第十話 女王の誕生祭の準備、双子コーデ
最近、アルフレッドが屋敷へ来ない。
勧められた本は読み終えていた。
感想を話そうと思っていたのに、訪ねてくる気配はない。
少しも寂しいとは思わなかった。
もうすぐ八月一日。
アイラ女王の誕生祭だ。
この日、王都は一年で一番賑わう。
屋台が並び、音楽が鳴り、世界樹の広場で踊りが始まる。
誕生祭には一つだけ決まりがある。
この日だけは、女王を一人の女性として扱うこと。
夫と祭りを楽しむアイラへは、誰も声をかけない。
もし話しかけられても、「陛下」ではなく、一人の女性として接する。
アイラが王女だった頃は、各国の使節が贈り物を持って集まる外交の場だったという。
けれどアイラは、「プレゼント外交は白々しい」と言って、それをやめてしまった。
そして、女王の希望で、誰もが楽しめる夏祭りになった。
エリザベスは祭りを楽しんだことがない。
世界樹の広場で誰かと踊ったこともない。商店街の屋台で食べ歩きをしたこともない。
…………本当は、一度くらいしてみたかった。
参加するのは、城で開かれる立食会だけ。
両親が庶民のような食べ歩きや、社交ダンス以外の踊りを禁じていたからだ。
外交で屋敷を空けることが多いくせに、そういうことだけは細かく口を出した。
「それってもったいないよ」
夏みかんのゼリーを持って遊びに来たジェリーが、唇を尖らせた。
「もう十八だよ? 親の言うことなんて関係ないじゃん。やりたいこと、やろ?」
身を乗り出してくる。
「ねえねえ、ウチと楽しもうよ。双子コーデしよ!」
「双子コーデ?」
「嫌?」
「違うの」
エリザベスは慌てて首を振った。
「なんだか照れくさいの。私はあなたと違って三十二歳だったのよ。その……双子コーデなんてする歳じゃなかったし、やったこともなくて」
「今は十八じゃん!」
ジェリーは笑う。
「エリザベスと歩いたら、ウチまで美人に見えるじゃん! 映える~!」
美人。その言葉だけで頬が熱くなる。
「という訳で、服見に行こ!」
「そ、そんな突然……」
「こういうのは勢いが大事じゃん!」
ジェリーがエリザベスの手を引く。
「今年のお祭りは、ウチがエスコートしてあげるよ!」
二人は馬車へ乗り込み、服飾屋が並ぶ通りへ向かった。
※
「転生前はさ、夏祭りに浴衣着るの好きだったなあ」
華やかなショーウィンドウを見ながらジェリーが笑う。若い女性向けの服屋のマネキンは、真っ赤なバラが咲いたようなドレスを着ている。
赤は女王が好きな色で、誕生祭カラーだ。
「おばあちゃんがくれた朝顔の浴衣でね。チュールのリボン付けたりして、アレンジしてた」
ジェリーが遠い記憶を思い出すように目を細める。
「浴衣ね……」
エリザベスも懐かしく笑う。
「一度か二度しか着なかったわ」
夏祭りへ行った記憶が、ほとんどない。友達とも、恋人とも。
買い物はジェリーの独壇場だった。
「あ、この店かわいい」
「ここちょっと高い」
「こっちの方が生地いいよ」
商売人の娘らしく値段にも品質にも詳しい。
何軒も店を回り、何着も試着した。
「これはちょっと……派手かも」
試着室から出る。
ピンク色の光沢ある生地、ふんわり広がるスカート。丈は膝が少し見えるくらい。
胸元には小さなビジューが縫い込まれ、ノースリーブで腕が落ち着かない。
同じワンピースを着たジェリーが、ぱっと笑った。
「絶対これ! 黒髪にピンクもステキだよ、エリザベス! 夏祭りくらい派手でいいじゃん!」
「でも……」エリザベスは腕をさする。
「上に何か羽織りたいわ」
店員が白いレースのボレロを持ってきた。
羽織ると、不思議と安心する。
「あ、ボレロかわいい!」
ジェリーも同じものを羽織った。
「じゃあ私もこれ!」
色違いのドレスとお揃いのボレロ。
同じデザインのパンプス。
服屋を出てから、エリザベスはジェリーの顔をまともに見られなかった。
お揃いの服を買ってしまった。
しかも、こんなに可愛らしい服を。
これを着て、ジェリーと夏祭りへ行く。
胸がどきどきと音を立てる。
「じゃあ夏祭りの日は、ウチがヘアメイクするから!」
ジェリーが笑う。
「朝早く来るね!」
楽しみにしてる。
誘ってくれて嬉しい。
そんな気持ちが胸いっぱいにあふれるのに。
「うん」
それしか言えなかった。
※
数日後、アルフレッドが久しぶりに屋敷を訪れた。
紅茶を一口飲み、穏やかに尋ねる。
「女王の生誕祭ですが……仮面舞踏会へ参加されますか?」
仮面舞踏会とは、目元を隠す仮面を付け、大切な人を探して踊る余興だ。
恋人でも、家族でも、友人でもいい。声や仕草で相手を見つけ、一曲踊る。
「ごめんなさい」
エリザベスは微笑んだ。
「今年は友達と行くので」
アルフレッドは少しだけ驚いたように目を瞬かせ、それから穏やかに笑った。
「そうでしたか」
「では、また機会があれば」
「生誕祭を楽しみましょう」
それだけ言うと立ち上がる。
今日は本を勧められることもなかった。
エリザベスは、その背中を静かに見送った。




