六十七
それは、ミカエルシュナがアヴァロン王国の辺境伯令嬢だった頃の記憶。
アヴァロン王国の貴族は、成人する年に王都の社交に出る義務があった。ミカエルシュナもまた、誕生日の前に王都まで出向いて王城の夜会に参加した。
だが、長居をしたわけではない。ただ、辺境伯後継者として顔繋ぎのためだけの参加だった。三時間もいなかっただろう。
それでも、ミカエルシュナはその美貌ゆえに非常に目立ち、同じ年に成人だった令息令嬢達がかすむほどだった。後継者として紹介されているのに、貴族当主やその後継ぎから遠回しに求婚される場面もあったが、全てにべもなく断っている。
そんな求婚者の中に、アルトゥールはいなかった。
そもそも、直接言葉を交わしたのもほんの僅かだ。
父と共に檀上の玉座に座るアルトゥールに挨拶をし、後継者として仕える旨を口にした。ただそれだけ。
アルトゥールの言葉も、そうか、のただひと言だけだった。
そもそもアルトゥールは天井から吊るされたベールに姿が隠されていて、その時の表情さえうかがい知ることができなかった。
父曰く、アルトゥールと直接顔を合わせられるのはトリストラム公爵を含めたほんのひと握りの側近だけらしい。そういうものか、とミカエルシュナは納得して、彼の顔を見たいとも思わなかった。
今後は辺境に引っ込むから、自分には関係無いとすら思っていたのである。
まさかその後半年もしないうちにアルトゥールから求婚され、故郷を滅ぼされるなど思いもしなかった。
それが、唯一のアルトゥールとの記憶である。
印象的なものは何も無い、王と距離のある臣下として、代わり映えの無いやり取りだった。
ただ、ベールから強い視線を感じた気がしたが──それも、次の瞬間には気にならなくなっていた。
───
ミカエルシュナはマリーヌを背中にかばいながら、剣をアルトゥールに向けた。
「まさか、生きておられるとは思いませんでしたわ。よほど常世が合わなかったとみえる」
ミカエルシュナの皮肉をどう受け取ったのか、アルトゥールは首を傾げた。
「なぜ、剣を我に向ける」
「なぜ⋯⋯と問うのですか。トリストラム公爵を使って、わたくしの故郷を滅ぼしておきながら!」
ミカエルシュナは声を張り上げながら、周囲の気配を探った。
大神官フェリクスを筆頭に、マリーヌ以外の人間は動けないでいる。戦えるのはミカエルシュナとマリーヌ、そしてティターニア達精霊だけ。
だがその精霊のうち、風の精霊二柱は尻込みしている様子で、まともに戦えるのはティターニアだけと思った方がいいかもしれない。
「ティターニア、戦える?」
”姫君が望むナラ„
ティターニアは力強く頷いた。
”私とシテも⋯⋯あの男の野望をくじくコトに異存はありまセン„
「⋯⋯?」
その言い方をいぶかしく思うものの、今は追及する余裕は無い。ミカエルシュナは地面を蹴った。
強化と風の魔法で突進力を上げた渾身の突き。それにニヴィエもエドワルドも反応できない。
その狙いはアルトゥール──ではない。
不気味に輝き続ける、迷宮の核である球体だ。
「な⋯⋯⁉」
「っ⋯⋯!」
ニヴィエとエドワルドは慌てて振り返る。その時にはすでに、ミカエルシュナの剣は球体の目前まで迫っていた。
ぎん‼
甲高い金属音を上げて、ミカエルシュナの剣が弾かれた。
ニヴィエでもエドワルドでもない、アルトゥールによって防がれたのだ。
「我が乙女は、手が早い」
アルトゥールは焦りも苛立ちもにじませない無感動な声で言った。
その手には、いつの間に握られていたのか、円錐状の槍があった。
アルトゥールの身の丈より長大な、美しく装飾された白銀の槍。黄金の宝石が特徴的なそれは、儀仗用と言われても納得できるような美麗さだが、その槍こそが、ミカエルシュナの剣を弾いたものの正体である。
「⋯⋯魔剣ならぬ、魔槍ですか」
ミカエルシュナは槍の宝石をひと目見て魔晶石だと見抜き、槍が魔法の施されたものだと確信した。ただの槍だと侮っていれば、痛烈な反撃を受けるだろう。
「マリーヌ殿下、ティターニア。エドワルド殿下とデュラック嬢を任せます。わたくしは、アルトゥールを!」
「! 解りましたっ」
マリーヌの返答を受けて、ミカエルシュナは再び走り出した。
再度振るわれる剣。刃には、光ではなく雷がまとわりついている。
アルトゥールは、今度はそれを受け止めることなく後ろに跳び退いた。
「我が乙女よ。我らが戦うことに、一体何の意義があるのか」
「ありますとも! 貴方がティレシスに災禍をもたらすというのなら、わたくしはそれを止める!」
ミカエルシュナは容赦無く剣を振るい続ける。アルトゥールは槍を持ちながら、それらを紙一重でかわし続けた。
魔術師として優れているという話は聞いていたが、戦士としてもひとかどの人物だとは聞いたことが無い。単にミカエルシュナの耳に届かなかったのか、ひけらかさなかったのかは解らないが、相応の実力者だったらしい。
だが、ミカエルシュナの剣は、そんなアルトゥールについに届く。
剣の刃と槍の穂がぶつかり合った。同時に、激しい破裂音と金臭い臭いが周囲に広がる。
「っ⋯⋯!」
ここで初めて、アルトゥールの表情が変わった。僅かに眉をしかめた程度だが、それでも彼が動揺したのは変わらない。おそらく、痛みも感じているだろう。
痛痒を感じる存在であったことに、ミカエルシュナはひそかに安堵した。無論そんなことはおくびにも出さず、剣を振るっていく。
雷による肉体への衝撃で、アルトゥールの動きは明らかに鈍くなった。かすりもしなかった剣が、通用するようになったのである。
とはいえ、アルトゥール本体を斬り付けることはできない。それでも槍で受け止めるようになり、そのたびに電撃を浴びせかけられる形になるから、アルトゥールの動きはどんどん鈍くなっていった。
そのせいで、アルトゥールは徐々に後ろに追いやられることになる。気付けば、球体に背中を付ける形になっていた。
「っまさか」
「”戒めよ„!」
アルトゥールが反射的に振り返った瞬間を狙って、ミカエルシュナは蔓草で彼を球体もろとも巻き取った。アルトゥールは即座にそれを焼き切るが、それによって一瞬の硬直が生まれる。
その間に、ミカエルシュナは魔力を練り上げていた。
「”神よ、かの者に鉄槌を„!」
ミカエルシュナが呪文を唱えると、光の形を取った衝撃波がアルトゥールと球体を襲った。
アルトゥールはとっさに槍を盾にするが、巨大な衝撃波は槍だけでは防げない。
衝撃波はアルトゥールを吹き飛ばし、球体を飲み込んだ。
びし。
静かに響くひび割れの音。
次の瞬間、轟音が鳴り響いた。




