六十三
ミカエルシュナと大神官が戦闘を始めている頃、マリーヌ達もまた、同じ空間に取り込まれていた。
「ここは⋯⋯一体どこなんだ?」
フィナリアが眉をひそめて近くの石壁に触れる。真新しい壁だが、ところどころに不自然なひびが入っていた。
「ここがあの魔道具によって生み出されたものなら、このひびはミカエルシュナ嬢によって作られたものかしら」
マリーヌはひびを興味深く観察した後、そう呟いた。
「僕もそう思います。ルフェ嬢の攻撃が効いた──と考えたいですね」
それに同調するように頷いたフェリクス少年は、きょろ、と周囲を見回した。
「これが⋯⋯我が国を滅ぼした魔道具によって生み出されたもの⋯⋯」
その声は憎々しげだ。自身の故郷が滅びた元凶だと思えば、それも当然と言えた。
「地下迷宮⋯⋯だろうか。陥穽をどうやって生み出すのか解らなかったが、こんなものが地下に出現して、またすぐ喪失したら⋯⋯」
「上にあるものは沈んでいきます、わね」
マリーヌは身震いした。
結局、予知の通りになるのではないか──そう思うと、足がすくみそうになる。
だが這い上がる不安を押し殺して、きっ、と前を見据えた。
「⋯⋯進みましょう、皆様」
マリーヌは同行する面々を見回した。
フィナリア、フェリクス少年、ロビン──いささか不安定な隊列だが、こればかりはしかたがない。
「進んで⋯⋯ミカエルシュナ嬢と大神官様と合流しなければ」
決意を込めて、マリーヌは言った。
半分は、自分に言い聞かせているようだった。
───
毒霧を吐く蛇、巨大な蝙蝠、泥状のゴーレム、武装したスケルトン──
それらの魔物を打ち倒し、どうにか人心地着いたミカエルシュナとフェリクスは、改めて周囲を見回した。
「ひとまず、魔物は一掃できたようです」
ミカエルシュナが風の精霊も交えて確認すると、フェリクスは頷いた。
「では、進みましょう」
ふたりと一柱は再び前を進み始めた。
しばらく代わり映えのしない風景が続いたが、やがて扉の無い部屋や、上下に続く階段などが現れ始める。
その造りは簡素だが、ただの石の通路ではないことは確かだった。
「本当に何なのでしょうか、ここは」
ミカエルシュナが首を傾げると、フェリクスは少し黙った後、おそらくは、と口を開いた。
「地下迷宮、ではないでしょうか」
「地下迷宮?」
「もしマリーヌ殿下の予知に出た陥穽を生み出すのがこの空間なのだとしたら、おそらくは地下にこれが出現したのでしょう」
フェリクスの言葉になるほど、と頷きつつ、石壁に触れる。
ひんやりとした硬い感触はまぎれもなく石のそれだ。魔道具──それも黒魔法のそれは物理法則を無視するのは当たり前だから、今更驚きはしない。
問題は、この迷宮がどれだけ広がっているのか、ということである。
最初の予知は王都を飲み込むほどの巨大な陥穽ができていた。二回目は王城とその周辺を飲み込むほどの範囲。規模こそ大きく違うが、それでも広大な範囲であることは変わりない。
もし、この迷宮が消失したら──
「出現した以上、こうなれば迷宮を消させない方向で動くしかないでしょう。消えたとしても、被害を最小限に抑えなければならない」
「そうですね」
フェリクスの言葉に、ミカエルシュナは再び頷いた。
起きてしまったことはしかたがない。止められなかった、それは事実だ。
ならば後は、どこまで被害を抑えられるかにかかっている。
ミカエルシュナは足を進めながら、ふと先ほど戦った魔物を思い出した。
共通点は特に無い。強いて上げるならどれも暗い場所に出現する傾向があるという程度の、種も何もばらばらの魔物。
あれらはどこから現れたのだろうか。
ミカエルシュナは足を止め、風の精霊を見上げた。
それに気が付いたフェリクスが不思議そうに振り返る。
「ミカエルシュナ嬢?」
「ねえ、先ほどみたいに魔物が集まっているか、そうでなくとも魔物が徘徊している場所は解る?」
ミカエルシュナの質問に、風の精霊は首を傾げた。
”解るケド⋯⋯どうシテ?„
「もしかしたら、それが迷宮の中心部に繋がる鍵かもしれないの」
ミカエルシュナの言葉に、フェリクスは眉をひそめた。
「どういうことですか?」
「先ほどの魔物ですが、なぜ、どこから出現したのかを考えたのです」
ミカエルシュナは説明を始めた。
「ほとんどの魔物は、ほかの生物と同様生態系を持ちます。勿論例外もありますが⋯⋯先ほどの魔物は、ゴーレムとスケルトン以外はその生態系を持つ魔物でした」
「確かに⋯⋯そうですね」
「ですが、このような迷宮──それも先ほどできたばかりの場所に、生態系も何もありません。ましてや、あれらは暗闇に潜むという共通点以外は、生息場所も何もかもばらばらの魔物でした」
ミカエルシュナはひとつひとつ確認するようにゆっくり話を進める。
「だからここの魔物は、どこからか召喚した存在なのだろうと考えたのです。黒魔法には、確か魔物の召喚もあったはずですから」
「ええ、あります」
「迷宮の能力にそういったものがあるのだとしたら、魔物が集まっている場所がその中心部──すなわち、心臓部分に当たるのではないかと。少なくとも、何かしらの手がかりはあるはずです」
「確かに、そうですね」
フェリクスは納得したように頬を緩めた。
そして話している間に探査を済ませた風の精霊が、声を上げる。
”姫君、解ったヨ!„
「ありがとう、案内してくれる?」
”うン!„
すいー、と泳ぐように進む風の精霊に先導されて、ふたりは進む。
しばらく無言で進んでいたが、不意にフェリクスが口を開いた。
「⋯⋯話がかなり戻るのですが」
「はい?」
「やはり、精霊ティターニア様と契約していること、精霊達から姫君と呼ばれていることは、異常かと思います」
「⋯⋯はい」
話がそれたと思っていたのに、立ち戻ってしまった──ミカエルシュナは肩を落とした。
「勿論、ミカエルシュナ嬢が特別精霊に愛されているということも考えられますが⋯⋯それだけで、ティターニア様と契約できたことや、様々な精霊魔法を自在に操れることは説明が付かないでしょう」
「そう⋯⋯でしょうか」
「そうです。それで⋯⋯ご自身は否定されましたが」
フェリクスはじ、とミカエルシュナを見つめた。あまりに真剣な眼差しに、ミカエルシュナの身体が自然と硬くなる。
「貴女は本当に、フローディア様の化身なのではないでしょうか」
「⋯⋯そんな、まさか」
ミカエルシュナの頬がひく、と引きつった。
だがフェリクスはあくまで真摯に、言葉を紡ぐ。
「そう考える方が自然なのです。フローディア様の化身として貴女が伝わっていること、ゴライアスがそんな貴女の守護者として大神殿に封じられていたこと、フローディア様の仔らとも呼ばれている精霊から姫と呼ばれていること──ミカエルシュナ嬢、貴女は本当に、ただのエルフなのでしょうか」
その言葉に対する答えを、ミカエルシュナは持っていなかった。




