第十五話 仮面舞踏会
夜の世界樹の広場は、昼間とは雰囲気が変わっていた。
世界樹を囲むようにランタンが並び、枝に飾られていた色とりどりの旗は、白い光を灯す魔法の木の葉に変わっている。
しっとりとしたピアノの演奏に合わせて、恋人たちが体を寄せ合い、ゆるやかに踊っていた。
深呼吸をして城へ入り、一階の奥にある宴会場へ向かう。
扉を開くと、オーケストラの重厚な演奏が胸へ迫った。やや早い旋律に、十人が演奏する楽器が重なり合う。ステップが踏みやすい社交ダンスでは初級の曲だ。
宴会場は大きなドーム型で、赤い壁紙には金色の薔薇の蔦が描かれている。天井からは、硝子の雫をいくつもつなげたシャンデリアが輝いていた。
エリザベスは入口で、黒い羽根をつなぎ合わせた仮面をつける。
宴会場では、宝石をちりばめた仮面、猫の耳がついた仮面、紙で作られた質素な仮面など、さまざまなもので顔を半分隠した人々が踊っていた。
手を取り合う、ドレス姿の女性と燕尾服の男性。
向かい合って踊る女性同士。
肩を寄せ合う男性同士。
踊りの輪の向こうでは、アイラが外交官のノラと手を取り合っていた。
ライモが付き人の青年ダニエルを軽やかにリードしている。恋人でなくてもいい。今この時、大切に思う相手と踊ればいいのだ。
身分も性別も関係ない。
踊りたいと思った人と踊る。
仮面舞踏会とは、そういう場所だ。
仮面をつけても、心までは隠せない。
ジェリーはすぐに見つかった。
頭上に浮かぶ桃色の王冠。その中央にある大きなハートは、昼間よりも強く存在感を放っている。
白い仮面をつけた燕尾服の男性が、ジェリーへ声をかけていた。
エリザベスは足を止める。
どうしようかと様子をうかがっていると、ジェリーは首を横に振った。男性は素直に一礼し、すぐに離れていく。
エリザベスは胸をなで下ろし、ジェリーへ近づいた。
ジェリーは桃色の仮面をつけている。縁には白いレースが飾られ、仮面の下の唇は微笑んでいた。
エリザベスは胸元の石を握り締めた。
お願い、光らないで。
その願いに反して、紫色の光が指の隙間からこぼれ出した。
「……踊ってくれる?」
「うーん、それじゃダメ」
ジェリーは少し首を傾げる。
「ちゃんと目を見て言ってよ」
エリザベスは顔を上げた。
仮面の奥にあるジェリーの瞳を見る。
「私と、踊ってほしい」
顔が熱くなった。
仮面をつける意味が、ようやく分かった。きっとこれは、照れて赤くなった頬を隠すためにあるのだ。
「うん、踊ろう」
ジェリーが手を差し出す。
エリザベスはその手を取り、もう片方の手を腰へ回した。ジェリーの手が、そっと肩に乗せられる。
社交ダンスは母から叩き込まれている。踊ることには慣れていた。
けれど、男性側の動きをするのは初めてだった。
それでも体は自然に動いた。
ジェリーの歩幅に合わせ、ゆっくりとリードする。
「あっ」
ジェリーが頭上を見て声を上げた。
「エリザベスの王冠、薔薇が咲いてるよ」
「え……」
「すごくきれいな紫色」
エリザベスは目を見開いた。
「よかったわ……咲いてほしかったの」
「蕾はいつか花開くものだよ……でも、ウチと踊ってくれたことで咲いたなら……嬉しい」
ジェリーの声は照れているようだ。
彼女の胸元でピンク色の石が光る。
エリザベスは彼女の仮面を外して、顔を見たくなった。
桃色のリップが塗られた唇へ、視線が吸い寄せられる。
昼間に見た、アイラとライモの口づけを思い出した。
かっと頭が熱くなる。
エリザベスは慌てて視線をそらした。
その先に、赤いサルビアと黒いペチュニアで飾られた髪が見える。
サリアだ。
彼女が踊っている相手は、背の高い男性だった。
栗色の髪、白い燕尾服、引き締まった口元。
仮面をつけていても、アルフレッドだと分かった。
サリアとアルフレッドは、息を合わせて優雅に踊っている。
そういうことだったのね。
エリザベスは静かに理解した。
エリザベスとアルフレッドの婚約はなくなり、彼はサリアと結ばれる。
先ほどのサリアが、自信に満ちあふれていた理由も分かった。
けれど、胸は痛まなかった。
むしろ、ほっとした。
よかった、サリアはアルフレッドと幸せになるのだ。
やがて曲が終わり、演奏が止まった。
最後のダンスが始まる。
仮面を外し、自分の意思で相手を選ぶ。
それが、この仮面舞踏会の最後の決まりだった。
ジェリーが仮面を外す。
エリザベスも黒い仮面を取った。
そっと頭上の王冠へ触れてみる。
今度は確かに、柔らかな花びらの感触がした。
視線を感じて振り返る。
サリアがこちらを見ていた。
サリアの手を握っているアルフレッドは、少し気まずそうな顔をしている。
エリザベスは二人へ微笑みかけた。
サリアの笑顔が消え、無表情になる。
その瞳に浮かんだものが失望なのか、戸惑いなのか、エリザベスには分からなかった。
けれど今は、二人のことよりも大切な人が目の前にいる。
「ジェリー」
エリザベスは手を差し出した。
「最後のダンスも、私と踊ってくれる?」
「もちろんだよ」
夜想曲が始まる。
二人は先ほどよりも体を近づけ、ゆるやかに踊った。
ジェリーの瞳は、真っ直ぐにエリザベスを見ている。
もう目をそらしたくなかった。
この子がいればいい。
エリザベスは踊りながら、ジェリーの頬へ一度だけそっと触れた。
ジェリーは不思議そうに首を傾げ、それから優しく微笑んだ。
好きよ、ジェリー。
胸元の紫色の石が、内側からあふれ出すような光を放った。
外で爆発したような音が何回も鳴って、エリザベスは驚いた。
「花火、見に行こう!」
ジェリーに手を引かれて城を出ると、夜空に金や赤の花火が打ち上げられていた。
わぁ、と感嘆をあげるジェリーの横顔を見つめて、握ったままの手を優しく握り返す。
エリザベスは花火に見とれるジェリーを見ていた。
ジェリーともっと、仲良くなれますように。エリザベスは花火に祈った。




