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第十四話 光を放つ紫

 食べ歩きの屋台を巡ったあと、二人は魔術道具の露店へ向かった。


 魔術師が刺繍したハンカチは「恋が叶う」とされ、若い女性たちが長い列を作っている。


「みんな恋してるんだねぇ」


 ジェリーは感心したように言った。


 けれど彼女は恋が叶うハンカチよりも、黒い敷布の上で輝くアクセサリーに興味があるようだ。


 灰色のローブを着た女性が立ち上がり、ジェリーの視線の先を見る。


「生誕祭のために作った魔法石です」


 女性は微笑み、小さな灰色の石が乗った手のひらを二人に見せた。

 石を握り締める。

 すると、指の隙間から桃色の光があふれ出した。


 再び手を開いた時、小石は雫の形をした桃色の宝石に変わっていた。


「わあ!」


 ジェリーが声を上げて拍手をする。


「その石、ネックレスにしてもらえますか?」


「ええ、もちろんです」


「あ、それと紫色の石も作って、ネックレスにしてください」


 エリザベスは目を瞬かせた。


「もちろんですわ。少し時間がかかりますので、ほかのお店をご覧になってきてください」


「はーい、よろしくです」


 ジェリーは露店から離れ、ゆっくりと歩き出した。


「……紫色は、私の分なの?」


「そうだよ。かわいかったから」


 ジェリーは当然のように答える。


 その言葉が温かかった。


 自分が美しいと思ったものを、惜しみなくエリザベスにも分けてくれる。


 悪役令嬢に転生して、誰かから優しさを心へ流し込んでもらえるなんて、思ってもいなかった。


 ※


 しばらくして、桃色と紫色のネックレスが完成した。


「お待たせしました」


 魔術師の女性が、二つのネックレスを黒い敷布の上へ並べる。


「この魔法石は、身につけた方の心とつながっています。感情が大きく動くと、石が光を放つのです」


 女性は紫色の石を指先で持ち上げた。


「強く動揺した時には気をつけてください。石を手で握って、光を隠すとよいでしょう」


「へえ、おもしろーい」


 ジェリーは目を輝かせた。


「プレゼントだよ」


 そう安くはない代金を、ジェリーが迷いなく支払う。


「でも……」


「いいのいいの。今日はお祭りなんだから」


 ジェリーはエリザベスの後ろへ回り、紫色の石を首につけてくれた。


 今度はエリザベスが、桃色のネックレスをジェリーにつける。

 ポニーテールの金髪を横へよける。

 そこから現れた瑞々しい首筋に、目を奪われた。

 指先が触れないよう慎重に金具を留める。


「できたわ」


「ありがと」


 振り返ったジェリーが笑う。


 その笑顔をまともに見られず、エリザベスは胸元の紫色の石へ触れた。


 ※


 白い石畳を夕陽が染めている。


「さて、仮面舞踏会の前は別行動だよ」


 ジェリーが立ち止まった。


「仮面つけてても、服と髪型でウチって分かるっしょ? エリザベスからダンスに誘ってよ」


「私から?」


「うん」


 ジェリーは笑う。


「見つけてくれるの、待ってるから」


「……分かったわ」


「じゃ、あとでね。ウチ、ちょっと家に寄ってくる!」


 大きく手を振り、露店の人混みへ紛れていく。


 日が暮れ始めても、町には賑やかな音楽が響いていた。

 エリザベスは城へ向かって歩く。

 自分からジェリーをダンスに誘う。


 できるだろうか。


 仮面で顔を隠していても、ジェリーはきっと輝いている。

 誰もが彼女と踊りたいと思うはずだ。ほかの誰かに先を越されたら。

 胸の奥がざわついた。


 ※


 城の中は、外の賑わいが嘘のように静かだった。


 立食会が開かれている謁見室も閑散としている。


 誕生祭の日は城に勤めるメイドたちもほとんど休むため、料理は冷めても食べられるものしか用意されていない。

 ワインも自分で注ぐ。


「あらまあ、エリザベス」


 聞き慣れた声に振り返る。


「ずいぶんと大胆なドレスですわね」


 サリアが立っていた。


 金色のレース飾りがついた豪奢なドレス。結い上げた栗色の髪には、真っ赤なサルビアと黒いペチュニアが飾られている。


 その顔には自信が満ちていた。

 こんなサリアを見るのは初めてだった。


「今日のあなた、とても素敵ね」


 エリザベスは本心から言った。


「ええ、まあね」


 サリアは満足そうに笑う。


「仮面舞踏会を楽しみにしていますの。エリザベスは、どなたかと踊られるの?」


「相手はもう決めているわ」


「あら。どんな方なのかしらね」


 サリアが赤い扇で口元を隠した。


 エリザベスは周囲を見回す。

 身なりのよい貴族たちが、グラスを片手に立ち話をしている。

 壁際の椅子へ座り、つまらなさそうに時間が過ぎるのを待つ者もいる。

 ここにいたくない。


「良い誕生祭を」


 エリザベスはサリアに一礼し、謁見室を出た。


 ※


 城の中を歩いていると、くすくすと笑う声が聞こえた。


 中庭の方からだ。

 エリザベスは足音を立てないようにして近づく。

 白い木のベンチに、アイラとライモが座っていた。


 ライモはアイラの肩へ腕を回し、アイラはライモの腰を抱いている。


 まるで二人を祝福するように、蜜色の夕焼けが中庭を満たしていた。


 二人は顔を見合わせ、笑う。

 それから、ゆっくりと唇を重ねた。


 エリザベスは息を止め、静かにその場を離れた。

 

 胸の奥が激しく揺れた。


 濃厚な愛の気配に、頭がくらくらする。

 壁へ手をつき、人気のない廊下をゆっくり歩いた。

 鎖骨に銀の鎖が触れる。

 その時、紫色の石が、突発的に光を放った。

 まるで光の砂を床へ撒き散らしたように、細かな輝きが薄暗い廊下へ広がる。


 エリザベスは目を見開いた。


 魔術師の言葉がよみがえる。


 ――この魔法石は、身につけた方の心とつながっています。感情が大きく動くと、石が光を放つのです。


 エリザベスは慌てて紫色の石を握り締めた。


 手のひらが熱い。


 アイラとライモの姿が、瞼の裏に焼きついている。

 愛し合う二人の触れ合う手、見つめ合う瞳、重なる唇。


 胸の奥から、突き上げるように願った。


 ジェリーを、愛したい。


 エリザベスの手の中で、紫色の石はいつまでも熱を放っていた。

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