しだけ軽くなった。


 ※


 賑やかに話す女性たちを、エリザベスは少し離れたところから眺めていた。


 誰も誰かを見下していない。

 新しく覚えた美容術を教え合い、互いの髪形や服を褒めている。

 お茶会とは、本来こういうものだ。


 午後三時になると、エリザベスは厨房へ向かった。


 ジェリーの家は茶葉の輸入も行っているため、厨房には新鮮な茶葉がいつも揃っている。

 今日選んだのは、香りの柔らかな紅茶だった。


 人数が多いため、ティーポットは三つ必要になる。ジェリーの屋敷で働くメイドのルシアが手伝ってくれた。


「エリザベス様は、本当にお茶を淹れるのがお上手ですね」


「前世で仕事にしていたの」


「前世?」


「……いいえ、なんでもないわ」


 エリザベスは小さく笑い、蒸らす時間を数えた。

 紅茶と一緒に運ばれたお菓子は、ジェリーが焼いたカステラだった。


「お茶きたー!」


 ジェリーが嬉しそうに声を上げる。


「今日のカステラに絶対合うと思う」


 娘たちはエリザベスの淹れた紅茶を飲み、ジェリーの作ったカステラを口へ運ぶ。


「美味しい」


「とてもよい香りですわ」


「カステラもふわふわ!」


 笑顔が広がっていく。


 その光景を見ることが、幸せだった。

 自分のお茶で、誰かが喜んでいる 。 前世で好きだった仕事を、思い出す


 ※


 夏の夕暮れ、エリザベスは窓辺に立ち、庭の木々が濃い影を落としているのを眺めていた。


 この暮らしは、いつまで続くのだろう。アルフレッドとの婚約話は消えた。両親は、また別の相手を連れてくるかもしれない。

 その人と結婚しろと言われるかもしれない。


 ——嫌だ。


 はっきりと、そう思った。


 ジェリーがいる。

 彼女以外の誰かに、胸がときめくとは思えない。


 窓の外を見ると、屋敷の門から白いドレス姿の令嬢が歩いてくるところだった。

 侍女が日傘を差している。

 サリアだ。


 ※


 ジェリーの部屋へ通されたサリアは、軽く挨拶を済ませると長椅子へ腰を下ろした。


 膝の上で扇子を強く握っている。

 エリザベスを見上げる目は、挑むように鋭かった。


「結婚式で、介添人をお願いしたいの」


 声にも挑発するような響きがあった。


「私でよければ、喜んで」


 微笑んで答える。

 サリアの指から扇子が滑り落ちた。


「……どうして」


「サリア?」


「どうして、笑っていられるの?」


 声が震えている。


「アルフレッドは、あなたの婚約者になるはずだった方でしょう?」


「婚約していたわけではないわ」


「同じことよ!」


 サリアが勢いよく立ち上がった。


「私はあなたから奪ったのよ!」


 叫び声が部屋へ響く。


「怒ると思った。悔しがると思った。私を責めると思っていたのに……」


 瞳から、涙がこぼれた。


「あなた、本当に変わってしまったわ」


 唇を震わせるサリアを、エリザベスは静かに見つめた。


「ええ。私は変わったの」


 胸を張って今はそう言える。


「アルフレッドは、いい人よ。穏やかで、誠実で、本の趣味も合う。けれど、何度会っても胸はときめかなかったわ」


 サリアが息を呑む。


「仮面舞踏会で、あなたはアルフレッドとうっとりした顔で踊っていたでしょう? 彼を好きなあなたが、彼と結ばれるべきなのよ」


「もうやめて!」


 サリアは両手で顔を覆った。


「私を惨めにしないで!」


 細い肩が震える。


「私は、あなたからアルフレッドを奪ったの。怒らせたかった。そうすれば、また私を見てくれると思ったのよ」


 声が次第に小さくなる。


「あなたの関心を引きたかったの……浅はかよね」


「そうね」


 エリザベスは穏やかに答えた。

 サリアが傷ついたように顔を上げる。


「でも、あなたは本当にアルフレッドを好きになったのでしょう?」


「……ええ」


 サリアは手の甲で涙を拭った。


「彼は、こんな私を見てくれるの。私の話を聞いてくれる。私を……愛してくれるの」


「なら、それでいいじゃない」


 エリザベスは立ち上がり、サリアの前へ歩み寄った。


「私はあなたに関心がないから、介添人を引き受けるのではないわ。あなたに関心があるから、その晴れの日を見届けたいの」


 サリアは涙に濡れた目で、エリザベスを見上げる。


「サリア」


 名前を、力強く呼んだ。


「過去ではなく、未来を大切にして」


 サリアの顔が歪んだ。

 次の瞬間、エリザベスへ抱きついてくる。


「……エリザベス!」


 熱を帯びた声を上げ、サリアはエリザベスの胸へ顔を埋めた。

 エリザベスは少し驚いたあと、震える背中へ静かに腕を回す。


 サリアが泣きやむまで。


 何も言わず、その背中を撫で続けた。

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