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第十三話 蕾の王冠

 朝から太陽はきらびやかに、世界樹の濃い緑を照らしている。


 大きく広がる枝には祝祭の旗が飾られ、広場のあちこちでは虹色の旗が風にはためいていた。


 城の前にある世界樹の広場では、楽団が胸の踊る音楽を奏でている。世界樹の木陰に集まった人々は、軽やかに足を踏み鳴らして踊っていた。


「どこかに女王と旦那っちがいるはず」


 ジェリーが広場を見渡す。


 けれど、今日は女王を見つけても、決してこちらから声をかけてはいけない。

 生誕祭の日だけ、女王は一人の普通の女性になる。


「いたいた。ほら見て。目立つなっていっても、女王と旦那っち、目立ちまくり」


 ジェリーが耳元で囁き、踊りの輪の中心を指さした。


 アイラ女王はポニーテールを揺らし、赤いワンピースから伸びる長い足で、力強く軽快なステップを踏んでいた。


 そのすぐ隣では、ほっそりとした男性が女王よりも巧みに足でリズムを刻んでいる。

 ジェリーのいう旦那っち。

 アイラ女王の夫である宮廷道化師、ライモだ。


 二人の身分違いの恋は、アイラ女王からの逆プロポーズによって結ばれた。


 ライモは中性的な顔立ちの美青年で、その美しさは天使にもたとえられる。


 二人の存在感に、エリザベスは息をのんだ。


「さて、見てないで踊るよ!」


 ジェリーに手を引かれる。


「ちょっと待って。こんなダンス、踊ったことがないわ」


「いいのいいの。音楽に合わせて体を動かせば、それでいい!」


 ジェリーは大胆にも、アイラ女王たちの近くまでエリザベスを連れていった。

 両手を取って、楽しそうに体を揺らす。エリザベスも身を任せてみるが、動きがぎこちない。


 タンッ、タンッ。


 ジェリーが足を右へ左へと動かす。


 右足を左側へ出して、つま先をつく。今度は左足を右へ出して、同じようにつま先をつける。

 エリザベスは真剣な顔で、その動きを真似た。


「できてるよ! ほら、笑って! ダンスは笑顔!」


 ジェリーの輝く笑顔を見て、エリザベスの体から力が抜けた。


 なんて、かわいいんだろう。


 柔らかくなった体へ音楽が入ってくる。


 太鼓のリズムに合わせて足を動かすと、自然と口角が上がった。

 ヴァイオリンの小気味よい旋律に身を任せ、くるりと回る。


 ジェリーと手を合わせた。

 ぱちん、と軽い音が鳴る。


「あら、素敵なおそろいのドレスね。私たちもそうすればよかったわ」


 アイラ女王が声をかけてきた。


 エリザベスは反射的に背筋を伸ばし、慌てて礼をする。


「いえーい、かわいいっしょ? アイラも旦那っちとおそろいにすればいいじゃん」


 ジェリーは女王に対しても、いつもと変わらない。

 けれど今日は、その態度こそがふさわしい。エリザベスも頭を上げた。


「僕が赤を着ると目立つし、アイラは白が似合わないから却下だね」


 ライモが言った。

 白いシャツに黒いズボン、サスペンダーという、どこにでもいる青年のような服装をしている。

 それでも顔だけは、眩しいほど美しかった。


「確かに、私は白って似合わないわ」

 アイラがけらけらと笑う。

「それじゃあ、お祭りを楽しんでね!」


 アイラはライモの腕をつかみ、踊りの輪から抜けていった。


「さあ、今日は食べるわよ! ケーキ、アイスクリーム、唐揚げ、イカ焼き、肉串!」

「そんなに食べたら、仮面舞踏会までに倒れるよ!」


 二人は大きな声で言い合いながら、人混みへ消えていく。


 エリザベスはくすりと笑った。


 女王も。国会では泣く子も黙るほど鋭い政治批判をする宮廷道化師も。

 二人きりになれば、まだ若い恋人同士なのだ。


「ウチらも行こっか」


「ええ」


 世界樹の広場を離れ、商店街へ向かう。

 エリザベスは並んだ屋台を見て、目を見張った。

 大きなひまわりを描いたアイシングクッキー。ピンク色や水色のアイスクリーム。熱い油の中で、唐揚げがじゅわじゅわと音を立てている。


 売り子たちの威勢のよい声が飛び交い、どこを見ても賑やかだった。


「私の王冠を見て! 金色でピッカピカ!」

「僕の王冠は銀色……えへへ」

「俺の王冠、でっかいだろ!」


 屋台の横に大きな鏡が置かれ、その前に人だかりができている。


 王冠を頭に浮かべた子どもたちが、楽しそうにはしゃいでいた。

 金色の王冠は、外へ向かって鋭い三角形が伸びている。

 銀色の王冠は、小さな花輪がついた丸い形。

 もう一人の男の子には、本人の頭より大きな鉱石の王冠が浮かんでいた。


「あれは何?」


「王冠クッキーだよ。食べると、その人の個性に合わせた王冠が頭に浮かび上がるの。食べよう!」


「不思議ね」


「ライモが考えた魔法のクッキーなんだって」


 エリザベスとジェリーは列へ並んだ。


 三つの三角形が連なった王冠型のクッキーは手のひらほどの大きさで、見た目は素朴なバタークッキーだった。


 ジェリーは、ぱりっとよい音を立ててかじる。

 エリザベスも恐る恐る、前歯でクッキーを割った。


 二人で大きな鏡の前に立つ。


 最初に、ジェリーの頭上へピンク色の王冠が浮かび上がった。

 丸みを帯びた形で、中央には大きなハート。その真ん中にリボンが結ばれ、細かなラメがきらきらと輝いている。


「うわ、めっちゃウチっぽい!」


 続いて、エリザベスの頭上にも王冠が現れた。


 三角形を基調とした、深い紫色の王冠。中央には、ダイヤ形にカットされた紫色の宝石が埋め込まれている。

 王冠をぐるりと囲む薔薇は、すべて固く閉じた蕾だった。


「いいじゃん、いいじゃん! あー、マジでプリ撮りたい!」


 ジェリーは鏡の前で何度も角度を変え、楽しそうにはしゃいでいる。


 エリザベスは、自分の王冠に咲く薔薇の蕾へ指を伸ばした。


 触れることはできない。

 魔法で形づくられた王冠だから。


 私はまだ、咲いていないのね。


 一瞬だけ、祭りの喧騒が遠く聞こえた。

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