六十四
奇妙な沈黙を持ったまま進むミカエルシュナ達。道中何度か魔物の群れと遭遇するも、危なげなく討伐し、順調に迷宮を攻略していた。
攻略と言っても、罠があるわけではない。迷路のような行き止まりはあったものの、それは風の精霊によって回避できている。
そうして効率的に進行した末に、ミカエルシュナとフェリクスは大きな部屋にたどり着いた。
それまであった部屋とは違い、重厚な扉によって閉ざされた部屋。鍵はかかっていなかったため、重い扉は力を込めれば開くことができた。
部屋の中に、ニヴィエとエドワルドはいた。
ニヴィエは拘束から解放され、エドワルドは斬り飛ばされたはずの腕が元に戻っている。
だがニヴィエの顔色は悪いし、エドワルドの左腕には矢が突き刺さったままだ。万全とは言いがたいことは、目に明らかだった。
「思いのほか、早いお着きでしたね」
エドワルドは無表情で言った。
それまでのにこにこした顔とはまるで違う、顔付きからして変貌したのではというほど、表情が変わってしまっている。
現在進行形で腕が聖なる魔力で神職され、激痛に苛まれているだろうに、それを気にした様子も無い。
一方隣に立つニヴィエは、顔色こそ悪いものの、まっすぐ立つ姿は力強い。こちらを睨み付ける瞳も、全く衰えていなかった。
ふたりの奥には、巨大な球体が浮かんでいた。黄色に輝くそれは、魔道具が放っていた光に似ている。
「おそらく察していらっしゃるでしょうが、ここは地下迷宮アステリオンの心臓部です」
「地下迷宮⋯⋯アステリオン」
「本来は、さる場所にて展開すべき魔道具なのですが⋯⋯幾つか事情がございまして」
エドワルドは球体に触れるように手を動かし、ミカエルシュナを振り返った。
「ご覧の通り、多少のひび割れ程度なら問題無いのですが⋯⋯今の状態では、この魔道具は未完成なのです」
エドワルドはため息まじりに言った。
「だから、必要なものを外注しなければならないんですよ。ひとつは聖なる魔力。残念ながら、これは僕達では生成できませんからね。だから王印が欲しかったのですが、まあ後回しでもいいでしょう」
エドワルドの声は淡々としていた。それまで聞いていた呑気な声が何だったのかと思うほど、冷淡な声。おそらく演技だったのだろう。
だが、そうなるとマリーヌとフィナリアのことは──妹達のことは、一体どう思っていたのだろうか。
「もうひとつは、迷宮を定着させ、安定させる魔力──俗に言えば、霊脈の力が必要なのです。こちらは現在、吸い上げている途中です」
霊脈とは、大地の魔力の流れだ。この霊脈の流れが太い土地ほど魔力が豊かであり、その恵みもまた豊になる。それに、霊脈が太い土地ほど魔力が高い者が生まれやすい傾向もあり、人類種にとっては切っても切れないものだ。
それを無理矢理吸い上げたりなどしたら──
「まさか⋯⋯陥穽の本当の原因は」
「察しがよくて何よりです。ええ、地下迷宮が消えたから──というのも嘘ではありませんが、王都を飲み込むほど大規模になるのは、霊脈を吸い尽くすからでしょう。実際、ピクトル王国はそうして滅亡しましたから」
エドワルドは何でもないように、一国の滅亡顛末を語った。冷たい声音の中に、どこか感心したような響きがある。
「とはいえ、霊脈が太いと言っても土地が狭かった関係上、それほど魔力は吸い上げられなかったそうですが」
「そうなのよね。お父様が期待外れだって、残念がっていたもの」
ニヴィエは思い出すように首を傾げた。それを聞いて察する。ピクトル王国を滅ぼしたのは、デュラック元伯爵なのだと。
「おまけに魔道具自体も壊れてしまったし⋯⋯まあ魔力は無事回収できましたが」
「ど、うして⋯⋯国を滅ぼして、そこまでして、一体何をするつもりなの?」
ミカエルシュナは何とか言葉を紡いだ。隣にいるフェリクスは絶句している。
実際の現場にいた彼なら、霊脈が枯れていることに気が付いたかもしれない。だがそれが魔道具に吸い上げられた結果だとは、まさか予想もしていなかっただろう。
「そうですね⋯⋯本来なら語るべきではありませんが、貴女なら」
エドワルドはふむ、と頷き、ここで初めて笑みを浮かべた。
一体何を思い浮かべているのか、陶酔したような顔で。
「我々の目的──それは、かつての我らが故郷、アヴァロン王国の再興です」
「⋯⋯は?」
ミカエルシュナは唖然とし、今度こそ言葉を失った。
アヴァロン王国。かつてミカエルシュナが貴族として所属し、己の故郷がその一部だった国。
ミカエルシュナが眠りに就いた二百年後、すなわち八百年前に滅びた亡国である。
それを復活させることに、一体どんな意義があるというのか。
それも、他国を滅ぼしてまで。
「ミカエルシュナ嬢はご存知無いでしょうが、僕はフィナリア、マリーヌと母親が違うのです」
混乱している間に、エドワルドは急にそんなことを言い出した。
一体何の関係があるのか、と思っていたが、その理由はすぐに解ることになる。
「亡くなった前王妃である僕の母の家は、元をたどればニヴィエと同じく、トリストラム公爵の血脈です。僕もニヴィエも、同じ目的のために、こうして存在するのですよ」
「トリストラム公爵の⋯⋯子孫」
「長い時の中で、エルフとしての特徴は失いましたがね」
しかたがないことですが、と何でもないように言うエドワルド。
かつてミカエルシュナの故郷を滅ぼし、自らの手で討ち取った男の子孫が、ふたりも目の前にいる。
ミカエルシュナは必死に千年前の記憶を掘り起こした。
トリストラム公爵に妻子がいたという話は聞かなかった。彼はひたすらアヴァロン王アルトゥールに仕えることを至上の命題とし、異性になど目もくれなかったらしい。
だが自分に何かあった時のために、子供を作っておくぐらいはしている可能性があった。自分の遺志を継ぎ、アルトゥール──ひいてはアヴァロン王国繁栄のために。
だが、原因は解らないがアヴァロン王国が滅びた以上、その遺志は何の意味も持たなくなったはずだ。
「アヴァロン王国は、完全に滅びたわけではありません」
エドワルドは言った。僅かに頬を染め、夢見るように。
「ただ、かつての支配を失っただけ。あの方がいらっしゃる限り、我が国は滅びない」
「あの方⋯⋯?」
「エドワルド、喋り過ぎよ」
ミカエルシュナが眉をひそめていると、エドワルドの横合いからニヴィエが止めに入った。
「さすがに私もあの女がそうって理解しているわ。でも、今ここでそこまで話す必要は無いでしょう」
「嫉妬に目を曇らせているおまえに言われたくないな」
エドワルドは笑みを消し、ニヴィエを睨み付けた。
「そもそも、我らの祖先のひとりを討ち取った女の子孫に恋をするなど、おまえの常識はどうなっている。あれのせいで、計画は三百年遅れたというのに」
「うるさい! 貴方がユリウス様を語らないで。そもそも直接の子孫じゃないのだから、関係無いでしょう!」
かっ、と激高するニヴィエ。そんな彼女に、ミカエルシュナは呆れの眼差しを向けた。
──この期に及んでまだ陛下をそう呼ぶのね⋯⋯
突き抜け過ぎて、危うく状況を忘れそうだ。隣のフェリクスも何とも言えない顔をしている。
場をとりなすように、ごほん、とエドワルドが咳払いをした。
「ともかく、霊脈から魔力を吸い上げるのには時間がかかります。もうしばらく待っていただきたいのですが⋯⋯そうはいかないでしょうね」
「当然でしょう。そんな話を聞いて、止めない理由がありませんわ」
ミカエルシュナは剣を構えて身を低くした。
いつでも走り出せる体勢を見て、エドワルドはため息をつく。
「でしょうね。なので⋯⋯こちらも相応の抵抗をします」
ぱちん、と鳴らされる指。その音と共に、エドワルドの前に巨大な”穴„が現れた。
「”我が声に応え、敵を食い止めよ„」
呪文と共に穴から現れたのは、真っ白な体毛に覆われた二本足で立つ半人半獣の存在だった。
先のゴライアスに勝るとも劣らない体躯、頭から伸びた巨大な黒い二本の角、人間に似た両腕には身の丈ほどのふた振りのハルバード。
頭は白いたてがみのある牛のそれで、鉄鎧をまとった身体は毛皮にこそ覆われているものの、筋骨隆々な人間のもの。だが剥き出しの足には蹄が存在している。
人間と牛の特徴を備えた巨怪──それは伝承にて、ミノタウロスと呼ばれる魔物だった。
「我らが陛下より借り受けたものです。よい暇潰しの相手となりますよ」
エドワルドは笑う。その時ばかりは、今まで見たものと同じ柔らかな笑みだった。




